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異世界を行く魔力引きこもり  作者: はむかに
第1章 パジャマの男
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不安

 夕闇が迫ろうとしていた。


 俺は両手に縛ったヒュージボアの死体を引きずって、アジトまで帰ってきた。

 現場に戻ってみると集まってきたグルマンウルフに食われそうになっていたので、3頭のうち1頭の死体を囮として放置し、その間に残りを運搬したのだ。

 最初は1頭だけで諦めようかとも思ったが、身体強化した体は難なくヒュージボアの巨体を扱えた。


(気のせいか、最初に魔物と戦った時よりパワーアップしてないか?)


 軽く疑問を覚えつつアジトに帰ってみると、ミルミの元気な声が俺を出迎えた。


「お帰りなさいませコーヘイ様っ」

「今日2回目のただいまーって……それは?」


 ミルミは清楚なブルーのメイド服に着替えていた。


「シルカ様にいただきました! ……似合いますか?」

「ああ、うん……似合ってる」


 俺は芸の無い返事しか出来ないくらい、ミルミに見とれてしまっていた。

 実際はまり過ぎていた。露出は減っているのにそこはかとなくボディラインを強調するデザイン。袖のふくらみやエプロンのフリルが職人技を思わせる。

 ミルミの後ろでシルカがお馴染み仁王立ちでポーズを取っている。


「シルカ……ベリグ――ッ!」

「ふはははっ! とぉーぜんっ!!」


 思わずサムズアップで賞賛する俺に、シルカは高笑いで応えるのであった。



 その日の夕食はミルミ(と、ついでに俺)の歓迎会となった。テーブルにはこれまでにない種類の料理が並べられる。

 主役ではあるが調理も担当したミルミの腕は確かで、俺たちは同じ食材でありながら、異次元の味の料理たちに舌鼓を打つのであった。


「い、今まで俺は何を食べていたのだ?」

「うるさいわね! 自分だって切って焼くくらいしか出来なかったじゃない! でも、……おいし~!」

「……量を上回る質に敗北しました……」


 これからこんな美味い食事を毎日食べられるのだから、ミルミの参入は我々の戦力増強に計り知れない貢献となろう。メイド万歳だ!


「お役に立てて嬉しいです。これからも一生懸命……」

「そんな他人行儀は無しよ? あたしたち『破壊魔王一派』は家族主義なんだから!」


 シルカはやたらテンション高いな。

 それはそうか、こんな森の奥でヒイラギと二人きりで暮らしてたんだもんな。同年代の女の子と話すなんて、久しぶりに違いない。


 俺はシルカに尋ねられなかったことがある。

 

 なぜこんな場所に住んでいたのか。魔王を目指すなんて奇矯な目標もあるだろうが、それだけではない気もしていた。

 ミルミの生い立ちを聞いてから大方の予想は付いた。

 

 獣人とのハーフ。

 

 初めて会った時、彼女が耳を隠していた理由も、それで説明が付く。この国では獣人は差別されてるようだな。

 ちょっとうるさいけど、悪い奴じゃないのにな……。

 ミルミと楽しげに語らうシルカを見ながら、俺はもう、この話しはするまいと決めた。



 その夜。


 俺は広場の脇にある物干しロープに、先ほど洗ったパジャマ……の残骸を干していた。

 わずか数日で赤黒い血の染みが残り、ところどころ焼け焦げの穴が開き、ぼろ雑巾のような姿に変わり果てたそれは、俺が日本にいたという証でもあった。

 今の俺はトランクスに毛皮のベスト・腰巻という、なんちゃってどころではなくほぼ原始人スタイルである。

 明日にはミルミが回収した服を俺に合わせて仕立ててくれるという。


 それは、この世界で生きていく事を決定的にするようで、なんとなく心が重かった。


 気配を感じて振り向くと、ミルミが立っていた。

 シルカのチョイスだろう、ピンクの寝巻き姿も可愛らしかった。


「どうしたの? 眠れない?」

「いえ、まだお勤めが残っていましたので……」


 そう言うとミルミは、いきなり着ていた寝巻きを落とした。


 またすっぽんぽんですよこの娘は――っ!


「ななななななっ?!」

「コーヘイ様に、夜のご奉仕を……」


 ほっぺを真っ赤に染めながら、それでも俺に近づいてくるミルミ。

 俺は情けなくも後ずさりしてしまった。


「いや、ね? ミルミさん?ミルミさんは奴隷じゃないんだし、そういう事は」

「これは奴隷ではなくて、メイドの仕事だと商人さんが」


 何を吹き込んだんだよ奴隷商! 洗脳教育かよ!!

 それとも、貴族相手のメイドって、『そういうこと』前提のお仕事だったりするの?


「コーヘイ様は、わたしのこと嫌いですか?」

「いやこの場合それとこれとは」

「わたし、コーヘイ様のメイドとして気に入られたいです! ずっとお傍に置いて欲しいですっ!」


 ミルミが瞳をうるうるさせながら迫ってくる。これは危ない!


 ……いや、何が危ない?


 ここは日本じゃないし、日本の法律も通用しない。

 16歳の俺が、13歳のミルミと『しちゃって』も、別に罰せられる訳ではないのだ。


 それに、いわばこれは全国男性がいくら欲しても手に入る例は稀と言われる究極の料理。

 ――『据え膳』ではないか!

 食べずば男の恥! 俺は男だ!


 ――いやでもどうしよう?

 俺、生活力皆無の居候異世界人だよ?「責任とって」とか言われたらどうするよ?


 悲しいかな、童貞高校生の思考は想定外のラッキーな状況に、むなしくループを繰り返す。

 チート能力で思考を加速したところで、経験したことの無い事態には何も対応できないのだ。


 それでも、若さゆえのリビドーが『しちゃう』方向で思考を誘導し始めた。ごめんねケダモノで。



 だが、加速した思考は『自分の経験』を反映する。



 ――俺は右手で、ミルミの肩を抱く。


 その右手の中で、魔物の頭が破裂した。


(やめろ)


 ――俺は左手で、ミルミの胸を掴む。


 その左手は、グルマンウルフをバラバラにした。


(違う)


 爆発するヒュージボア。倒れるデスボア。

 俺の頭の中で、爆発する魔物たちの姿と感触がフラッシュバックする。繰り返し、繰り返し。


(違う! やめろ!!)


 感情が高ぶるほどに思考は加速し、破裂し、血みどろになった動物の映像が高速で流れていく。


(見せるな……見せるなぁ――ッ!!)


 そして――破裂する、ミ


「うわああああああああああああああああああ――――――っ!!」



 俺は、その場を飛び出した。

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