1.
十塚愛歌と僕――久住薫が親密な仲になるきっかけとなったのは高校二年の時、学校の屋上での出来事だった。
昼休み、七月中旬の真夏日の太陽が容赦なく照りつけてくる中、その時の僕は屋上の給水塔の影でタオルを枕にし、寝転んでいた。購買で買ったパンと飲み物を脇に置き、昼寝タイムを満喫していた。昼休みだけでなく五限目もこのままこうして一人、サボるつもりだった。
「久住君、いつもここにいたんだ」
その声に僕は飛び起きた。声の主に視線を遣ると、そこにはセミロングのクラスメイトがいた。癖のないストレートの髪、くりっとした大きな目、半袖のセーラー服と膝上のスカートから伸びている手足はほっそりとしていて健康的な肌色をしていた。
「どうして、ここに……?」
「久住君がいつもどこでサボっているのかなって気になって、あとを付けてきたの。そしたら『立ち入り禁止』ってプラカードがぶら下げられているロープを飛び越えて屋上への階段を上がっていったでしょう。危険防止のためとかで鍵が掛かっているはずなのに、ドアが開いていてびっくりしちゃった」
彼女がここに来てしまったのはあとを付けられたことと、この屋上へ通じるドアが建物内のみからしか施錠できない――つまり屋上側からでは鍵を掛けられないことが原因だと僕は悟った。
「久住君、もしかして屋上の鍵、持ってたりするの? 職員室で管理されているって聞いたんだけど」
「持ってないよ」
「じゃあ、どうやってここのドア、開けたの? いつも絶対に鍵が掛かっているはずなのに」
彼女は腑に落ちないという顔で僕をじっと見つめる。このまま押し問答を続けるのは面倒だ。
「これで開けた」
ズボンのポケットから僕はピックとテンションを取り出して彼女に見せた。
「もしかしてピッキングしたってこと?」
彼女は二つの金具に視線を注ぎながら言った。
「そうだよ。これで君の疑問は解消されたはずだから、もう僕に用はないだろう。友達のところにでも戻ればいい。ただし僕がここにいることと、ピッキングしていることをバラしでもしたら許さないけど」
「戻らないし、言わない」
釘を刺すために思い切り睨みつけながら追い払うように手を振ると、彼女は意外にも強い口調ではっきりと言い切った。妙にこわばった真面目な表情は、後に愛歌がこの時友達と喧嘩していたためだと知った。
「……ならいいけど。君の好きにすれば。僕は邪魔さえされなければそれでいい」
彼女が先生やクラスメイトに無闇やたらに言い触らしたり、嘘をついたりする性格ではなさそうだと判断した僕は再びタオルに頭を乗せ、目を閉じた。そして、浅いまどろみへと意識をたゆたわせた。
ウトウトと眠っていると、五限開始の予鈴が鳴った。その音に意識が浮上したため、僕は目を開け、身体を起こす。喉が乾いたからペットボトルの糖分控えめのストレートティーを飲もうと手を伸ばすと、視界に彼女の姿が映った。
下着が見えないようにスカートの裾を持ち上げ、曲げた膝の下で手を組み体育座りをしていた彼女。
「まだいたんだ。予鈴鳴ったし、そろそろ教室に戻ったらどうだい?」
僕と違って、真面目な優等生であろう彼女が授業に出席しないのはまずいだろう。
「戻らない。ここにいる」
「あ、そう」
いつの間にか彼女は目を少し赤く腫らしていたが、僕は面倒なことになるのは嫌なので突っ込んだりはせずに、ストレートティーを飲んだ。そして、購買で買ってきた焼きそばパンを食べ始める。
彼女はそんな僕の様子をただじっと見つめていた。
グウ~。
誰かのお腹の音が鳴った。もちろん、僕のじゃない。僕は彼女の方へ視線を向けた。
「今のは、その……。気にしないで!」
彼女は顔を真っ赤にしながらそう言った。
「……食べる?」
僕は焼きそばパンの他に買ったクロワッサンを彼女に差し出した。
「大丈夫。久住君の食べる分が減っちゃうもの」
「ごはんは?」
「教室。いいの。一食抜けば、ダイエットにもなるもん」
彼女はそう言い張り、そっぽを向く。しかし、すぐにこちらをチラッと見てきた。僕はそんな彼女にクロワッサンを袋ごと投げた。
「物欲しそうな目で見られると目障りだからあげる。別に僕は焼きそばパンさえあれば充分だから」
驚いた顔でこちらを向く彼女にそれだけ告げると、僕は焼きそばパンを食べ始める。
「ごめんね。……ありがとう」
彼女もそう言うと袋を開け、クロワッサンにぱくっと小さくかじりついた。