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Alice of Black Blood  作者: 黒猫時計
第一章 黒の王国
14/19

013―エンカウント

 チェシャ猫が姿を消した後、一向は黒うさぎグリムに案内され、地下にあるとされる黒のギルドへと赴いていた。


「なんだかようやくこの世界もにぎやかに感じてきたわ」

「なんだいきなり」


 亜莉栖の急な物言いに、耳だけを器用に動かしグリムは訊ねた。

 ふふっ、と小さく笑みをこぼす亜莉栖。


「だって最初は主な登場人物が三人しかいなかったじゃない? ようやくチェシャも登場して、これから賑やかしくなると思うと、なんだかちょっと楽しみだなって」


 そんな暢気なことを笑顔でもらす亜莉栖に、黒うさぎは心底呆れたように嘆息する。


「はぁー。お前、これが命をかけたゲームだって自覚してるか?」


 青年の背中越しからの声にも力抜けしたような響きを感じる。

 それとは裏腹に、常に警戒を怠らないグリムのうさ耳は、あちらこちらへと忙しなく動いていた。


「まあ分かってるけどさ、でもまだまともに戦ってないじゃん? だからいまいちピンとはきてないというか……」

「オレの耳はピンときてるぞ」


 えっ? と頭上に疑問符を浮かべる亜莉栖。一瞬何のことか判断に戸惑う。

 するとその後ろを付いて歩くマティが、亜莉栖の脇からひょっこり顔を覗かせながらグリムに問うた。


「なにかいるのか?」

「えっ、敵!?」

「ああ、鎧の音が聞こえた……気のせいだといいんだがな」


 歩く速さはそのままに、グリムは悠然と背筋を伸ばしたまま、特に気にする風でもなくアジトへ向かっていく。

 そうして歩くこと数分。

 やがて今度は二つに枝分かれした細い道へと突き当たる。

 そこにもやはり立て看板が設置されており、道案内をしているようだ。


「なになに……」


 今度は右の通路へ入っていく二人から外れ、亜莉栖は一人標識に目を配る。

 そこにはなんと、「この先の袋小路、アジト」とご丁寧に汚い字で殴り書きされていた。


「ちょ、ちょっとちょっと!」


 慌てた様子で二人の背へと駆けていく亜莉栖。

 グリムとマティは揃って振り返ると、「「なんだ?」」と声をそろえて口にした。


「なんでアジトの場所をわざわざ標識にしてんのよ!」

「そんなことをオレに聞かれても知らん。ギルドのマスターにでも訊くんだな」

「ウチもこれにはアホだと言わざるを得ないが、実際あいつはアホだから気にするだけ無駄だぞ」

「それより先を急ぐぞ、金属音が近い……」


 二人はくるりと背を向けると、亜莉栖を先導して歩き出す。

 唖然として固まっていたが、ここで置いていかれるわけにはいかない。音も近いらしいし、亜莉栖は気を引き締めて二人の背中を追った。

 狭い、狭い森の一本道。

 垣根のように左右にびっしりと立ち並ぶ木々は、標識から進むに従ってその幅を徐々に狭めていった。それはもう一人分の身幅ほどしかなく、グリムを先頭に途中並びを入れ替わり亜莉栖、マティと一列になって進む。

 やがて狭い通路を抜けると、今までの窮屈さが嘘のような広場へと躍り出た。

 文字通りの袋小路となっている


「あ、ようやく例の袋小路ってとこ?」

「しっ! 静かに」


 息苦しかったのか、ようやく開放されたと思った亜莉栖は背伸びしながら問いかける。するとそれをグリムは戒めるように静止した。

 ――――ガシャッ。

 同時に聞こえた音、先ほど言っていた金属音のようだった。それは思いのほか近くから聞こえる。

 気の抜けた顔をしていた亜莉栖も、音の気配に身を強張らせ警戒するようにグリムの背を盾にした。そして肩口から顔を出し、前方に視線を向けた。


「――あっ!?」


 驚きの声に“それ”は振り返る。けれどまたなにかを見失ったような挙動をしては周囲を見渡している。


「あの野郎、なにがトランプは放ってないだ。嘘ばかりつきやがって……」


 苦々しい顔をしてグリムは悪態をついた。それは先の美少年、チェシャ猫へ向けられたものだろう。

 言っていることの適当さに呆れつつ小さくかぶりを振って「次に会ったら打ち抜いてやる」と静かに殺意をこぼすと、目の前の敵に目を向けた。


「ナンバーは……3か……」


 値踏みするように視線を動かし、数字を確認。

 亜莉栖も改めて新たなる敵を確認した。

 白銀に輝くフルフェイスの兜には横一文字に溝がある。その中では真っ赤な光が左右に揺れているが表情までは分からない。すっきりとしたまとまりあるフォルムの銀の鎧を着込み、それを覆い隠すように前掛けが垂れている。

 前掛けにはスペードの図柄、そして対角線上に配された『3』の文字。

 携える槍の穂先もまたスペードだった。


「あれがトランプ兵……」

「ああそうだ。ハッ、皮肉のつもりか。もと同胞をオレたちの、初対面のアリスの手で殺させる、相変わらず悪趣味な野郎だなあいつは」


 相対する距離五十メートルほど。

 けっこう近いにもかかわらず、トランプ兵はこちらに気づいたそぶりも見せない。


「なにあの人、なんであんなにキョロキョロしてるの?」

「それはヤツらの目が悪いからさ。それにまだ血が付着してないところを見ると、作られて間もないんだろう、ここがどこか分からないのかもしれない」


 静観していたマティが亜莉栖の真横に並び、腕組しながら説明した。そして続けられた言葉に亜莉栖は吃驚する。


「アリス、ちょっと行ってあいつ殴ってこいよ」

「はっ? いや、冗談だよね――」

「ナンバー3なら今のお前でも十分だろう」


 マティの言葉を拒否しようとした亜莉栖の言葉を遮り、グリムが補足するように言葉を足した。


「ほら、行ってこい」

「ちょっ……」


 バシッとグリムに背中を軽く叩かれた亜莉栖は、空足を踏みながら前へ出た。

 思わず踏みとどまろうと踏ん張ったことにより、つい足を擦って砂利を鳴らしてしまう。

 音に気づいたのか、スペードのナンバー3はこちらへとゆっくりと振り向いた。

 しばらくの間硬直し、何かを確かめるように目元の光が大きくなったり小さくなったり。 

 やがてフルフェイスの鉄兜をかぶったトランプ兵は、確信を得たように槍を構えた。そして非常にゆっくりとした足取りでこちらへ近づいてくる。


「うわっ!? こっちに気づいた」

「当たり前だろ、アリスを狙うのがヤツらの仕事だからな」


 当然のことを意外のように口にする亜莉栖に、グリムは呆れ顔を浮かべる。


「だからってどうしろと……」

「戦うんだよ、主にお前が」

「なんでわたし一人なの!?」

「実戦経験積まないとどうにもならないだろ。ウチらは傍観者を決め込むからな、アリス頑張れよ! 死にそうになったら殴りにいってやるから」

「そそ、そんなぁ」


 まさか本当に手を貸さないつもり! 縋るような視線で二人を振り返るも、揃いも揃って顎で敵を討てと合図するだけ。

 涙目になりながらも、アリスは背中側に装備したマティ特製大型ナイフを腰ベルトから引き抜いた。

へっぴり腰になりながらまるで子供のチャンバラのように構えると、戦闘姿勢を確認したトランプ兵は急に駆け出した。


「うわわ、走ってき、た?」


 ガシャンガシャンと鎧を響かせながら、猛然と駆けてくる!

 しかしその足のあまりの遅さにアリスは一気に気抜けした。


「なにあれ、ふざけてんの?」


 緊張の糸が緩む、というか解けた。

 もっと威勢のいい暴れ馬車馬のように掛けてくるものだと勝手に想像していた、だが違った。

 十メートルを八秒もかけて走りそうなこの速度が、このナンバー3の限界スペックだったのだ。


「なんだ、これなら延々逃げられそうね」

「逃げてどうする」


 鋭くも冷たい突っ込みが後方のグリムから飛んでくる。


「だってあんな槍持ってんだよ? わたし超近距離武器なのに、あいつ中距離武器持ってんのよ!? どうすればいいわけ!」

「空振りを利用して懐に飛び込めばいい。狙うなら喉元を一息で掻っ切れ、兜と鎧の隙間に刃を滑らせろ」

「そんな簡単に言わないでよ」


 特にスポーツが得意だったわけじゃない。体育の成績も中くらいだ。

 それでも目の前の敵よりは、倍以上は足が速いと思うけど……。

 すると亜莉栖のチキンっぷりに嫌気が差したように上げられた声一つ。


「まったく、こんなのでこれから先どうするんだアリス。一発でもいいから殴ってみろ、そしたらウチが代わってやる」

「おいマティ、それじゃなんの意味もないだろ」

「うるさい! あんなへタレっぷりを見せられて黙ってられるか! ウチにもストレス発散させろ、幸いこの装備でも十分すぎる相手が目の前にいるんだからな!」


 へたれ認定されてしまったことを気にも留めず、亜莉栖はマティの言葉を頭の中で反芻していた。

(一発殴れば、一発殴れば……ん、一発……?)

 そこで、思いついた。

 近づかずに一発見舞う方法を。


「一発でいいんだよね?」

「ああ、一発でいい。あとはウチが即潰してやる」


 亜莉栖の質問に頷くと、帽子の少女はそんな物騒なことを口にした。その目つきは危ないと形容できるほど邪悪で、危険な面差しだった。

 よしっ! と気合を入れなおす亜莉栖へ、感心した風な視線を向けるグリム。どう戦うのか楽しみなのだろう、いつもよりも瞳に生気がこもっている気がする。

 そんな期待を背負っているとは露知らず、目の前の標的へ目標を定めると、亜莉栖はおもむろに腕を大きく振りかぶった。

 何をするのか一瞬で悟ったグリムは、途端落胆したように嘆息する。「馬鹿が……」と小さくこぼした声は、亜莉栖には届いていない。


「せぇーのッ!!」


 掛け声と同時に手から離れた亜莉栖の武器。刃渡り三十センチを超えるナイフにしては長大な得物は、ちんたら走ってくるトランプ兵へ狙いを過たずに飛んでいく。

 廻って、廻って、廻って、廻ったナイフは見事、――――ガゴンッ!!

 鈍い音を響かせ柄の部分が兵士の兜の眉間を直撃した。

 その衝撃に仰け反るトランプ兵。


「よっしゃぁ、一発!」


 それを好機と捉えたのか、それとも結果などどうでもよかったのか。

 喜ぶ亜莉栖の脇をすり抜け、マティは嬉々とした実に楽しそうな顔をして、槍を構えなおすトランプ兵へと機械のグローブを巨大化させたまま猛ダッシュする。


「うぉおおおお、死ぃーねぇーやぁああああ!」

「うわぁ……」


 その言葉声質と顔の表情のミスマッチさ加減に、亜莉栖はこれ以上何も言えないような――どんな顔をしていいのか分からず渋面を浮かべたまま――そんなため息を漏らした。

 瞬間、振り下ろされたマティの手。

 グシャッ。

 ――――結果、結果は……。

 見るも無残に叩き潰されたトランプ兵。

 着ていた鎧の意味を問いたくなるほど凄惨な現場が、亜莉栖の目の前に広がっていた。

 あちらこちらに散らばる金属片、肉片。

 地面では徐々に広がっていく赤い液体。血を吸った泥が重そうな黒褐色へと変色していく。


「ッ!? うぷっ」


 突然、袋小路を滞留する風に運ばれ乗ってきた臭気に、亜莉栖は思わず口元を押さえた。

 ――――違う、このにおい、違う!

 短い期間で嗅ぎ慣れたと思っていた、『アリス』の血液のにおいではなかった。

 これは別の血だ。

 どこか甘ったるさを感じさせる『アリスの血』とは違い、怪我した友達の傷の手当をしていた時に嗅いだことのある鉄臭い他人の血。それをパックに詰めて鮮度を保ったまま長年放置されたような、例えようのない生々しくも濃厚な臭気。

 殺人現場を目の当たりにしたのなら、きっとこんな状態に陥るのだろう。

 と込み上げる吐瀉物を堪えながらも、比較的冷静な感想を考えられる自分の頭と精神を亜莉栖は少しだけ疑った。


「なんだアリス、情けないなこれくらいで。これからこんな現場はごまんと経験するんだ、今のうちに慣れといた方がいい。と思って、ウチは少し派手に散らかしてやったっていうのに……」


 亜莉栖の様子を目にしたマティは、文字通り“散らかした”現場から金属片を集め始めた。肉片のこびり付く血塗れのグローブに乗せていくそれは、今しがた人(?)だった肉塊が着ていた鎧兜の破片だ。


「感心だなマティ、散らかしたのを片付けるとは」

「……おいグリム、それはウチに対する嫌味か?」

「それはいくらなんでも勘ぐりすぎだろ、オレは素直に褒めてる、偉いなぁ」


 そう言うグリムの表情は口元だけ笑ってはいるが、言葉は限りなく棒読みに近かった。

 そんな意地の悪いグリムへ少女は鼻を鳴らすと、黙々と作業を再開する。


「ふん、これは“あいつら”の修理に充てるんだよ。お前の言う玩具(ガラクタ)のな……」



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