そして
暗中模索なう
結局私はいくつになっても、彼への恐怖心が全くおさまらなかった。
触られれば悲鳴を上げ、近づかれれば暴言を投げつける。
たとえ彼から「愛してるよ」と気持ちが伝わってきても「嫌悪」しかなかった。
それでも彼は優しかった。
申し訳ないくらい優しかった。
だから私もつらかった。
「ねぇ...たぶん私はもうダメだけど、最後にあんたの名前聞いてあげる」
すでに月日は30年も経っていた。
51歳なんて平均的に生きたほうだ。
「フリージア...キミが死んだら俺は...」
「あんたの名前...聞いてるでしょう?」
「俺の名は...」
外で子供が遊ぶ声がする。
あにさまの孫だろうか?
「そう...来世では、名前呼んであげてもいいと思ってるわ」
息苦しさに大きく息を吐く。
「あぁ、疲れた。
あんた本当に...」
いつまでも綺麗なままね。
あんたにはずっと悪いことをしたわ。
もう悔やまなくてもいいの。
きっともう大丈夫。
彼女もきっと許しているわ...。
何も言えないまま、私はゆっくり意識を手放した。
「ダリア!!
そんなとこに登ってるとお父様から外出禁止をくらうわよ」
ここはサボット国の商店街。
父は商人、母は元貴族で現在3人目を妊娠中。
3人目は弟だったらいいと思う!
「アネモネもおいで!
屋根に上がると素晴らしい見晴らしよ!!」
「冗談じゃないわ、15にもなってそんなことして、どうなっても知らないから!
もう家の中に入る!!」
プンプン怒りながらアネモネがドアをバタンッと閉める。
怒りんぼうな姉だ。
空は青々としていてオレンジ色の屋根が続いている。
緑がかった髪が風にあおられて広がる。
「わわわ!」と言いながら髪とスカートを押さえ込むと、突然「少しご一緒してもいいですか?」という声が聞こえてくる。
フードを目深に被った、たぶん男の人が声をかけてくる。
「えぇ、どうぞ!
今日は天気もいいですから、屋根の居心地は最高ですわ」
なんて、ちょっと淑女らしく挨拶をする。
フフフと笑う声が聞こえるけど、顔はあまり見えない。
「そんなの羽織って暑くないの?」と好奇心に負けて声をかける。
「俺は肌が弱くて、日に当たると肌が負けてしまうんだよ」
なかなかかわいそうな答えを聞いて、ちょっと考える。
森でも行こうか。
私はなぜだか昔から薬草を探すのがうまい。
きっとこの目のおかげ。
私のブラウンの目は、光の加減で赤く見える、自慢の目だ。
この人の肌にいい薬草を見つけよう。
「私これから森に行くの。
あなたもどうかしら?」
「一緒に行ってもいいの?」と優しげに微笑む口もとが見える。
えぇ、私きっとあなたの肌に合う薬草探しましょう!
「私ダリア!
あなたの名前はなぁに?」
「俺の名前はアスター」
「アスター、いい名前ね!」
よろしくね!と言って握手しようと手を出すと、彼が泣いているのが目に入った。
「どどどどうしたの?
大丈夫?
何か失礼なこといった?」
「違うんだ、昔約束したんだ。
次は俺の名前を呼んでもいいと...」
「あらまぁ、ずいぶん上から目線ね」
「それだけのことを俺はしてしまったからね...」
寂しそうにアスターが笑う。
なぜだかジクリと心が痛んだ。
「せっかくのいい天気だけど、あなたの肌には悪そうだから森に行きましょう!
あそこならあなたとって、ここよりはマシだもの」
ギュッと手を握って彼に微笑む。
彼はとても嬉しそうにしていた。
それだけで私も嬉しかった。
「アスター、あなたここらへんの人?」
森の中を歩きながら薬草を探す。
「違うよ、ずっと旅してたんだ」
「そっかぁ、せっかくお友達になったのに、またいなくなってしまうのね」
アスターは顔はフードで隠れて見えないけど、とても好きだと思った。
せっかく「好きだな~」って思ったのに、さよならが決まってるなんて寂しい。
「君が生きてるくらいまではここにいるよ」
「生きてるって、面白い言い方をするわね」って言ったら「まぁね」とアスターは少し寂しそうに笑う。
「君が生きてる間はずっとそばにいる。
そばに居させてくれる?」
ちょっとプロポーズみたいだなぁと照れ隠しに「ふ~ん、いいわよ」って答えたあの時が懐かしい。
しばらくするとアスターは「昼間はなにかと忙しいだろう」と、滅多に来なくなってしまった。
そのかわり夜にそっと訪れてくれる。
夜にフードをとって、初めてみたアスターの顔はビックリするくらいきれいで、しばらく呆然と見つめてしまった。
ブロンドの髪も宝石のような紫の目も、バッチリ似合っていてフードに隠してるのはもったいないと思う。
20歳になり、私の体つきも大人の女性になり、顔も少女から大人になった。
なのに、アスターは15の時に出会ったままで変わらない。
あぁこれでは私のほうが先に死ぬな~って思った。
それでも一緒にいたい。
抱きしめると、抱きしめ返してくれる。
キスをしようとすると、寂しそうに笑って逃げる。
気持ちに差があるような気がして悲しくなる。
思わずホロリと泣くと「ごめんね」と優しく微笑んでくれる。
漠然と『今度は私が追いかける番なんだなぁ』と思った。
とりあえず死ぬ前には決着つけないと、色々まずいなぁ。
だって、次この気持ちを覚えているか誰もわからないでしょう?
「ねぇなんでキスしてくれないの?」
「ひみつ」
「アスターは私のこと好きじゃないの?」
「永遠に好きだよ」って微笑むアスターは消えてしまいそうで怖かった。
アスターの腕にしがみつくと、反対の手で背中をトントンと撫でてくれる。
アスター、好きだよ。