第3話 ノルディア辺境領・到着
馬車を降りた瞬間、最初に思ったのは――
思っていたより、ずっと整っているということだった。
辺境、と聞いていた。
もっと荒れていて、
道はひび割れ、
建物は傾き、
人々の顔には疲労が張り付いている。
そんな場所を、勝手に想像していた。
けれど、目の前に広がっていたのは、
きちんと舗装された石畳の道と、
整然と並ぶ建物だった。
古くはある。
だが、壊れてはいない。
修繕された跡があちこちに残っている。
屋根も壁も、無理に新しくしているわけではないが、
使い続けられている形だった。
(……辺境、だよな?)
人がいる。
市場らしき場所では、
野菜や保存食が並び、
値段を巡って軽い口論が起きている。
子どもたちが走り回り、
笑い声が上がる。
飢えている様子はない。
怯えている様子もない。
僕が想像していた「辺境」とは、
あまりにも違っていた。
街の奥にある領主館は、
屋敷というより、実務の拠点という印象だった。
石造りで、装飾は少ない。
だが、無駄がなく、手入れが行き届いている。
応接室に通されて、
ほどなく一人の男が入ってきた。
日に焼けた肌。
質素な服装。
だが、立ち姿に迷いがない。
「……君が、アルスだね」
低く落ち着いた声。
「私は ガルヴァン・ローディス。
ノルディア辺境領の領主だ」
名乗り方は簡潔だった。
威圧するでもなく、へりくだるでもない。
「長旅、ご苦労だった」
形式的な言葉ではない。
そう感じた。
「辺境と聞いて、
どんな場所を想像していた?」
不意に問われて、言葉に詰まる。
「……正直に言っていいなら」
「構わない」
「もっと……荒れていると思っていました」
ガルヴァン領主は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「そうだろうな。
帝国の地図では、ここは“外れ”だ」
淡々とした口調だった。
「だが、ここで暮らす人間にとっては、
ここが世界のすべてだ」
机に手を置き、領主は続ける。
「だから、壊れたままにはしない。
飢えさせもしない」
声を強めることはなかった。
けれど、言葉に揺らぎはなかった。
「君は、しばらくここで暮らすことになる」
“しばらく”。
その言葉に、期限があるのかどうかは分からない。
「望むなら、何もしなくてもいい」
一拍置いて、
ガルヴァン領主は僕を見る。
「だが、何かしたいなら、止めはしない」
命令でも、試す言葉でもない。
判断を、こちらに委ねている目だった。
館を出たあと、
街を案内された。
倉庫。
井戸。
小さな学び舎。
どれも派手ではないが、
確実に機能している。
(……おかしい)
辺境なのに。
帝国の外れなのに。
人々は、
ただ生き延びているわけじゃない。
暮らしている。
僕は足を止め、空を見上げた。
ノルディア辺境領。
追放された場所だと思っていた。
罰のような土地だと。
けれど、
ここは思っていたよりも、ずっと――
静かで、
整っていて、
生きている場所だった。
(……ここで、僕は何をするんだろう)
答えは、まだ出ない。
ただ一つだけ、はっきりしている。
――ここは、
僕が想像していた「終わり」じゃない。
胸の奥で、
小さく何かが動いた気がした。
それが何なのか、
まだ分からないまま。




