序章:現在
毎週水曜日投稿を目指します。
遅れたらごめんなさい。
チェックシルダン国王、ハルディア=トゥエンダーは、満足していた。
窓から覗くのは、黒地に星が煌めく夜空。
ときどき、そこに花火も混じる。
それは、二年前までは考えられなかったものだ。
「救世祭……派手にやっているようだな」
ハルディアは、顎を撫でながら呟く。
「はい。
これも、陛下のお力です」
返答したのは、国王直属の警備兵、その隊長。
名前は、ルール=コレクタリアンという。
彼女こそ、おそらくチェックシルダンで最も剣の腕が立つ女性であろう。
「はは、やめてくれ。
自分がやったのは、あくまで勇者のサポートだ。
本当に世界を救ったのは……アイツだよ」
ハルディアは、玉座の間に飾られていた絵に目をやる。
そこには、一人の少年と、三人の少女が描かれていた。
ちなみに、少年は数年前のハルディアだ。
「シャルア=リルクロック。
彼女は、偉大な戦士だった」
ハルディアは、何か思うところがあるようだ。
目を落とし、グラスから葡萄酒を口に運ぶ。
「魔王との戦いで死んでいなければ、彼女こそがこのチェックシルダンの王になっていただろうな」
「お言葉ですが、陛下」
ルールは、ハルディアに反論する。
「陛下は、代々我らがチェックシルダン国を統治する、トゥエンダーの血を引いていらっしゃいます。
シャルア様が英雄といえど、王となるべきは陛下なのに変わりありません」
「……そうだったら、いいんだが」
ハルディアは、呟くように言った。
「おっと、そろそろスピーチの時間だな。
案内してくれるか、ルール」
「承知いたしました」
ハルディアが、玉座から立ち上がったとき。
ふと、彼は違和感を覚える。
視界に映る玉座の間が、先ほどと違う。
何かが……いる。
「ッ……曲者!」
ルールは咄嗟に剣を抜いて、何かを牽制する。
何かは、全身を灰色のローブに包んでいた。
「何者だ、貴様……?」
ルールの問いかけに、ローブを身に着けた何かは答えない。
代わりに、何かは、ハルディアに向けて言った。
「久しぶりだね、ハルディア」
ハルディアの表情が、激変する。
彼は、その声を、知っていた。
何かは、ローブのフードをゆっくりとどける。
そして、何かの顔が露わになった。
何かは、銀色の短めな髪をしていた。
何かは、紅い右眼と青い左眼を持っていた。
何かは、少女であるように見えた。
何かは……部屋に飾られた絵に描かれた、シャルア=リルクロックその人に見えた。
「シャルア……様……⁉」
ルールが呟くが、シャルアのような姿をした何かは返答しない。
彼女の目には、ハルディアしか映っていなかった。
「ハルディア、キミに聞きたいことがあって来たんだ」
ハルディアは、震える足で後退しようとする。
だが、すぐ後ろには玉座があった。
よろめく彼は、そのまま玉座にへたり込んでしまう。
「ねぇ……知ってたの?」
ハルディアは、震える指でシャルアを指差す。
「嘘だ……お前は確かに殺したはずだ……!」
ルールは、耳を疑った。
今、ハルディアはなんと言った?
シャルアを……勇者を、殺した?
「ちゃんと話しようよ、ハルディア。
ボクはそんなこと聞いてない。
ボク自身の生死なんてどうでもいいんだ」
ハルディアの耳には、シャルアの問いかけなど入ってこなかった。
「それになんだ……その紅い眼は……シャルアの眼は青……その紅はまるで魔王の……」
『ほう、ワシの眼の色を覚えていたか、剣士……いや、人の王よ』
ハルディアは、言葉を失った。
シャルアの口から、先ほどまでと明らかに違う声が出ていた。
「魔王……⁉」
『そうじゃぞ?』
「あり得ない……あり得ない、あり得ない!
そんなことがあってたまるか!
俺は殺した、お前ら二人を確かに殺したんだ!」
玉座に座ったまま、ハルディアは喚き立てる。
「俺は王になった、お前らを殺してこの椅子を手に入れた!
お前らが生きているはずがない、俺がここに座っているかぎり、お前らが存在するはずがない!」
「……ノラーナ、勝手に出てこないでよ。
ハルディアが錯乱して面倒なことになっちゃったじゃないか」
『なんじゃシャルア、お主が現れた時点でこの若造はすでに十二分に錯乱していたと思うがな』
シャルアは、一人で二人分の声を出し、会話していた。
そんな時だ。
「隊長!」
国王直属警備兵、その一群が玉座の間へ雪崩れ込んで来た。
先ほどの、ルールの声を聞いたのだろう。
「なっ……侵入者⁉
総員、」
警備兵副隊長が、シャルアを殺害する指示を出そうとした。
それは、法的には間違っていない。
許可無しに玉座の間へ入った者は、問答無用で死刑となるのだから。
「待てッ……」
だが、ルールは止めようとした。
シャルアを救おうとしたのでは、断じてない。
彼女が救おうとしたのは、部下たちだった。
そして、それは手遅れだった。
「……ダメだよ、そんな隙だらけの攻撃体勢じゃ。
誰かを殺そうとするときは、自分も殺される覚悟をしてないとさ」
シャルアは、腰の剣を鞘に戻す。
ルールには、理解できなかった。
いつの間にシャルアが剣を抜いていたのか、いやそもそも、いつの間にシャルアが警備兵たちの背後に回っていたのか。
そして、どうやって警備兵全員の首を刈り取ったのか。
「あ……ぁ……?」
ルールの目の前で、部下たちの首が身体から離れ、落ちていく。
それから、首の後を追うように、身体も倒れていく。
血が、玉座の間の高価な絨毯を汚していく。
鉄の臭いが、王城に満ちる高級な香の匂いを上書きしていく。
「うわあああぁぁぁぁぁッ!」
ルールの理性が飛んだ。
真正面から、シャルアに突っ込む。
シャルアが、何かを呟いたように見えた。
『まぁ、キミくらいの覚悟があれば及第点かな』
直後、ルールの意識は闇に沈んだ。
あまりにも、呆気なかった。
「さて、じゃあハルディア、邪魔者もいなくなったし、話をしようか」
動かなくなったルールの身体を跨いで、シャルアは玉座の間に戻って来る。
「キミは、知ってたの?」
ハルディアは、失禁していた。
涙と鼻水が、無様に顔を汚していた。
「俺は……俺は悪くない……俺はやるべきことをやっただけだ……」
ふるふると情けなく首を振るハルディアを見て、シャルアは言った。
「知ってたんだね」
『ほれ見ろ、ワシの言った通りじゃ』
「ごめんねノラーナ、最初からキミを信じておけばよかったよ」
そして、シャルアは腰の剣を抜く。
「やめろ……やめてくれ……」
「ハルディア、キミも同じことたくさん言われたんじゃない?」
シャルアは、ハルディアに歩み寄る。
「そ……そうだ、お前に金をやろう!
城にある財宝全部くれてやる、何でも手に入る!」
「ボクが欲しいものは、お金じゃ買えないよ」
シャルアは、ハルディアに歩み寄る。
「な、ならなんだ⁉
権力か⁉
いいぞ、分かった、お前を大臣にしてやる!」
「バカじゃないの?」
シャルアは、ハルディアに歩み寄る。
「じ、じゃあ、この椅子をやる!
お前を王にしてやる!」
シャルアは、歩みを止めた。
だがそれは、ハルディアの提案に心を惹かれたからでも、何でもない。
「さよなら」
シャルアは、ハルディアの頭と身体を分けた。
ハルディアは首だけになってもまだ何か言おうと口をぱくぱくしていたが、すぐに動かなくなった。
血で汚れた玉座には目もくれず、シャルアは踵を返す。
だが、そこで。
「シャルア……なの……?」
玉座の間の入り口に、一人の少女が立っていた。
金色の長い髪に豪華なティアラを載せ、きらきらと輝くドレスを身に着けた、グレーの眼の少女。
「……リナ?
そうか、ハルディアのお嫁さんになったんだっけ。
綺麗になったね」
「シャルア……これ全部、あなたが……?
いえ……そもそも、あなた本当にシャルアなの……?」
「ところでリナ、キミも知っていたのかい?」
「なに……何の話……?
なんで……なんでこんなことになってるのよ……?」
「そっか、知らないんだ。
よかった、リナはそうじゃないかと思ってたよ」
シャルアは、にっこりと笑ってみせた。
返り血塗れの顔で。
「シャルア……いいえ、あなたはシャルアじゃない……!」
リナは、首を振る。
「シャルアならこんなことしない!
シャルアは、優しい女の子だった!
私の一番の親友だった!」
「過去形……か。
残念だな、ボクは今でもリナを親友だと思ってるのに」
「騙るな……シャルアを穢すなぁッ!」
リナの周囲に、光の剣が舞う。
その光が、血に塗れた玉座の間を照らす。
一人の少年と三人の少女が描かれた絵には、金髪の少女の姿もあった。
それは、かつてのリナだった。
「ごめんね、リナ」
シャルアは、リナの目の前に移動した。
リナには、その移動経路が見えなかった。
ただ気がつけば、シャルアは目の前にいた。
そして、シャルアの拳が、自分の腹部にめり込んでいた。
「あっ……ぐっ……⁉」
視界が暗くなる。
意識が身体から離れていく。
薄れ行く意識の中、リナはかすかにシャルアの声を聞いた。
「でも、すぐ終わるよ。
あとは、トリルに質問するだけ。
終わったら、ちゃんとボクも死ぬから……」
リナの意識は、そこで途切れた。