魔物回廊
両開きの重厚な扉を開けると、吹き抜けのホールに出た。
空気の密度が変わったかのような、なんとも言えない圧迫感が周囲を押し包んでいる。
「ウプッ! ……屋敷の中の結界が本命ってわけね。普通に見えそうな位の密度だわ」
「これは……今までどおりにはいかないかも」
リゼッタとシェーラがたじろぐ程の結界が張ってあるという事か。実のところ、俺にはあまり結界は意味を成さない。魔力障壁が働いているし、そもそも魔法使えないしな。ただ、
『あ~主、これはちょっといけませんかも』
『外に出られませんわ。どないしましょ!』
精霊たちの動きには障害になるか。戦力がた落ちだな。殴り合いで何とかなる相手だったら良いけど。
部下に警戒させながら、アドラス団長が指示を出す。
「二班はここを確保し、外の部隊と連絡を取れ! ……ご婦人方もここまでで結構。ここからは国家が関わるやも知れませぬ。後はお任せいただきたい」
「なっ! 何をおっしゃるの? いわば乗りかかったおと……船ですし! ここで降りては魔王の沽券に関わりますわ!」
リゼッタが威勢が良いな。シェーラは言わずもがな、俺の傍で気合いを入れている。
「お気遣いは無用ですわ! さあ! とっとと片付けますわよっ!」
意気揚々と進みだすラミアを、慌てて騎士団が守護する場面は、なかなかに感動的であると言えた。
◇◆◇◆
「い~~~や~~~っ!! キモイグロイキモイグロイキモイグロイ~~~~っ!!」
「リゼッタ殿お気を確かに! まあ……想像はしていたがな」
「おかげで冷静になれましたね」
ホールの大階段を上り、目的の伯爵の部屋がある二階の廊下に入ると、そこは地獄絵図だった。
壁に、床に、天井にぶちまけられた血糊。あちこちに散らばる肉片のこびり付いた衣服の切れ端。そして、それを踏みしめながら襲ってくる『できたて』のスケルトン。後ろに見えるのは『不要部品』を腹に収めた赤いスライム。そちらは『獣将』を形作ろうと変形を始めていた。
ここの所のワイルドな食生活で、だいぶ血の色と匂いには慣れていたはずだが、だからと言ってこんなものを見せられて平気でいられる訳でもない。先にリゼッタが錯乱していなければ、俺が絶叫していたかも知れない。まあ彼女はその能力で、あいつらの『中身』までいろいろと『視て』しまったんだろうな。俺とアドラスさんには彼女を気遣う余裕も生まれていた。
「密集攻勢! 魔法は効果が薄い。魔法兵は近接防御に専念せよ。前進!」
「応!!」
団長の命令に即座に陣形を組む騎士たち。全身鎧の重装騎士が最前列で盾を構え、スケルトンの攻撃を正面から受け止める。すかさず後ろに付いていた軽装騎士が脇から剣を繰り出し、スケルトンの腕や足を攻撃し無力化、止めに重装騎士のメイスが頭骨や背骨を砕いていく。後方のスライムには魔法を放ってくるものもいたが、方向が限られているため結界の中でも魔法兵やヒイラギの防御魔法は何とか効果があった。フレイヤさんの魔剣も通常モードなら十分に威力を発揮している。
リゼッタは先ほどのショックから完全には立ち直ってないのか、顔を青くしてアドラスさんにもたれ掛っているが……ちょっと喜んでないか? シェーラはいつの間にか例の球体ゴーレムを頭に被り、無言で触手を振り回してスケルトンをしばき回している。ミルミは頭をヒイラギに抱え込まれて周りが見えてない。これは有難かったな。……そういえばシルカがさっきから妙に静かだが……、
「キェ――――――ッ!!」
……ついにキレたか。
最初は電撃魔法で迎撃しようとしていたが、結界のために射程が延びず、ズンズン近づいてくるスケルトンに恐怖と苛立ちが極限に達してしまった。
「我は紡ぐ、暴風の回廊!」
詠唱しながら両手で石と爆裂魔法を……ええっ? 目前のスケルトンがバラバラに吹っ飛んだ!?
土魔法で作り出した石を爆裂魔法で破砕・発射、風魔法で加速をつけてぶつけたのか。地球で言うショットガンに近いものを、魔法で再現したのか……。銃の原理や構造は知らないはずだが、膨大な数に増えた複合魔法のバリエーションは、シルカに新しい世界を見せているのかもしれない。
俺がゲンテツに倒された時、我を忘れたシルカは三重魔法を習得したとヒイラギに聞いた。あれ以来シルカの中で、何かのスイッチが入っちゃったんじゃないかと思う。
こうなると、俺役立たずっぽいんですけど?
(ちょっとちょっと! なんとかしてよアリシえもん!)
『そんな事言われても~結界のせいで主の中から出て行かれないですよ~? あ、でも今って、主と我、身も心もひとつって事に? むふふ』
(お前のエロ思考がまったく理解できないのでそれは無いな! 一葉はどうだ?)
『まあ状況は姉さんと同じですけど~。ギリギリ主と密着したら魔法は通る思いますねんけど』
……密着。
あのスケルトン模型じゃないよ? モノホンの人骨だよ? スライムに至っては……。
『掌だけでもくっ付けてくれはりましたら、何とか出来ます~』
うう。しかたないか。
集中を切らし始めたシルカに襲い掛かろうとしたスケルトンに近づき、剣を振り上げた右腕を押さえる。うわあ、生暖かいときたか。しかも骨の癖に意外に力があるな。
「一葉! 早いとこ頼む!」
『はいな!』
押さえた掌からシュルシュルと蔦が伸び、スケルトンを絡みとっていく。全身にまとわり付いた蔦はやがてスケルトンの骨を砕き、バラバラにしてしまった。
「いいぞ! そのまま蔦を伸ばして他の骨も捕まえられないか?」
『そこまでは伸びませんわ。こっちから近づきませんと』
そう上手くは行かないか。
俺は覚悟を決めて、後ろで魔法を放ち続ける巨大スライムに向かった。魔法が効かないがゆえのフットワークだ。近づくと、スライムの『中身』がはっきりと見えた。リゼッタはこれをモロで見たのか……、こりゃミルミが見なくて良かったよ。ちょっと顔を背け気味だったが、スライムの胴体(?)に掌を当て、アリシアの氷結を喰らわせる。綺麗に固まったスライムを砕けばお終いだが、こいつの中身をぶちまけるのはどうかと思う。なので、氷の槍をスライムを壊さないように差込み、核を貫いて完全に凍らせた。
「よしっ! このまま行くぞっ!」
「伯爵の部屋は突き当たりだ! フレイヤ、お前も行け!!」
「はっ!」
アドラス団長の声を聞いた俺は、廊下の先にひときわ豪華な扉を見つけた。その前に新たなスケルトンが起き上がろうと蠢いている。完全に立ち上がる前に蹴り崩してしまおうと、俺はスケルトンに向けてダッシュした。
そして、久しぶりにやってしまった。
足元の床板を吹き飛ばし、一気にすっ飛んだ俺の両膝がスケルトンの一団を粉砕した。そこまでは良いがそのまま空中を飛んだ俺は伯爵の部屋のドアにぶち当たり、蝶番をぶっ飛ばしたドアは俺を貼り付けたまま部屋の中に突っ込んだ。
「あだだ……、魔力がまた増えてたの忘れてた……」
横顔にドアを貼り付けた俺が目を開けると、ひとつの人影があった。だが、それはヤハルマ伯爵ではなく、俺の知っている人の顔。
「……な、なんであなたが?」
そこに居たのは、あの時とは違い黒い修道服に身を包んではいたが、俺が始めて見たこの世界の人間。
召喚巫女、シーナさんだった。




