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Alice of Black Blood  作者: 黒猫時計
第一章 黒の王国
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010―静かなる肉争奪戦

「…………さま」


 夢か現か、微睡む意識の向こう側。誰かの呼ぶ声が聞こえる。


「アリス様、朝ですよ。起きてください」


 それはすぐ耳元で囁かれていた。

 ふわふわと雲に浮かんでいるような心地よさの中、艶やかな茶色の髪を指で梳くくすぐったさが微かに身を震わす。このまま微睡みの中で泳いでいたい、心からそう願わずにはいられないほど気持ちがいい。

 けれどそんな安らかな眠りもじき終わりを迎えようとしていた。

 亜莉栖がなかなか起きないことをいいことに、メイド長ロザンヌは息を荒くし、左右の手をわきわきさせながらついにカウントダウンを始める。


「お食事のご用意が出来ているのですが……。起きないのでしたら仕方がないですね。……五……四……三……二……」


 にまにましながらロザンヌは、亜莉栖の胸元へ手を近づけていく。

 しかし、「一……」ラストカウントで薄ぼんやりと目を開けた亜莉栖は、目の前に性的に危険人物を発見して目を瞠ると、動物じみた反射神経で咄嗟に回避行動をとった。


「う、うわぁああ!? ……え、きゃあ!!」


 一瞬でベッドを後退り、しかし勢いあまって落下した。以外に高低差のある大きなベッドだったらしく、激しくお尻を打ちつけた亜莉栖は涙目になりながらお尻を撫でさする。

 ロザンヌは一瞬でベッドを飛び越えると、心配そうな顔つきで亜莉栖の腰元に目を落とした。


「あらあら、アリス様、これは大変です! 大事なお体が傷物にでもなってしまったら、しまったら……」

「え、えッ!? なにか問題でもあるの」


 もしかしたら「アリス」の資格を失うかも。そんな一抹の不安が一瞬亜莉栖の脳裏を過ぎる。

 ロザンヌは指を目元に当てながら、わざとらしく泣きまねをして見せた。その様子にさらに不安が増していく。


「しくしく、私が貰って差し上げますから、心配なさらずに傷物になってください」


 顔を上げたメイド長の口元が、いやらしいほど邪悪な笑みで吊上がっていた。

 相手するのも疲れる、といったように呆れたため息をつく亜莉栖。

 しかし普段――――家にいた時の休日――――なら、余裕で昼過ぎまで寝ていた亜莉栖だが、体の感覚が寝たと訴えてこないことを疑問に思い、ふと部屋の置時計を見てみた。

 時刻は七時三十分過ぎ。カーテンから差し込むキラキラとした陽光に、朝だということを理解する。

 穏やかすぎる睡眠を邪魔され半ばイラついた様子の亜莉栖は、眉間を寄せながらロザンヌを一瞥した。


「それで、メイド長さんはなにか用なんですか?」


 嫌味を含ませたとげとげした物言いだったが、それを気にする風でもなくロザンヌは笑顔を返した。


「アリス様、せっかくの可愛らしいお顔が台無しですよ? それはそうと、皆さん待ってますので、早くお仕度をなさってください。朝食が出来てございますので」

「ああ、朝ごはんね……」

「なんなら私がお着替えのお手伝いしましょうか!?」


 ずいずいと迫りくるメイド長を押しのけると、うんざりした顔をして「けっこうです!」

 きっぱりと断った亜莉栖はロザンヌを部屋の外へと押し出した。


「はぁああああ~」


 盛大なため息の後、気鬱なまま亜莉栖はクローゼットを開ける。

 中には、いつの間に用意されていたのか昨日着ていたミニスカのゴシックドレスが何着も並んでいた。数着の中から一着取り出すと亜莉栖はそれに着替え、メイクを施し気乗りしないが朝食を摂るため、肩を落としたまま部屋から出て行った。



     ◆◆◆◆◆◆



 メイド長と廊下を歩くこと数分。横目で何度も自分をチラ見してきては、時折よだれを拭く仕草をするロザンヌに、亜莉栖は常に気を配りながら歩いていた。

 やがて到着した一つの扉。ロザンヌはキリッとした面持ちに戻ると、大きなスペードの描かれた扉を押し開ける。縦半分に割れていくスペードの紋章。

 室内に入ると、部屋にはすでに皆が集まっており一つの円卓を囲んでいた。ぺこりとお辞儀をしてメイド長は脇へはけると、亜莉栖の通る道を空けた。白黒の市松が敷き詰められた食堂。何人ものメイドさんが忙しなく動き回り、卓上へ次々に料理を並べていた。


「遅いぞ、アリス!」


 少し機嫌の悪そうにそう声を発したのは大きな帽子の少女。少し高くされた椅子に、マティは腕組しながら座っていた。


「ごめんごめん」


 平謝りしながらも、亜莉栖は黒い絨毯の上を歩いて席に向かう。近づいてくる円卓上には肉を中心として野菜、パンにスープなどなど、ディナーコースのように豪勢な品々が出揃っている。メイドの一人が黒うさぎの隣の椅子を引くと、「ありがとう」と一言礼を述べ亜莉栖はそこへ腰を落ち着けた。

 亜莉栖に礼を言われたことが嬉しかったのか、メイドは頬を赤く染めながら笑い、そそくさと後ろへ下がる。


「さて、アリスも来たことだし食べようか。ウチはおなか空いたぞ」


 マティは小さなお腹をさすると、サッとナイフとフォークを手に持った。そして誰よりも早く料理に手をつける。すると黒いうさ耳をぴこぴこ動かしながらグリムはそれを制止した。


「こらマティ、挨拶ぐらいしてから食べろ」

「うるさいウサギ! ウチに指図するな! ウチは腹が減ってるんだよッ!」

「ぐっ……なんど黒を付けろと言えば……」

「なんだ、その肉いらないのか? だったらウチが喰ってやる」


 隣同士の席なため、互いの皿の位置が近い。マティは小さな体を乗り出すと、目にも留まらぬ速さでグリムの皿に乗った牛……のようなステーキを掻っ攫った。


「あ、こらお前、それはオレの肉だろ返せッ!」


 マティが手のひらサイズの肉塊を口へ放り込もうとした瞬間、グリムも負けじとそれを横から奪い取る。「あっ」と声を洩らしたマティはグリムへ睨みを利かせると、耳をピンと張りながら黒うさぎはケラケラと笑い返す。するとどちらからともなく、いつの間にかフォーク対フォークの醜い小競り合いが始まった。

 キンキンと金属音が響く静かな食堂で、低レベルながらに高度な闘いが繰り広げられている。それを尻目に亜莉栖も気になり、自分の皿に盛られた肉へと視線を移す。

 表面が網目状の焦げ目でうまい具合に焼き色が付き、経験はないがテレビでよく見る高級レストランで出されるような高貴さを覚えた。

 鼻腔をつくのは焼けた肉のいい匂い。それと相まって付け合せのにんじんとジャガイモのバターソテーが更なる食欲を増進させる。


「でも、喧嘩するほど美味しいのかな?」


 気になり亜莉栖はフォークを刺し、ナイフで小さく切り分けるとその一片を口に運んだ。もぐもぐと咀嚼していく。口の中に広がるのは、野性味溢れる肉の食感と旨味が凝縮された肉汁のコラボレーション。これは素晴らしい!


「うんまぁああい!」


 亜莉栖はコメンテーターばりに味を言葉で表現したかったが、あまりの美味しさに打ち震えるばかりであった。落ちそうになる頬を押し上げて、夢中で咀嚼を繰り返す。

 しかしその間も続けられていたフォーク戦争。それを見かねたロザンヌが二人を止める始末。


「グリム様、まだまだ向こうにご用意していますから、大人気ない喧嘩はよしてください。アリス様に呆れられますよ?」

「アリスと大人気ない事など関係ない! これは教育だからな、他人の食べ物は奪っちゃいけませんっていう……」

「なに言ってる! ウチの方が年上なんだぞ! 教育なんて必要ない。それに、お姉さんは敬って然るべきなんじゃないのか!」

「勝手なことを言うな! 敬うことと、食料を奪われて平然としていることは同義ではない!」


 やいのやいのと仲睦まじく言い合う二人を、亜莉栖は白けた目で見守っていた。執事服と小さな女の子。一目で判断するならば、お嬢様の子守をしている屋敷の執事のように見えるのだが……。亜莉栖の視線はまさに生暖かい目だった。

 しかし言葉に引っかかりを覚え、亜莉栖は二人の会話に割って入る。


「ち、ちょっと待って!」

『なんだ!』


 二人同時に振り返り、邪魔だと言わんばかりに亜莉栖を睨む。けれどそれに動じず亜莉栖は話しかけた。


「マティって、グリムより年上なの?」そのなりで? と言った言葉は付け足さず、視線だけを少女へ這わす。

「そうだ、だからお姉さんは敬えと……」


 ぺたんこな胸を自慢げに張りながら、帽子の少女は得意げな顔をした。


「なにが“お姉さん”だなにが。見た目ただのチビのクセして、粋がるんじゃない」


 余計な一言はマティを怒らす。そう思って飲み込んだ亜莉栖の言葉を、さらにランクアップさせた罵倒へグリムは昇華させた。


「あわわわ」


 それはあまりに不躾なんじゃ、亜莉栖は血を見るような事態にならないかと気が気でない。

 刹那――――カチッ、と明らかにスイッチが入ったような音がした時既に遅し。マティは左手に機械のグローブをはめると、カキョカキョと奇怪な音をさせながら開閉を繰り返す。

 いつの間にいたのか、亜莉栖の写真を撮っていた黒の公爵も怯えに怯え、椅子ごと後方へ倒れると同時に円卓の下へと逃げ隠れた。

 一触即発の空気の中、けれどメイドたちだけは冷静に事の対応に当たろうと動き回っていた。

 室内奥の厨房から一人が皿を放り投げる。それを受け取ったもう一人が次の人へ投げ渡し、受け取ったもう一人が最後のメイド長へ皿を投げた。数いるメイドたちの中、最短距離を的確に通され、流れるような見事なパスワークによりロザンヌが手にした皿。そこにはイチゴだらけのタルトが乗せられていた。


「チビって言ったな! ミンチにしてやる!!」


 怒れる獣の如く大口を開けるマティに、ロザンヌは手にしたタルトを投げつける。それはメジャーリーガー顔負けのコントロールと速度で、軌道はほぼ直線を描き見事少女の口に吸い込まれた。


「んんむ!?」


 一瞬なにか分からずもぐもぐと口を動かすマティ。イチゴの酸味とタルトの食感、そしてカスタードクリームの甘さを存分に味わった後、機械のグローブは自然に抜け落ちていった。


「ふ、ふんっ! 今日のところは許してやる」


 言いながら、フォークに刺していた肉を少女は口に放り込んだ。


「あ、あぁああーーー!! おまッ!?」


 そして項垂れるグリム。こうして肉争奪戦は、毎度の如くマティの勝利で終わりを迎えるのであった。



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