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異世界を行く魔力引きこもり  作者: はむかに
第2章 ヘリストラウス動乱
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貴族の事情 乙女の事情

 耕兵が眠れぬ夜を過ごしていた時、北方警備騎士団本部もまた、長い夜の只中にあった。

 自室で騎士団長アドラスが机の上の地図と書類に目を落とす中、入室した副官が報告した。


「遠距離念話に長けた魔法使いが足りません。巡回中の各小隊を集結させるには、念話を中継して最短でも三日から五日はありませんと」

「……待てんな。やはり本陣のみで動く。待機中の人員にも招集をかけろ」

「首都の采配を待たずにですか?」


 副官の懸念に、アドラスはまるで訓練かでもあるかのように気負い無く答える。


「まず我々が行うのはヤハルマ伯爵の捕縛と、領内の軍指揮権の統合だ」

「伯爵を逮捕するのですか?! 貴族議会で問題になりませんか?」

「国王の許可無く異世界召喚を行った。これは国家反逆罪に該当し、首謀者の逮捕は最優先でありこれは議会の承認を必要とせん。しかる後樹海の森獣魔王に対して戦線を張る。これは事後承諾になるが、召喚巫女殿の奪還が目的に含まれる以上、王宮がこの行動を否とする事は無い。そういう事だ」

「なるほど……。直ちに予備人員を含む全員の召集を手配します」

「明日には出立したい。頼むぞ」


 退出した副官と入れ替わりに、アドラスの前にやって来たのはフレイヤだった。


「おじ……閣下。私も参陣を許可していただきたく、参上しました」


 彼女は赴任したばかりでまだ騎士団内に配置されておらず、命令系統から外れていた。

 魔剣を失ったショックから気がついてみると、慌しく活動を始めた本部で、ひとり取り残されていたのだった。


「お前はまだ回復しとらんだろう。今回は休め」

「……魔剣がないから、ですか?」

「……」


 思わず口をついて出た言葉に、フレイヤ本人が驚いた。

 アドラスは何も言わない。それを肯定と受け取ってしまった彼女は、昂った感情を叔父にぶつけてしまう。


「例え魔剣を失おうとも、私も騎士の端くれです! 身一つであっても戦う覚悟は出来ています! 頼りないと言うのなら、ただの壁と考えていただいても結構です。どうか参陣をお命じ下さい!」

「まあ落ち着け」

「使命を果たせないまま魔剣まで失った私に、生き恥をさらせと言うのですか!!」

「フレイヤ!」


 アドラスの声は大きくは無かったが、フレイヤの激昂を治めるに充分な重みを持っていた。

 上官の前で声を荒げた無礼に気づいた彼女は赤面し、姿勢を正した。


「……今回お前を外すのは、部隊の行動に緻密さと速度が必要だからだ。慣れないお前を加えるのはお前と上官、双方に負担となる。今回は控えてくれ」

「は。……ご無礼の段、ひらにご容赦ください」


 指揮官の決定に異を唱えるとは、軍人にあるまじき行為である。その場で厳罰を言い渡されてもおかしくは無い。フレイヤは自分が血縁であることに甘えてアドラスに対していた事を恥じた。


「今はいいさ。その元気があれば樹海戦までには回復できるだろう。そこからが本番だ」

「はい!」

「うむ。それで明日の事なんだが……」


 アドラスはチョイチョイと手招きでフレイヤを呼ぶ。何事かと彼女が近づくと、小声で話し始めた。


「今客間にいる連中、あのコーヘイとか言う少年の傍についてろ」

「監視しろと? ……はっ! まさか魔王の手下が化けているとか?!」

「そりゃねえよ。あいつらに付いてるエルフは俺の古い知り合いだ」

「ではなぜ?」

「お前の婿候補になるからだ」

「はぁなるほど。……は?」


 うっかり聞き流しそうになったフレイヤは、その言葉の意味を理解するまでに数秒を要した。


「うなななななんですと?」

「彼は兄貴の言ってた条件に合ってるしな。魔剣を使える人間で、家督争いにも関わらない。その分家柄が問題になるかも知れんが、そこはまあどうとでもなるだろう。年齢的にもお前と近いし良いだろう?」

「いっ『良いだろう?』じゃないわよ! なに考えてるのよおじさんっ!」


 突然のことですっかり素に戻ってしまったフレイヤを、アドラスは笑って抑えた。


「がはは! まあ半分は冗談だがな」

「半分も本気なんですか……」

「彼には悪いが、魔剣紛失の件を誤魔化すのに協力してもらう」

「あ……」


 最悪の場合、魔剣の所有者を件の少年に移した事にして、魔剣を喪失した責任を負わせてソロウド家だけでも残す。アドラスはそう言っているのだ。

 自分たちの都合のために、出会って間もない耕兵を巻き込もうとしている。

 初めて会った時、冒険者になると語っていた彼の嬉しそうな顔を思い出すと、フレイヤの胸は詰まった。


「その手を使った場合、形式上とはいえお前は彼の妻にならねばならんが……」

「それは……かまいません。私が魔剣を手放さなければ、コーヘイ君を巻き込むことは無かったんだし……。これは私が負うべき責任です」

「また気負ってんなぁ」


 アドラスが頭を掻きながら笑う。


「まあ、魔剣は魔王が回収したとかヒイラギが言ってたし、ひょっとすると樹海で見つかるかもしれん。全ては後のことだ。今晩はお前も客間で休め。何なら今からツバ付けといてもかまわんぞ?」

「おじさん!」


 ◇◆◇◆


 司令部を退出したフレイヤだったが、最後のアドラスの言葉が頭の中をぐるぐる回っていて、公邸へ向かう足も上の空であった。


「け、結婚……コーヘイ君と……」


 彼女の脳内では既に『魔剣が見つからなかった場合の最後の手段』と言う部分が抜け落ちて、『結婚』というワードだけが増殖しつつあった。


 フレイヤと言えど年頃……この世界ではそろそろ危険域に差し掛かりつつあるとはいえ……の女の子である。その手の話題には敏感であった。

 ただ剣の修行に明け暮れ、同年代の同性の友人に恵まれなかった彼女の恋愛・結婚観は、かなりいい加減なものにならざるを得ない。


「けけ結婚と言えばあれよね、一緒の家に住んでご飯食べて、い、いいい一緒のベッドで、そ、そ、その……きゃー!」


 アドラスの『形式上』と言う言葉を『書類上の・見かけだけの』と言う意味では捉えず、『普通の夫婦が営む一般的な生活』と考えている時点で、18歳の思考回路ではないのだが。

 ひとりでモジモジクネクネしながら、フレイヤは公邸のドアをくぐった。


 既に夜も更けており、客間に耕兵たちの姿は無かった。


「コーヘイ君たちはもう寝ちゃったのか……」


 結婚するかもしれない男と顔を合わせなくて、フレイヤはホッとすると同時にやや残念でもあった。

 メイドに教えられた自分の寝室に向かう途中、耕兵用の寝室のドアの前でフレイヤは立ち止まった。


 ――この向こうに、ごく近い将来夫となる(かもしれない)男が眠っている。


「……ちょっとだけ、寝顔を見るくらいなら……」


 魔がさしたフレイヤの手が、ドアのノブにかかる。手入れの行き届いた扉は音も無く開いた。


「…………」


 ベッドの上で、耕兵は眠っていた。


 両脇に二人の少女を侍らせて。


「………………」


 ドアからの薄明かりの下では、耕兵が悪夢でも見るかのごとく苦悶の表情を浮かべながら硬直していた事は見えなかっただろう。

 ただ、少女二人と同衾する男の姿のみが、フレイヤの視界に納まった。

 彼女は、自分の頬がひきつるのを自覚した。


「……アルヴァレイド、現金で弁償してもらおうかしら……」


※第三者視点でお送りいたしました。

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