草原
「うう……ま、まさか、こんな事になるなんて……」
一面の草原を前に、俺は膝をついた。無常な風が頬をなでるが、俺にはもうそれを感じる余力すらも残ってはいない。脚は萎え、腕は上げることすら出来ない。
俺の傍らには同じように倒れこんだシルカがいる。
「し……しっかりしなさいコーヘイ……こ、こんな所で……」
そうだな。だが……俺はもう限界なんだよ……。
「ごめんシルカ。だけど……もう……駄目……だろえろえろえろえろえろえ~~」
「ぎゃ――――っ!! ばっちい! 向こうでやってぇ――――ッ!!」
うん。
俺たちは馬車に思いっきり酔ってしまったんだ。
初めての馬車、しかも夜を徹しての強行軍は予想以上にきつかった。俺は比較的乗り物には強いはずだったのに、何も見えない暗闇を不規則に振動しながら激走する馬車がここまで強敵だったとは……。これならまだひとりで馬に乗ってた方が楽だったかもしれないな。今度乗馬を習ってみるか。
俺たちが乗った馬車は四頭立てで長距離向けだったが、さすがに馬がもたないので朝日が昇るのに合わせて朝食と休憩を取ることになった。護衛の馬もフル装備の騎士を乗せているのだ。休ませないといざという時使い物にならないだろう。
俺は朝食を後回しに、とにかく休むために道沿いの小さな丘に歩いて向かった。うぅ、まだフラフラする。
クローバーのような小さな緑が広がる草原に腰を下ろしてようやく一息ついた。しばらく目を瞑っていると、誰かが近づく気配がして傍に腰掛けた。
「よ、横になった方が良いですよ」
「はあ、すいませ……んおっ?」
俺が答えるより早く、肩を掴まれ引き倒される。頭の下には柔らかい感触。
こっ、これは……ひざまくらっ!!
「……ふ、フレイヤさん?」
「し、食事の時には起こしますからっ、ゆっくり休んでねっ!」
俺の頭上には、フレイヤさんの真っ赤な顔があった。え? なんで? ……まだ三半規管が本調子ではないため、結局俺は彼女の言葉に甘えることにした。だって膝枕って、男のロマンだし。
心地よい風が吹いている。ヒイラギに回復魔法をかけてもらったシルカが、こっちを見て何か言ってる。ああ、俺って魔力障壁があるから、回復魔法も効き難いんだったか……。これは役得だったな。
こういう時はシェーラも何か言いそうだが、馬車から出てこないな。周りに知らない騎士がいるからだろうか。そんなシェーラにミルミが飲み物を渡したりしている。……しまったー! ここはミルミに膝枕を頼むところだった! さすがに今からフレイヤさんに「ミルミとチェンジで」なんて言えないので、そのまま彼女の膝に頭を預けることになるが。
ふと気がつくと、フレイヤさんの手が俺の髪を撫でていた。あんな魔剣を振り回すのに、小さくて柔らかい手だな……。
「私……コーヘイ君に謝らないといけない事があるの」
「え?」
「魔剣が無くなった時、家を護る為に君に責任を負わせようとした……」
俺が見上げると、フレイヤさんは一瞬視線を彷徨わせたが、真っ直ぐ見つめ返してきた。
「それは……、あの時はしょうがないよ。確かに俺のせいでもあったんだし」
「そのために、魔剣の弁償を盾に、私と結婚するって言っても?」
「ええ?」
そ、そんな所まで話が進んでいたのか……。迷惑だ! というのはフレイヤさんに失礼だけど、いきなり結婚なんて言われてもなあ。
「お、俺にはですね、そのですね、成人したらと約束した人がですね」
「分かってますよ。だからちゃんと婚約してもらえればいいんです。それで、何人ですか?」
「……はい?」
「だから、何人ですか? 婚約者」
……話が噛み合わない。
ええと、つまり。あの……え~と、……え~!?
「婚約者って……そんな何人もいていいもんなの?」
「え? いや、前にあの魔王さんにも告白してたから、また増えるのねって思ってたんですけど……」
逆にフレイヤさんが驚いた。
「こ! 婚約って?! いま婚約って言った!?」
「ゆ、ゆゆゆ勇者殿っ! わわわ私も婚約してくれるのっ?!」
外野が反応してしまった。
ヒイラギのもとから、馬車の中から、ものすごい勢いでシルカとシェーラが飛んでくる。俺は身の危険すら感じて飛び起きた。
「ままま待てっ! 俺が約束したのはミルミとだけで……」
「ミルミが良いならミルミの主のあたしも良いでしょ!」
「どういう理屈!」
「わっ私とは、その、くくく口づけを!」
「事故なんですがそれはっ!」
「ミルミはみんなと一緒だと嬉しいです!」
「君のその博愛精神が波乱を呼ぶっ!」
「あ、あのっ! 魔剣持ってる女の子は嫌いですかっ?」
「付加価値をアピールしなくても!」
「……じゃあついでにあたしも」
「ヒイラギさんいつのまに!」
……予想はしていた。というか、『そうだったらいいなあ』とか、もてない男の妄想を膨らませていたが、あまりにストレートな問題だったので、女所帯の破壊魔王一派の中では確認することが出来なかった、俺の人生の命題――、
この世界では、重婚が可能だったのである。ハーレムである。
国によっては駄目な場合もあるらしいが、ここヘリストラウスや魔界域では結構普通なそうで。俺としてはホッとするやら嬉しいやらだが、急に具体的な話になって皆が色めき立つのはちょっと怖い。
なので、とりあえず婚約話は保留という事になった。まだショッツバルドとの決着も付いていないし、相変わらずの棚上げである。
俺の話しを聞いてたフレイヤさんは、しばらくしてクスクス笑い出した。
「……ほんと、どうしちゃったんだろう私。あんなに魔剣魔剣ってしがみついてたのに……、アルヴァレイドが無くなって、コーヘイ君と結婚させるって言われた時、ときめいちゃって。そういう自分も良いなって思っちゃった。……なにか、吹っ切れちゃったみたい」
そういって俺に向けた笑顔は、始めてあった時のように自然で、まぶしかった。
「まあ婚約とかそういう話はおいとくとして、これからもよろしくね! 私のことはフレイヤでいいから」
そう言ってくれたけど、微妙に『婚約』のところでアクセントが変わったような気がしたのだが、気のせいだろうか?
俺たちが、ある方面においては非常に深刻なバカ話をしている内に、リゼッタはショッツバルドの行方を捜していた。やはりまだ多数の魔物を従えているらしく、それにまぎれて正確な位置は分からないようだが、シーナさんの魔力は感知できたらしい。彼女はまだ生きている。
「しかし、どうしてシーナさんを生かしておくのだろう?」
「『ハーデンエルベの災禍』を呼び出すのに必要なんじゃない? 災いと呼ばれていても、呼び出したのは巫女の召喚術でしょうし、光属性の魔力が要るんじゃないかしら」
シェーラの説明は分かる。始めは勇者を呼び出すつもりだったんだしな。調子に乗って勇者を量産しようとしたのがそもそもの間違いだ。そうして見れば『ハーデンエルベの災禍』も、俺と同じ『召喚勇者』と言えなくも無いな。……もうちょっと話の分かりそうな奴なら良かったんだけどな。
森獣魔王の進軍速度は予想外に速く、俺たちが追いつく前に中央平原に到達しそうな勢いだ。だが、王都へ向かわせた伝書鳩(?)と、魔法使いの念話のリレーによって事態を察知した王都は、首都防衛の主力軍である『金獅子騎士団』に出動を命じていた。
ほぼ千年ぶりに、ヘリストラウス王国の軍隊が魔物の軍勢と正面からぶつかる事になったのである。




