最後の爆弾
『ヤハルマ伯爵暗殺の犯人』
俺が投げ込んだ爆弾は、その場に居合わせた貴族連中に大混乱を呼んだ。自分は無関係だと声高に主張する者、疑心暗鬼に陥り手近の同僚に食ってかかる者までいた。その中でもハルデール侯爵を糾弾する声が出なかったのは、自分自身の後ろめたい事情を侯爵に握られているからだろう。こういう場所にしゃしゃり出てくる虎の衣を借る狐に、脛の綺麗な奴なんていないだろうからな。
ハルデール侯爵は無様に尻餅をついたまま、頭から飛んだカツラにも気づかずに俺を見上げていた。
「あんた達が俺を勇者にしたいって言うんなら、別にそれでも良いよ。ただそうなると、俺は勇者の誓いとしてあんた達を殺さなきゃならない。どっちが良い?」
「……ひっ」
ようやく自分が死の危険に直面していると解ったのか、ズルズルと後ずさる。だがそこで、侯爵はやって来た近衛騎士に両腕を掴まれ引き上げられた。
「さあ貴族諸侯、ここでの話はお終い! あとは別室で聞かせて頂きますわ」
グレーデ女王の宣告で、その場にいた貴族たちは全員引っ立てられた。後には床に落ちた黄金のドリルロールが残されるだけとなった。
「汚れ役までさせて、申し訳ありませんでしたわね。コーヘイ殿」
「いえ、これで勇者とか言われなくなるんでしたら、楽なものですよ」
本来ならアドラスさんの報告で始めるはずだった王宮の大掃除を、部外者の俺に口火を切らせてしまった事に女王は謝罪してくれた。
戦死した金獅子騎士団のラーダ将軍はいわゆるハルデール派であり、現在の軍務卿を蹴落として地盤を固め、いずれ女王を退位させて侯爵と権力を握るつもりだった。と、俺たちは聞かされた。そのために秘密兵器まで引っ張り出して、派手な戦果を欲したのだろうと。
「面目次第もございません~! 侯爵一派に組みするうちの局員が、私には捏造した報告を上げ、未完成の大魔砲を将軍に提供していたのでございます~」
涙目で訴えるのは技術局局長。実際に被害にあった魔法兵団長と歩兵団長を前にして、顔色が青い。
「散々便宜を図ってもらっておいて、いざという時に使える物が出来ていなかったから上まで誤魔化してガラクタを押し付けたのか……将軍も浮かばれんな」とうなる歩兵団長。
「まあ現場の俺たちはヤバそうなのが一目で分かったから、とっとと逃げ出して犠牲は最小限で済んだけどな」そう語るのは魔法兵団長だ。
アドラスさんの旧知なだけあって、実戦型でドライな人たちだ。騎士団でもずっと将軍と折が合わず、本陣から離されていたので助かったのは皮肉だ。
「大体なんであんなでっかい大砲を魔法使いで動かそうと思ったんですか? もっと小さくして歩兵にでも付随させたら……」
「……は? いま、なんと?」
俺の何気ないマニア語りに技術局長がガバッと食いついた。俺の前に立つシルカを押しのけそうな勢いで隈の浮いた目に爛々と光を蘇らせている。……これは、いらない爆弾を投げてしまったか?
「い、いえ……魔法使いはいろんな属性の魔法を使えるのが強みでしょ? なら大砲でまとめてぶっ放すより分散して個別に攻撃した方が敵も防御しにくいんじゃないかな~って」
「た、確かに。大魔砲は威力を追求するあまり、魔法兵から汎用性を奪っていたのかも知れませんね……そ、それでそれで?」
「で、そういう単純な攻撃なら、何人かで使うような小型の砲に、魔力のある歩兵をつけた方が小回りも効くし、魔法使いの補助としても使えないかな、と」
「な、なるほど! ……魔動兵器としてではなく、魔道具という発想をしていれば、歩兵でも数人分の魔力を集めて魔弾化させる回路を……ふむふむ!」
局長はブツブツと呟きながら完全に自分の世界に入り、女王の許しもないまま謁見の間を出て行ってしまった。グレーデ女王は「いつものことだから」と苦笑していた。
「夫が亡くなって以来、まだ幼い息子を即位させ、自分は摂政として実権を握るために、ハルデール侯爵はいろいろと策を巡らせていたのよ。息子を守り、国を割らないために妥協もしてきたわ。でも、あなたのお陰で良い方向に動きそうだわ」
ヤハルマ事件で侯爵の威厳には傷がつき、軍事面での協力者であったラーダ将軍もいなくなった。さらにはショッツバルドと共に『ハーデンエルベの災禍』も倒れ、樹海の脅威も去り、中央平原は再開発が可能になるだろう。言い方は悪いが、この『利権』を上手く誘導すれば、今まで中立だった貴族の多くが女王支持に回るはずだ。
「そういった意味でも、あなた達はこの国を救ったと言えるわ。『勇者になれ』とはもはや言いませんが、褒賞だけはぜひとも受け取っていただきたいのよ」
女王が頼み込む。ここまで言われて断わっては、今度は王宮と敵対しかねないしなあ。
俺は皆と相談して、褒美は貰っておく事にした。リゼッタとシェーラの分も俺たちが受け取る事になる。
「まずは『王権代理人』の称号ね。ヘリストラウス王国内でのあなたのあらゆる自由を保証するものよ。国外においても、国交があれば王国の庇護を受ける事が出来るわ。……これは、あなたをこの世界に呼び込んだ、私たちのせめてものお詫びと思って」
女王の言葉に内務卿が一瞬手を上げ、異を唱えそうになったが、先に女王が手を上げ、彼の発言を封じた。『王権代理人』という地位は、その名前以上に価値を持っているようだ。……ホイホイあげて良いのだろうか?
「……そしてもうひとつは、樹海とその周辺山地の土地の権利。これは森獣魔王討伐後の中立地帯として魔王殿にお渡しするつもりだったのだけれど、両族不干渉の原則に則り、代理人たる魔王の婚約者、つまりコーヘイ殿に譲渡するものよ。それでよろしいかしら、両魔王殿?」
「もともと関わりの無い事。私は何も関知いたしませんわ。……それでぇ、奥方のご意見はぁ?」
「おっ!! おおおおくががががたたたっ!?」
リゼッタのパスした爆弾が、見事にシェーラにヒットした。
球体のゴーレムがスポーンと飛び上がり、中からサラサラの金髪を爆発させた赤面のシェーラが現れた。器用な機能付けてるな。
「おおおおお」
「恥ずかしいのは分かるが、まずは落ち着こうシェーラ」
こんな公の場で奥さんとか言われて、そりゃあ俺だって恥ずかしい。そしてシルカが踵で俺のつま先を踏みつけている。無視してない、無視してないよ。
スーハーと深呼吸した後、俺の陰からではあるがシェーラはグレーデ女王を見返した。
「わ、私も何も要らない。……ただひとつ、コーヘイ殿に今後勇者としての責務を負わせない。その約束だけが欲しい」
他人の視線に耐えながら、俺のためにシェーラは言い切った。ちょっと感動して、俺は袖を掴む彼女の手をそっと握った。思わず俺を見つめ返して、シェーラは真っ赤な顔のまま俯いた。
グレーデ女王はそれを微笑ましそうに眺めている。
「我が名に懸けて誓いますわ。今後一切、コーヘイ殿を勇者として使いたてるつもりはありません(……冒険者としては『お願い』するかもしれませんけどねっ☆)」
……何か聞こえたような気がしたが、女王は悪戯っぽく笑うだけだった。
「では、私も名に懸けて誓う。『造魔王』シェーラ・エリンカ・ククルシルは、我がお、夫となるコーヘイ・イスルギの身を護る以外、人界で武力を行使しないと」
人の王と魔王との、平和的な誓いが成立した。めでたいめでたい……って、何かが俺に引っかかった。
「……ん? 今なんて?」
「え? ……な、名に懸けてって」
「その名前!」
「な? 名前……シェーラ……だけど?」
「その後!!」
「え? え? し、シェーラ・エリンカ・ククルシル……」
「………………」
俺とシルカが呆然と目を合わせる。……な、なんだって~~~~?!
「さっきからなんなの? 魔族の名前では普通の感じだけど? 因みにエリンカは母、ククルシルは父の名を取っているのよ」
「………………」
「………………」
「??」
「「ええ~~~~~~っ!!」」
このシェーラの発言が、今日の様々な出来事を全て吹っ飛ばす、最後の爆弾になった。




