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出来損ないと呼ばれ続けた神童は、守られていた  作者: おにわさ


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第2話 侵入者

貴族の館は、夜になると別の顔を見せる。


昼間は静かで整然としている廊下も、

夜は結界の魔力が薄く光り、

見えない警戒線が何重にも張り巡らされている。


警備兵の巡回は規則正しく、

一定の時間ごとに足音が必ず聞こえる。


――だから、あの夜はおかしかった。


目を覚ましたとき、

音がなかった。


静かすぎる、というより、

あるはずの音が消えている感覚だった。


廊下に出ると、空気が重い。

肌にまとわりつくような、嫌な感触。


(……結界が、歪んでる?)


詳しい理屈は分からない。

けれど、館が「守られていない」感じがした。


遠く、訓練場の方角から、

かすかな金属音が聞こえた。


一つじゃない。

複数。


胸の奥が冷え、

僕は走り出していた。


訓練場の扉は、半分だけ開いていた。


中から、荒い息遣いと、剣がぶつかる音。

低く、短い詠唱の声。


扉を押し開けた瞬間、

強い魔力の波が肌を打った。


光景を理解するまで、

一瞬、時間が止まった。


クラウス兄さんとユリウス兄さんが、

背中合わせで立っていた。


二人とも剣を抜き、

服は裂け、床には血が落ちている。


対して、黒装束の男たちが四人。


一人は剣士。

一人は魔術師。

残りは間合いを測るように位置を取っている。


動きに無駄がない。

互いの位置を常に把握し、

声を交わさずに連携している。


(……強い)


ただの賊じゃない。

そう直感した次の瞬間だった。


魔術師が手を振り上げる。


「下がれ!」


クラウス兄さんの叫びと同時に、

衝撃波が炸裂した。


床が抉れ、

クラウス兄さんの体が吹き飛ばされる。


壁に叩きつけられた音が、

やけに大きく響いた。


ユリウス兄さんが剣で踏み込み、

剣士と打ち合う。


火花。

金属音。

体格差がはっきりしていた。


「兄さん!」


声が出た瞬間、

侵入者の一人がこちらを見た。


冷たい目。

人を見ていない。


「……子供か」


その男が、僕に向かって踏み込んできた。


刃が振り下ろされる。

速い。

逃げるには近すぎる。


――こいつを止めなければ。


そう思った、その瞬間だった。


足元の空気が、ぎしりと歪んだ。


侵入者の動きが、

急に鈍くなる。


踏み込んだ足が止まり、

体勢が前につんのめる。


「……っ!?」


驚いた声。


理由は分からない。

ただ、止まった。


体が、勝手に動いた。


床を蹴る。

距離を詰める。


剣を横から弾き、

肘を打つ。


関節が外れる嫌な音。


男が呻いて崩れ落ちる。


背後で、詠唱の声。


魔術師だ。


振り返らなくても、

魔力が集まっていくのが分かる。


次に何が来るかも、

なぜか分かる。


止めなければ。


剣を振った。


刃が届く前に、

魔力の流れが乱れた。


詠唱が途切れ、

制御を失った魔法が爆ぜる。


衝撃。

男が吹き飛び、床を転がる。


ユリウス兄さんが剣士と鍔迫り合っている。


その背後に、別の侵入者。


迷う暇はなかった。


踏み込む。

剣を振り上げる。


腹に一撃。


男が息を詰まらせ、膝をつく。


最後の一人が距離を取ろうとした。


逃がすな。


そう思っただけで、

足が前に出る。


剣を弾き、

手首を折る。


骨の鳴る音。


侵入者が崩れ落ちた。


静かになった。


荒い息だけが、訓練場に残る。


床には、

動けなくなった侵入者たち。


全員、生きている。

それだけは、分かった。


「……アルス」


クラウス兄さんの声で、我に返った。


振り向くと、

二人とも立っていた。


傷はある。

でも、生きている。


「大丈夫!? 怪我は――」


言い終わる前に、

クラウス兄さんが僕の肩を掴んだ。


「助かった……本当に」


ユリウス兄さんも、

剣を下ろして深く息を吐く。


「ありがとう。

 あのままだったら……」


言葉が続かなかった。


僕は、何も言えなかった。


何が起きたのか、

自分でもよく分かっていなかったからだ。


ただ、

必死だった。


それだけだった。


侵入者の件は、思っていたよりも早く終わった。


正確には、終わったことにされた。


訓練場に、遅れて父が現れた。


警備兵と使用人たちが雪崩れ込んできて、

倒れている侵入者たちを見て、誰もが息を呑む。


父は一瞬、立ち尽くした。


床に伏す黒装束の男たち。

割れた床。

血の跡。


それから、ゆっくりと兄さんたちを見る。


「……よくやった」


その言葉は、クラウス兄さんとユリウス兄さんに向けられていた。


「クラウス、ユリウス。

 よくアルスを守ってくれた」


一瞬、意味が分からなかった。


「侵入者は、お前たちが撃退した。

 アルスは――守られていた」


父は、それ以上説明しなかった。


決定事項を告げるような口調だった。


クラウス兄さんとユリウス兄さんが、僕を見る。


戸惑い。

迷い。

それでも、ゆっくりと頷いた。


「……はい。俺たちが守りました」


「アルスは、巻き込まれただけです」


その言葉が、胸に刺さった。


何かを言うべきなのかもしれない。

でも、言葉が出なかった。


この場で何かを言えば、

もっと大きな何かが壊れる気がしたからだ。


その夜、屋敷は異様な静けさに包まれていた。


侵入者の話は、どこでも避けられている。

使用人たちは必要最低限の報告しかしない。


僕の部屋の前で、

兄さんたちの足音が止まる気配があった。


「……アルスに、謝らないと」


クラウス兄さんの声。


「今夜じゃない」


別の声が、それを遮った。


落ち着いた、感情のない声。


家宰のハインだ。


「今は、その時ではありません」


「……どうしてだ」


ユリウス兄さんの声が、低く震える。


「あなた方が、何をしようとしているかは分かります」


ハインは、声を荒げない。


「ですが、今夜は――

 “そう扱われることになった夜”です」


短い沈黙。


「……分かった」


クラウス兄さんの声が、かすれていた。


足音が、遠ざかっていく。


扉は、最後まで叩かれなかった。


翌朝。


目を覚ました瞬間、違いが分かった。


屋敷が、静かすぎる。


昨日までも静かだった。

でも今日は違う。


音を立てないように、

皆が息を潜めている。


廊下に出ると、使用人たちが一斉に頭を下げた。


「おはようございます、アルス様」


声が揃いすぎていて、

逆に落ち着かない。


視線が合わない。

けれど、避けられている感じとも違う。


……何かを、決めている。


食堂では、父がすでに席についていた。


母は、僕の方を見ない。

けれど、指先が微かに震えている。


兄さんたちは、少し遅れて入ってきた。


二人とも、僕を見る。

そして、何も言わずに席についた。


食事の途中、

父がナイフとフォークを置いた。


その音だけが、やけに大きく響く。


「アルス」


名前を呼ばれて、背筋が伸びる。


「お前は、本日をもってこの館を離れる」


言葉の意味を、すぐには理解できなかった。


「……離れる、とは」


父は、僕を見なかった。


「ノルディア辺境領へ向かえ。

 我が家の管理下にある、外れの地だ」


淡々とした声。

まるで、最初から決まっていた予定を読み上げるように。


「準備は、すでに整っている」


理由は告げられなかった。


質問しようとして、やめた。


聞いてはいけない、と空気が教えていたからだ。


「……分かりました」


自分の声が、思ったよりも落ち着いていて、

少し驚いた。


母が、何か言いかけて口を閉じる。


兄さんたちは、俯いたままだ。


誰も反対しない。

誰も説明しない。


それで、この話は終わった。


食堂を出ると、

すでに荷物がまとめられていた。


最低限の衣類。

数冊の本。

剣。


それだけだった。


見送りは、簡単だった。


使用人たちは深く頭を下げるだけで、

言葉はない。


クラウス兄さんが、何か言いたそうに口を開き、

結局、何も言えずに閉じる。


ユリウス兄さんは、拳を握りしめていた。


父は、最後までこちらを見なかった。


母は、ほんの一瞬だけ僕を見て――

すぐに視線を落とした。


馬車の扉が閉まる。


外の音が、遠ざかる。


揺れる車内で、僕は考える。


(……やっぱり、僕は出来損ないなんだ)


侵入者を止めてしまったから。

余計なことをしたから。


だから、ここを離れなければならない。


そう結論づけるしかなかった。


馬車は、ゆっくりと走り出す。


エルディオール家の屋敷が、

窓の外で小さくなっていく。


振り返らなかった。


振り返ってしまったら、

何かを聞いてしまいそうだったから。


理由を知らないまま、

僕はノルディア辺境領へ向かう。


その先で何が待っているのかも、

まだ何も知らないまま。

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