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Alice of Black Blood  作者: 黒猫時計
第一章 黒の王国
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08―武器職人マティ

 強引に手を引かれ、亜莉栖が連れられてきたのは地下室だった。

 螺旋階段を下りてすぐ目の前には扉があり、しかもそれは大人サイズの扉ではなく、明らかにマティの身長に合わせて作られたであろう小さな扉だった。

「さ、どうぞ」とメイド長に促されるままに、亜莉栖は腰を屈めて扉を開けてくぐる。

 そうして亜莉栖の視界に広がったのは、至って普通の奥行きと高さのある部屋だった。入口が小さかったために、中もそうなのだろうと半分期待しつつ入室したため、多少の落胆は否めない。


 しかし奇怪な光景だ。

 部屋の隅にはゲームで見たことのある……確かアイアンメイデンと言う名の拷問器具が屹立し、早く誰かを抱きたそうに胸部を左右に割り開いて待ち構えている。その内側に取り付けられた剣山のような針山は、血が付着して固まった跡が窺える。

 そして辺りに散乱しているのは様々な器具。ドライバーやはさみ、釘にペンチ、錐にのこぎりなどなど多種多様。

 壁一面には東洋西洋を問わず、刀やら槍、剣やナイフに斧まで、まるで武器屋の如く飾られている。

 他には三角木馬や剣山の付いた椅子など、武器が飾られていなかったら、ただの陰惨な拷問部屋だ。

 すると突然、肩を落として呆然と立ち尽くす亜莉栖に声がかかった。


「ようやく来たか……三十数秒の遅刻だ。ミンチだな」


 暗がりから姿を現したのは言うまでもなく、この部屋の主人マティだ。


「え、み、ミンチ?! しっかしアバウトだなぁ」

「遅れてしまい申し訳ございませんマティ様。如何せん、アリス様の歩くのが遅いこと遅いこと。別に言い訳をしているわけではありませんが、今度メイドたちにイチゴのパンケーキを作らせますので、どうか平にご容赦下さいませ」

「いや、十分いい訳臭いから――」

「ふむ、まあパンケーキなら許してやってもいいか……」

「――っていいんかい!」


 話の流れから一度に二人に突っ込みを入れることになり、多少気疲れした様子の亜莉栖は、しかしふふっ、と笑みを零した。


「ん? なに笑ってる」

「いやーべっつにー……。ただ、やっぱり女の子なんだなーと思ってさ」

「なんだと?」

「だってイチゴのパンケーキだよ? そんなものに釣られるなんて、まだまだ子供じゃない」


 すると不意に――――カキョッ、と音がした。

 気づけばそれはマティの左手から発せられた音だった。音は次第に大きくなり、左手にはめられた機械のグローブが展開しては組み変わり、それは巨大な手へと変貌を遂げる。

 少女ほどの多きさもある拳が開閉を繰り返すと、メイド長は慌てた様子で亜莉栖にしがみ付いて進言した。


「うわっ、ちょ、ちょっとなに?」

「あああアリス様! マティ様は子ども扱いされるのがお嫌いな方なのです! あれで何人ものアリス様が文字通りのミンチに……!?」


 えっ? と亜莉栖は顔を引き攣らせる。

 よくよく見てみると、機械のグローブには微かな色が見て取れた。よーく目を凝らしてみてみると、それはなんとなく血が乾いた跡のような気がしないでもない。さらによく見なければ気づかないほどの、小さな肉片のようなものも見受けられた。

 げっ?! と声を漏らし一瞬で顔面蒼白になると、亜莉栖はダラダラと冷や汗をかき始める。


「ああっ! せっかく着せ替えたのに……、まあでも、楽しみが増えました。ありがたやありがたや」


 と、今の状況を焦っているのか、後の楽しみに胸躍らせているのか。感謝してるのか恐怖してるのか分からない暢気なメイド長を余所に、亜莉栖は完全にその場で固まった。

 目の前には小さな凶悪な危険人物が仁王立っている。その左手から奇怪な音を響かせて。

 一歩ずつ歩み寄ってくる小さな巨人が、その目に殺意を灯している。


 ――ガシャ。


 グローブが大きく開く音にビクつき我に返ると、亜莉栖は急に慌てふためいた。

 右に左に、行き場のない箱に閉じ込められたネズミのように走り回ると、働かない脳をフル回転させ、旨い言い逃れ方を考える。

 差し迫る恐怖で纏まらないが、ハッとして気づく。先ほどの会話でお菓子が好きそうだということを。

 一歩一歩と、まるで機械のように正確な歩幅で歩いてくるマティから後退さりながら必死に考えた。考えて考え抜いた結果、自分でも作ることが出来る一つのお菓子が思い浮かんだ。

 扉まで追い詰められ、ようやく浮かんだものを慌てて亜莉栖は口走る――、


「ほ、ホットケーキ! 今度作ってあげるからーー!!」


 亜莉栖の絶叫する声にピクッと耳は反応し、その進行を止めたマティは小さく首を傾げる。


「ほっと、けーき?」


 不思議そうな顔をして訊ねる少女は、まさに小動物のように愛らしい。

 しかしその反応に一番驚いているのは亜莉栖だった。言い逃れ出来たことに安堵したのではない。ホットケーキを知らない事実に驚愕したのだ。


「えっ……ホットケーキ知らないの? パンケーキ知ってるのに?」

「え? あ、し、知ってる! そんなもの知ってるに決まってるだろ……」

「じゃあ、どんなお菓子?」

「ほっと、温かい……ケーキ、だろ」

「まあ、間違いじゃないけどさ」

「ほらみろ! ウチは何でも知ってるんだからな!」


 明らかに動揺を隠せないマティに対し、亜莉栖はついつい頬を緩める。ああ、娘が出来た父親の気持ちがよく分かる、とか考えながら何度も頷いた。


「あ! お前ウチのこと馬鹿にしてるだろ!!」

「そんなことないよ。でもそうかー、マティはホットケーキ知らなかったんだねー」

「知ってるって言っただろ――」

「まあ、今度作ってあげるから、楽しみにしててよ」


 亜莉栖の言葉に、少女は怒ろうとしていた態度を改めると急に大人しくなり、うん、と小さく頷いた。

 しかし次の瞬間には、もう普段の小生意気な少女の顔へと一変し、ふんと鼻を鳴らして部屋の奥へと歩いていった。

 その変わりようの早さに唖然として立ち尽くす亜莉栖。

 すると奥のテーブルから少女の声が響いた。


「そんなとこで突っ立ってないで、さっさとこっちに来い」


 言われ、そんな言葉遣いで呼ばなくても、と思いながらも亜莉栖は渋々歩いていく。

 ランプに映し出されるテーブル上は、設計図のようなものが描かれた紙やらペンなどで散らかっていた。が、その一箇所に目が奪われた亜莉栖はそこを凝視した。


「気づいたか、なかなか目ざといな」

「……いや、そんなこれ見よがしに置いてあったら誰でも気づくって」

「ま、そうだな」


 間違いない、と続けながらマティは“それ”を手に取った。

 少女が手にしたのは、綺麗な装飾が施された鞘に収まるナイフだった。しかし長さが刃渡り三十センチ以上もあろうかという、ナイフにしてはいささか長大なサイズのものだ。

 それをおもむろに抜き放つと、ランプにかざす様にして亜莉栖に見せる。


「どうだ? 綺麗だろ」

「うん、ナイフって初めて見たけど……こんなに綺麗なんだね」

「ウチが作ったんだ、感謝しろよ」


 少女の言葉も聞き流すほど、その美麗な銀線に心奪われた亜莉栖は、しばしボウとして見惚れた。

 人を殺すための道具であるが、それ故に惹かれる魔性をそこに感じた。

 マティは黒の国の戦闘要員である者たちの武器全てをここで作っている。いわばこの拷問部屋のような一室は、少女専用の工房でもあるのだ。

 実質いままともに戦えるのは、グリムとマティしかいないのだが、面倒ごとの嫌いな少女はあまり外へ出ることはない。


「ふむ、まあお前なら使いこなせるだろ」

「……は?」


 亜莉栖は弾かれるように疑問の声と同時に振り向いた。

 ナイフを指差し驚愕を顔に写し出すと、


「まさか、それがわたしの武器?」

「そ、これがお前の武器。あ、ちなみにウチの武器はこのグローブ。どうだ、カッコいいだろ?」


 ガシャガシャと手を握っては開き、終いにはピースサインを形作るマティ。


「いや知らないけど、というかこんなデカイの扱えるわけないじゃない」

「リアクションが淡白すぎるぞ……。せっかく改造してカッチョよくしたのに、これが解らんとは」


 残念そうに首を振る少女は、元の大きさまで戻った機械式グローブを愛おしそうに撫でる。

「……まあそいつは持ってみてから言うんだな、きっと驚く」、そう言うとマティはテーブルにナイフを置いた。

 少女に促され、亜莉栖は試しにナイフを掴んでみた。そして持ち上げる。するとそのあまりの軽さに亜莉栖は目を瞠った。


「あれ、軽い。こんなに大きいのに?」

「ここじゃ不思議なのが当たり前だからな。疑問を持つという思考自体が意味を成さない。疲れるだけだよ、って猫が言ってたぞ」

「ああ、そんな台詞聞いたことあるような気がするわ」

「ま、ヴォーパルが見つかるまでそいつで戦闘してくれ」

「わたしにこれ持って戦えと? あの化物たちと??」

「そうだ、女王になりたいんだろ? 戦う術はグリムにでも聞くんだな。ウチは適当に握り潰したり、オプション付けて切り裂いたりするだけだから楽だし、そもそもウチはあまり戦場には赴かないから問題ないけどさ、お前はうさぎ同様、前線で戦ってなんぼの職業だからな」

「いつからわたしは勇者になったのよ……」


 それに女王になりたいんじゃない、もとの世界に帰りたいだけ。呟いた言葉はマティには届かなかった。



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