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Alice of Black Blood  作者: 黒猫時計
Prologue
1/19

 暗がりな空間の中、仄かな明かりがちらつきを見せる。

 それは黄色であったり赤であったり、青であったりした。

 時折目も眩むような閃光を発し、暗転してはまた光り、それを幾度も繰り返す。

 様々な色の光を生み出す万華鏡。文明の利器である液晶テレビには、目まぐるしく忙しなく動き回る二人の人間。どちらもその容姿から女性だと窺える。

 その前には、それらに被さるようにして一つのシルエットが輪郭を浮かばせる。

 同時に音も聞こえた。

 金属を打ち鳴らすような音、そして悲鳴と呻き声、何かが倒れる音、爆発音。次から次へと畳み掛けるように連なる音に混じり、カチャカチャという奇怪な音も連続して聞こえてくる。

 そんな昏い部屋に浮かび上がるのは、数々のぬいぐるみや人形だ。猫であったり、帽子であったり、ウサギであったり。溢れかえる愛らしくデフォルメされたものの中には、口端を吊り上げ嗤う不気味なものもいて。場の雰囲気と相まって、壊れた遊園地の如く狂気じみていた。

 ――突如、


『ギャアアアアーーーー!!』


 一際甲高い断末魔の叫びとともに風切り音が鳴り響く。室内は一瞬、赤い光に包まれた。

 と同時に、


「よっしゃー!! アリス倒した!」


 声量を抑え、歓喜に震える拳を握るのは一人の少女。右手には黒いコントローラーが握られている。

 発光の明滅を繰り返していたディスプレイは、上から垂れる血の表現からやがてエンディングを経て、エンドロールへ。真っ黒の画面に音楽と白文字が流れていく。

 懐中時計にも似た壁掛け時計が指す時刻は現在、深夜二時三十分を回ったところだ。


「ふぅー、ようやくクリア出来た。けっこう難しかったなー、『アリス・イン・デスゲーム』。アリスってばチョー強いし」


 その苦労が滲む渋い顔をしながらも、おもむろに手にしたパッケージ。

 表紙には真紅のドレスに身を包んだ鎌を持つ妖艶な美女と、血まみれの白ウサギ。そしてナイフ片手にいかにもな悪役面した少女の顔が描かれている。

 裏表紙にはでかでかと「アリスを倒せ! 殺せ! 首を刈れ!」となんとも物騒な言葉が、これまたナイフ片手に怯える“アリス”らしき少女の絵とともに謳われていた。

 CERO Z。十八歳以上対象のホラーアクションRPGだ。

 最近流行の据え置き機のソフトで、「不思議の国のアリス」を題材としている。

 登場人物名程度しか踏襲されておらず、内容は狂気に囚われた赤の女王が、アリスの首を狙い次々に邪魔者を殺戮していくというものだ。その邪魔者の中には、時に味方も含まれる。

 高校生の間でも少なからず話題となっており、海外からもその難しさとグロテスクさ、奇抜さから賛否は分かれるが、多少の評価はされている作品だ。


「――にしても……、アリスを殺すのが目的のゲームって……。確かに斬新だと思うけど、ちょっと気が引けるなー。なんせ同名だし……」


 下から上へと流れていく画面の文字をボウと見つめながら、少女、黒崎亜莉栖は頬を掻く。

 流れるエンディングテーマも、その内容と相まってかクリアを祝うような楽しいものでは決してない。

 ピアノの旋律は単調の悲しい曲だった。時折聞こえるオルゴールの不協和音が、余計に陰鬱な気分にさせる。


「でも、苦節一ヶ月半……。学校ある日もない日も、徹夜で頑張った甲斐があったよ。ほかのゲームに浮気もしなかったしね!」


 一人しかいない部屋の中、亜莉栖は誰に言うでもなく、まるで自分を褒め称えるかのように何度も頷きを繰り返す。

 気付けば、エンドロールは終わりを迎えようとしていた。

 最後の文字、エグゼクティブプロデューサーの名が流れていき、制作会社のロゴが表示され――――、


「……ん?」


 暗転した画面に表示された文字に、亜莉栖はつい目を瞠り前のめる。


「あれ、なんで?」


 顔に疑問符を浮かべながら画面に向かって問いかける。

 何故なら、テレビの液晶には――、


 Continue? ―――― 【Yes】 or 【No】と表示されていたからだ。


「クリアしたのにコンティニュー? 普通、FinとかThe Endとかじゃないの?」


 しばらくの間呆然と見つめていた亜莉栖だったが、画面が切り替わる様子もないことを確認すると、おもむろにカーソルを【Yes】へと合わせた。試しにキャンセルボタンを押してみても、なにも反応はない。

 ついでにスタートボタンも押してみる。しかしおかしなことにセーブ画面すら表示されない。

 小首を傾げ訝しがりながらも、亜莉栖は隠し要素でもあるのかと考え、意を決してコントローラーの決定ボタンを押した。

 すると――、


『キャハハハハハ!!』

「ッ?! な、なに……」


 途端に聞こえた音にビクつき身を強張らせる亜莉栖。それは設定した音量よりも遥かに大きく響いた。

 女の嗤う声に次ぎ、嘲笑する低い男の声が混じると再び画面は音もなく暗転し……それは突然に起こった。

 ――ブウゥゥン。

 と微かな照明となっていたテレビは電源が勝手に落ち、光を失った室内が闇に染まると同時であった。

 亜莉栖の視界がぐにゃりと歪む。

 今までに見たことのない光景。それは確かに眼に視えた。

 空間が、まるで雑巾でも絞ったかのような動きでうねり、螺旋を描きながら回転しているような錯覚に陥る。


「うっ……きもち、悪い……」


 それに伴い、鮮やかなまでに強烈に叩き込まれた不快感。

 激しい立ち眩みのような、乗り物酔いにも似た感覚は、亜莉栖の思考を麻痺させた。口元を手で押さえ、胃の内容物の逆流を抑え込むかのように必死で嘔吐くのを我慢する。

 世界がグルグルと回転し朦朧とする意識の中、伸ばした手が触れたもの……。

 幽かに残る意識の欠片が最後に見たものは、ベッドの上の、白い……嗤う、ウサギのぬいぐるみだった――――。



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