僕のお兄ちゃんは〈意外と〉妹思いです。
期末テストの終わったあっつい昼過ぎ。
まだ初夏にも届かないあっつい昼過ぎ。
死ぬって思いながら授業を受けた後、つまり授業後の時のことです。
僕の所属するクラス、二年五組の女子たちは
『海の香り』だの『幸せの匂い』だの、
不思議な匂いのする制汗剤をベタベタ……ベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタ…………っあ、食べたべに聞こえる。じゃなくて、たくさんつけてる。
つまり、まぁ、臭いんですよね、とにかく。
かく言う私も実のところ制汗剤はつけたいのですが……。
「あれー?千佳、制汗剤つけないのー?」
そうです。つけないんです。
てゆーか、つけらんないんです。
なぜかって?それはね、お兄ちゃんが制汗剤が無理らしいから。
制汗剤つけた日に帰ったら口を利いてくれなかったからなのだ。
ブラコンかって?ブラコンじゃなかったらこんな事書いてませんって。
まぁ、こんな事つらつらと友達に言うわけにも往かず戸惑っていると後ろから声がした。
「千佳、ちょっとこい。」
声の主は、お兄ちゃんでした。
…………へ!?お兄ちゃん!?
僕の名前を呼んだときに掴んだらしく、お兄ちゃんは僕の右手をグイグイと引っ張っていく。
お兄ちゃんが立ち止まったのはあまり人がこない渡り廊下だった。そしておもむろに手を上げたかと思うと……僕に制汗剤を付け始めた。
「……へ?」
「ん?どうしたんだ。千佳?」
「え、お兄ちゃんどうしたの?制汗剤駄目なんじゃ…?」
「いや、これ無香料だから。」
「へ?無香料ならおーけーなの?」
「うん。匂いがやなの。」
制汗剤特有のスースーしたかんじが僕の頭を落ち着かせていった。
「まじかぁ。じゃあ、今までの僕の苦労は………無駄?」
「うん。無駄かな。でもありがとな。」
突然のありがとうにびっくりしつつ、質問を返す。
「なんで?」
「だって、俺の事考えてくれてたんだろ?」
「そ、そんなことないしー。」
思わず答えるがお兄ちゃんはそーかそーか、といって軽く流すとホレ、と言ってさっき塗っていた制汗剤を投げ渡してさっさと教室に戻っていった。その投げ渡された制汗剤を見て、僕は、ふっと息を漏らした。
「お兄ちゃん、これ無香料じゃないじゃん。」
そう、僕の手に有るのは僕の好きな林檎の匂いの制汗剤だった。
「僕の好きな匂い、憶えてたんだぁ。」
そういった瞬間授業開始五分前のチャイムが鳴る。僕は急いで教室に向かいながら今日の日記に書くことを決めた。
『お兄ちゃんはキツい匂いが苦手。さっぱり系の匂いならギリギリOK。あと、お兄ちゃんは僕の好みを憶えといてくれてた。記憶力はある?あ、後、お兄ちゃんは……………………………………
意外と妹思い。』