第83回 肝試し日和
混沌とした群青色の夜空に上弦の月が赤く輝く夜。
水色の長い髪の少年と黒髪の少年は、長く続く暗い廊下を歩いていた。
反響する二人の足音が、不気味さをより引き立てている。
「…気味悪ィな…?」
極力周りを見ないようにしながらポトフがプリンに尋ねると
「ふ…ふふふ…まっまさか貴様、怖いのか?」
プリンは若干震えた声で彼に尋ね返した。
「! あ…あっはっはっ!馬っ鹿お前俺を誰だと思ってんだよ?」
おっと!?
なんと分かりやすい返答でしょう!!額の冷や汗が貴方の嘘を物語っていますよポトフくん!!
「…てェか…お前が怖ェだけだろ?」
切り返し方からして、彼は本気で怖がっているようですね。
ポトフがそう言うと
「! ばっ馬鹿か貴様は?お…お化けなんているわけないだろう?」
プリンくんもでしたか!!しかもお化けって言っちゃいましたね!!枕を持っている手が震えてますよ!?ぷるぷると!!
「あ…あっはっはっ!あたっ当たり前だろォ?」
「うううむっもちろんだ」
なんやかんやで意外と気が合う二人は、超自然的な幽霊という存在に怯えているのだった。
もちろん、怖いから手を繋ぐ、なんてことは、お互いのプライドが許さない。
何故なら、二人は今年で十五歳の男の子同士。
((…ミントなら…))
隣にいる相手がミントであれば上記の条件をすんなり無視できる二人だが、今は状況が悪かった。
なにせ条件に加えて、この二人はもともと犬猿の仲。
…?
…狼はイヌ科イヌ属だからポトフは犬の方。
詰まり
…猿はプリン?
「…」
怖い怖い怖い怖い怖い!!すみません!!もうしません!!と言いますか無言で訴えないで下さい!!
「目は口ほどに物を言う」
何ちょっと巧いこと言ってるんですか?!
え?別に巧くない?そんなクレーム受けません!!
「…はァ…なんでこんなコトになったんだか…」
そう言いながら溜め息をつくポトフ。
只今の時刻は丑三ツ時。
特別な理由がない限り、こんな時間に生徒が寮の外をうろついてはいけないはずなのですが…
≫≫≫
「もう夏だねプリン?」
お風呂から出て部屋にやって来たミントが、タオルで髪の毛を拭きながら口を開いた。
「む?…うむ。そうだな」
枕から顔を離してミントの言葉に頷くプリン。
「…夏と言えば…なんだと思うポトフ?」
それを見た後に、ソファに座って骨付き肉の残骸である骨をかじっているポトフに顔を向けながらミントが尋ねた。
「生肉?」
かじることを中止したポトフが小首を傾げながら答えると
「季節関係ないじゃんと言うか今の時期食中毒になる危険性が高くなるから生肉は控えなさい」
ってミントが言った。
「あっはっはっ!俺の腹はそんなヤワじゃねェよ♪」
そんなミントに朗らかに笑いながらポトフが言った。
「…さいですか… じゃ、プリンはなんだと思う?」
やれやれと首を振りながらプリンの方に顔を戻すミント。
「睡夏」
こちらを向いたミントに、さらりとプリンが言った。
「…要は寝ることでしょ?当て字で無理矢理夏っぽくしないの」
カクッと肩を落としながらミントが言った。
「ミント凄い!大正解!」
西瓜と先程自分が作った睡夏という言葉を聞き分けたミントに対してパチパチと拍手をするプリン。
「あはは…ありがと」
取り敢えずお礼を言うミント。
「ミントは夏と言えばなんなんだァ?」
骨をゴミ箱に投げ入れたポトフが尋ねると
「フッ…よく聞いてくれましたねポッティー」
ミントはにやりと笑って
「学校には怪談…詰まり七不思議が憑き物なのだよ」
って言った。
「「…怪…談?」」
それを聞いてパキッと固まるプリンとポトフ。
「そう…四階の北側にあるトイレには半透明の太郎さんという人が現れて用を足す応援をしてくれるだとか…理科室の人体模型のタケシが自分の内臓を洗いながら時々微笑むんだとか…音楽室の肖像画がなんの前ぶれもなくノリノリでサンバを踊り出すんだとか…廊下を歩いてると知らない内に一人増えてるだとか…天井から青白い手が伸びてくるとか来ないとか─…」
ミントが長々とこの学校の微妙な怪奇現象を言っている途中で
「あ…あっはっはっ!ななな何言ってんだよミント?そんなの嘘に決まってんだろォ?」
「ううううむっ!お化けなんているわけないだろうミントっ!?」
顔を青くしながらポトフとプリンが言った。
「…だよね?」
それを聞いたミントはにやりと笑うと
「じゃあ調べて来てV」
って二人に言った。
≫≫≫
「えぐえぐ…ミントの意地悪…」
涙目になりながらプリンが呟いた。
「…ここで最後だな」
そう言って、最上階の一番端にある美術室の扉に手をかけるポトフ。
何故こうもこの二人はミントの言うことを利いてしまうのか…
ガラッ
美術室の扉が勢いなさげに開け放たれた。
確か此処は、名画サソ・リザがお色直しをしているとかいないとか。
サソ・リザにしてみれば、ほっといて欲しいことである。
「…」
「…」
サソ・リザに恐る恐る目を向けるポトフとプリン。
『…』
サソ・リザはいつもの焦点があっていない目をしたまま、微動だにしなかった。
「…ほ」
動かないことが確認できて胸を撫で下ろすポトフ。
「…と言うか以前も夜に学校を掃除したことがあったではないか?」
すると、思い出したようにプリンが言った。
「…あ」
ハッとなるポトフ。
確かに最近自分達は徹夜で学校じゅうを掃除したことがあるではないか。
「あっはっはっ!アホだな俺ら?」
「ふふふ お化けなんているわけないしな」
そのことに気が付いた二人は、笑いながら自分達の部屋へと引き返してゆきました。
「ふふふ 七不思議は全部嘘だったな?」
微笑みながらプリンが言うと
「おう!ミントに教えてやんなきゃな!」
ポトフは笑いながらそう言った後
「…あ、でも仕返にちょっと脅かしてやろォぜェ?」
にやりと笑いながら言った。
「! うむ。そうだな」
コクンと頷くプリン。
『うふふ 彼、どんな顔するかなぁ?』
「あっはっはっ!楽しみだなァ?」
「ふふふ どんなお話にする?」
『廊下で知らない内に一人増えてるとか?』
「「ナイス♪」」
こうして、学校の七不思議はすべて無かったことがミントに伝わりました。
…知らない内に彼らの他に一人増えてることは、気にしないでおきましょうね。