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Alice of Black Blood  作者: 黒猫時計
第一章 黒の王国
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017―白うさぎ

 地下のアジトで一晩を過ごした亜莉栖一行。

 まだ陽も上がらぬ内に、身仕度を始めているのは黒うさぎだ。


「う、うん……。ん、グリム? どこかへ出かけるの?」


 ガサガサという雑音で目を覚ました亜莉栖は、部屋の隅にいた黒尽くめに声をかけた。

 黒色の礼服をきっちり着込み、念入りにうさぎ耳の手入れをしているグリム。その目には、猛禽類のような鋭さが灯っていた。


「こ、こわいよ、どうしたの?」

「アリス、敵が……近い」


 えっ? と亜莉栖は驚きで目を瞠る。

 ここは地下に作られた、いわば秘密基地だ。かなり長い梯子を降りてきて、長い通路を歩いてきて、ようやく辿り着ける場所。

 アジトなのに、そんなに簡単に敵方にばれていること。そして、地上から深く遠いこんな場所でも、音を拾うことが可能なうさぎ耳に、亜莉栖は信じられないといった驚愕の表情を顕にした。


「わ、私はどうしたら」

「お前は一先ず、双子を起こせ。可能ならハンプティもな。これはある意味、いい機会だ。アリスにトゥイードル兄弟の力を把握してもらう、な」


 にやりと不敵に笑うと、グリムは二丁の拳銃を懐に忍ばせ、一足先にアジトを出ていった。



 少しして、身支度を整え終えた亜莉栖も一人、グリムの後を追う。

 腰ベルトには大型のナイフ、太もものホルスターにもクナイほどのナイフをとりあえず三本差した。

 グリムに言われたとおり、皆を起こしはしたのだが、結局、誰一人として目覚めることがなかった。

 昨晩食べた鍋に合わせて出てきたお酒のせいで、みんな二日酔いなのだ。

 亜莉栖はもちろん未成年だからと断った。無理に進めてくるマティをあしらうのが大変だったのは言うまでもない。

 (二言目にはミンチだもんなー……)

 そしてグリムは酒が飲めないということを初めて知った。それをマティにからかわれて喧嘩になったのも、言うまでもない。


「はぁ、肝心な時に寝てるなんて。こんなんでこれから大丈夫なのかな……」


 溜息とともに愚痴をこぼす。

 そうして長い梯子を上り、光を抜け出て地上へと戻る。

 眩しさに顔を顰め、不意に鼻腔をつくにおいがあることに気づいた。

 それはつい先日も嗅いだ、赤を連想させる鉄臭さに似ていた。


「うん? ……これって、血のにおい……? グリム!?」


 目をカッと開き、そのにおいが彼のものであるかもしれないと心配になった亜莉栖は、袋小路を見渡した。


「うるさい奴だな、あまり大声を出すな。ヤツを刺激したら厄介だろ」

「あ、あれ、グリム、生きてる?」

「勝手に人を殺すな。血のにおいで不安に駆られるのも分かるがな……」


 決して振り返ることなく背中越しで語るグリムは、視線の先、袋小路の出口の向こうにいる“ヤツ”を気にしているようだった。

 亜莉栖も彼が気にするそれが気になり、グリムの背中から向こう側をそっと覗いてみる。


「あ……あれ、は……?」

「白うさぎだ」


 亜莉栖の疑問に、グリムは間断なく答えた。


「白、うさぎ……あれが……」


 亜莉栖が目にしたものは、二メートルほどもある大きなうさぎだった。

 うさぎだった、と言っても、その体は普通のうさぎとは大きく異なる。まず、四足歩行でないこと。普通に二本足で立っていた。

 黒うさぎが人間なのだから、白うさぎがいるとしたらそれも人間だろうと、そう高を括っていたのに、それも裏切られた。


「あれ、着ぐるみじゃないの」


 そう、着ぐるみなのだ。遊園地とかでよく見る、あの大きなうさぎの着ぐるみ。

 子供たちに人気で、無邪気におどけて風船を配っているような着ぐるみ。

 可愛らしいというよりは、まるで本物を大きくしたような頭をしてはいるが、最近の着ぐるみはリアルなものもあるからと、別に悪くはないと自分を納得させた。


「ていうか、なんであんなに血まみれなの?」


 見れば体の半分以上に、血飛沫のような返り血、両の手は真っ赤に染まり、口元にもそれはべったりと付着していた。


「大方、どこぞで影やトランプどもを駆逐してきたんだろ」

「白うさぎは味方なの?」

「さあな」

「さあなって……」

「オレにもよく分からない。影やトランプを殺したりはするが、オレたちにも危害を加えてくることがある。今までも何度か襲われた。あいつはかなりのイレギュラーだ。チェシャ並みに予測が出来ない」


 白うさぎは、なにをするでもなく、ただその場でじっとしている。

 ただ一点、憑かれたように地面を凝視し続けるその赤い瞳には、なにも映ってはいなかった。


「……動かないね。声かけたら、反応してくれるかな?」

「バカ、無闇にあいつを刺激するな。こんな序幕でお前に死なれたらこっちが困るんだよ。頼むから大人しくしてろ」

「はぁい……」


 亜莉栖はつまらなさそうに唇を尖らせた。

 不貞腐れる亜莉栖を後目にも、グリムは警戒を怠らない。と――、白うさぎに動きがあった。

 グリムは咄嗟に身構える。右手はジャケットの内ポケットへ、腰を引いて低くし、いつでも射撃出来るように呼吸を整えた。

 が――


「……うん?」


 白うさぎは踵を返し、森へと向かって歩き出した。


「あれ、帰っちゃったわね」

「なんだ、あいつ?」

「何しにきたのかな?」

「…………」


 小首を傾げる亜莉栖の問いに、グリムが答えられるはずもなく。

 着ぐるみの血まみれの背中を見送る途中、亜莉栖はあることに気がついた。

 それは白うさぎが右手に持っていたもの。


「あ、あのぬいぐるみ!」

「なんだ、あのうさぎがどうかしたのか?」

「あれ、私の部屋にあったやつだ。どうしてこんなところに……」


 三十センチほどのそのぬいぐるみは、小さな頃、両親と出かけたワンダーランドという名の遊園地で買ってもらった、『不思議の国のアリス』に登場する白うさぎだった。この不思議な世界へやって来た時、泉のほとりに残されていたものとよく似ている。

 モノクルをかけた知的そうな顔、ふわふわの毛並み、首からはシリアルナンバー入りの本物の懐中時計をぶら下げ、白のブラウスに燕尾のジャケットを羽織った白うさぎ。復刻版だが作りもしっかりしていて、全世界で千個の限定生産ものなため、かなり値段の張った、亜莉栖のお気に入りのぬいぐるみだった。

 寝る時はいつも枕元に置いていて、どこへ行くにも連れまわしていた大好きなぬいぐるみ。

 けれど今はその綺麗な姿はなく、血まみれの手で持たれるぬいぐるみは、同じく血まみれで、白かったとは思えないほど、血に塗れ煤けてしまっていた。

 唯一白いのは、そのジャケットの燕尾部で隠れるおしりだけ……。


「取り返そうなんて気、今は起こすなよ」

「分かってる、けど、どうして……」


 腑に落ちないけれど答えが出るはずもない。

 なぜぬいぐるみがこの世界にあるのか、そしてなぜ白うさぎがそれを大事そうに持っているのか。

 離れていく白うさぎの背中に、亜莉栖は問うた。



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