あだ名の理由
皇帝こと、雄哉を待ち伏せしているのは、縦ロールこと、舞彩。
「ふふふふ、学業の邪魔にならなければ、いいんですのよね! なら、答えは一つ!! 放課後に渡せばいいのです!! そうすれば、学業に差支えありませんわっ!!」
雄哉に渡すための紙袋を手に、ぼわんぼわんと、舞彩は、その縦ロールの楽しげに揺らす。
「……あなたも、そう考えましたか」
大和撫子、瑠璃も紙袋を持ってやってきた。どうやら、彼女も舞彩と同様にその考えに至ったようだ。
しかし、当の雄哉は今、教室で震えあがっていることを、この二人は知らない。
そして、雄哉が出てくるのを待つ。
「……遅いですわね」
「……遅い、ですね」
そわそわと二人は、彼が出てくるのを待っている。ちなみに、まだ10分も経っていない。
「……あの」
最初に口火を切ったのは、瑠璃だった。
「……なんですの?」
嫌そうな顔をしながらも、舞彩が応える。
「何で、雄哉さんは『皇帝』なんですか?」
「それを知らずに追いかけていたの、あなたは!!」
逆に怒られた。
「だ、だって、転入したばかりで。それに、皆さん、さも当然と言わんばかりにそう呼んでいて……尋ねられる雰囲気じゃなかったんですもの」
「そ、そういえば、そうですわね……」
言われてみれば、である。
途中から転入してきた者からしたら、不思議がいっぱいだ。
「いいですわ。教えてあげます。そして、あなたも皇帝様と付き合うということがどういうことか、しっかり認識なさい!!」
「はいっ!!」
予想を上回る元気な声に、舞彩は思わずたじろいだ。
そう、始まりは……幼稚園の年少さんの頃。
初めての遠足で動物園に行った日のことだった。
当時は、世間の世界を知るためにも、動物園を貸切にはしていなかった。
それが、その日の悲劇の始まりだった。
「おまえの服、なんでそんなにキラキラしてんだ?」
「だっせー、おれたちのスモックの方が格好良くねー?」
雄哉の通っている鷹見幼稚園の子がトイレに行って、帰ってくるときに、他の幼稚園児に絡まれた。
しかも、一人でいるときに、だ。
「で、でも、これがぼくらの制服だし……」
いや、それだけではない。ワザと内気な子を狙ったものだった。
「やだ、他の園の子と絡まれてる」
「でも、どうしたらいいの?」
どちらかというと、消極的な鷹見幼稚園の子たちは、あたふたとするばかり。一方、いじめてくる園児たちの方はというと、徐々に取り巻きを増やしていた。
「どうかしたの?」
助けようにも助けられない状況を見て、遠巻きに見る鷹見幼稚園の園児のところに、雄哉がやってきたのだ。
「あれ、絡まれちゃって……」
「悪いのは、あっちなのに……」
そう雄哉に事情を話したとたん。
「へえ、俺達に喧嘩を吹っかけてきたんだ、あいつら」
「えっ!?」
雄哉の周囲の温度が、急激に下がった。それだけじゃない、他者を圧倒させるほどの……恐ろしいオーラも纏って。
「じゃあ、その喧嘩とやらを買ってやろうじゃないか」
にやりと笑うその顔は、近くにいた鷹見幼稚園の子たちをも、震わせるほどだった。
「そこで何をしている?」
そう声をかけたのは、雄哉。
「なんだよ、お前もキラキラした服……うっ」
腕を組み、虐める園児たちを睨みつけるその様は、かなりの迫力だった。
「この服がどうかしたのか? ほう、この服の良さがわかるというのか」
ふふっと雄哉が笑みを浮かべる。それは冷たい、凍りそうなほどの恐ろしい笑みだった。
「一人の相手に、複数で虐めるお前らに、それがわかるとは思えんがな」
さりげなく、涙していた鷹見幼稚園の子を庇うかのように、前に進み出る。
「もちろん、この服は大勢の……お前が思っている以上の職人達の手が掛かっているモノだ。だが、今、お前達がやっているのは、この服を作るのとは、全く違う!」
ざっと、足を踏み出し、その手を払った。まるで勇者が剣を振り切ったかのように鋭く。
「人を虐めるのが、そんなにいいのか? からかうのがいいのか? お前の親からそう教えられたのか? なら、お前らは人間の……クズだっ!! 俺は……いや、私は親に『人の役に立つ者になれ』と言われているぞ! だが、これは何だ!? こんなことして、楽しいか? 人を虐めることが楽しいなど、反吐が出るっ!!」
最悪だと呟きながら、くるりと背を向け、泣いている園児を回収していく。
「お前もこんな茶番に付き合う必要もないだろう。さあ、行くぞ」
「おい、待てよっ!! それで終わりなんてさせな……」
「今度は、暴力か? いいだろう、受けて立とう!」
今度はざっと、構えて見せる。それだけではない。先ほどとは違う恐ろしいオーラ、いわば、殺気ともいえる、子供にはある意味、怖すぎなオーラをまき散らしている。
見ていると、相手園児の数人が尻餅をつき、うち二人がお漏らししていた。
と、騒ぎを聞きつけて、両方の先生がやってきて……。
「それで、皇帝様は、皇帝様と呼ばれるように……」
そう、舞彩が得意げに胸を張った時だった。
バリバリバリバリ……。
なにやら、学校では聞いたことない音が聞こえて。
「ま、まさか!?」
舞彩はすぐさま、教室の戸を開け放つと、そこには、優雅に呼び寄せたヘリコプターに乗り込む雄哉の姿が見えた。
「オーマイガー!!」
「えええ、ヘリコプターですかぁー!!」
舞彩と瑠璃の声が響き渡ったのは言うまでもない。
こうして、二人のプレゼント作戦は、失敗に終わったのであった。
今回は番外編でお送りしましたー☆