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魔法使いの捜査官  作者: ハチワレ
学院編
19/20

第19話 ノブレス・オブリージュ

「ちょっと、どうしたのよ!

その姿!」


二手に別れた地点まで戻ると、レンは木の上から驚きの声を上げた。


「ジン!

無事だったんだな。」


「心配かけたね、ユート。

僕は無傷だよ。

追いかけて来てくれた2人の方が大変なくらいさ。」


意外にも、レンは3メールはありそうな高さの木をスルスルと降りてくる。

ユートも、ファムルスを気遣いながら手馴れたように降りてきた。


因みに熊は川でお別れをしてきた。

ジンと離れるのを寂しがっていたけれど、この道は他の生徒と鉢合わせしてパニックになる可能性が高い。


「びしょ濡れじゃない!何があったの?」


いち早く降りてきた心配そうなレンに簡単に経緯を話す。

アルトと崖に落ちた事、下にいた熊がクッション代わりになって無事だったが、頭と顔に土埃を被った事、川で落としてきたため濡れている事。それに、熊が見つけた″マギゾーア″のこと…。


「これだよ。

一定の魔力があれば他に制限はないみたい。」


「中にはネガストーンが入っているのね。」


″マギゾーア《魔法金庫》″も″ネガストーン″も魔法道具の一種だ。初回の講義で先生が紹介していた。

マギゾーアには、鍵穴が着いているけど対になる鍵は無い。

代わりに、魔法を流すと鍵が開く。

鍵となる個人の情報を組み込む魔法式だか作業だかが難しいため、中々高価な道具らしい。


ネガストーンは、魔法の情報を組み込むことができる特殊な鉱石のこと。魔法道具の要になったり、研究のデータ収集で広く使われたりする。中のデータを見るためには、虫眼鏡みたいに水晶をかざすと見えるみたい。

ネガストーンに魔力を込めるのにも一定量の力が必要みたいで…ソルベール先生の元で試したけど、私の魔力は込められなかった。


「へクシュ!!」


流石に夏ならまだしも春にびしょ濡れはまずいかもしれない。寒い。

自分を抱き寄せて身震いしていると、いきなりヴシュワァ…と、音を立てながら服から湯気が出ていく。

程よく温かくて、体もじんわり温かくなってくる。

温かさに身を任せていると湯気は止まり、服はパリッ、髪はふんわりと乾いていた。


「グランテさん、テュームモンク公子様、どうでしょうか?

服が乾くように魔法をかけてみました。まだ濡れてますか?」


どうやら木から降りたファムルスが乾かしてくれたようだった。

すごく気持ちが良くて、一家に1人ファムルスが欲しくなる。


「ありがとう!

すごい魔法だね!

もうすっかり大丈夫。おかげで体もポカポカで温かいよ。」


「僕も大丈夫だ。ありがとう。」


隣では、同時進行にレンとジンが話し、ユートが顔に?を浮かべながらもついて行こうと耳を傾けていた。そういえば、ユートは体力や体術は人より優れているが、勉強は苦手だと、前にレンが言っていた。思っていることが顔に出やすいところも含めてチャームポイントなのかもしれない。

しかし、レンとジンは集中しているのか、2人で話を進める。


「レン、配布されたコンパスって水晶製のやつ?

ちょっとかしてもらえる?」


レンが差し出したコンパスをジンが受け取る。ネガストーンをコンパスのガラス部分に当てがうと、コンパスから、緑の光が飛び交った。

さっきの急ぎ服を乾かした影響か私たちの周りだけを霧が覆う。緑の光が水蒸気に乱反射して、全員が息を飲むほど綺麗だった。

まるで、生い茂る山の芽に生まれたみたい。


「綺麗。

魔法って本当にすごいのね。」


「こんな魔法初めてよ。」


「偶然の産物だ。

ファムルス嬢の魔法とネガストーンの魔法の共鳴だろう。

素敵な力だね。ファムルス嬢。」


「い、いえ、私は、何も…。」


霧はすぐに飛散し、水晶にローブに刺繍されているものと同じマークが浮かび上がっていることに気づく。


「校章?」


「学院の物っていうのは、これではっきりしたね。」


昨年の回収し忘れ説、学生のいたずら説、学院の埋蔵金説なんてのも出たが、

結局、次のチェックポイントで先生に聞いてみれば答えがわかるだろうという結論に至った。



「おぅ、遅かったな。」


「セキ先生!」


先生は、私たちを一人一人見回してから続けた。


「グランテ、背中に打撲傷があるな?」



「私は保健医のセキだ。

他に傷が増えた奴はいないな。


ここのチェックポイントについて説明する。

タスクは、一晩、この場に泊まることだ。

夕食は自分たちで準備すること。こちらから提供するのは塩と飲料水くらいだ。

木の実は果樹園外のものなら採っても構わない。

キノコには手を出すな。無事だったとしてもその班は失格とみなす。

食材探しは日没までに終わらせること。

日が沈んでからは、設営地外へは出ないこと。

テントは設営地に設営すること。」


奥の道にいくつか白いテントが設営されている。

おそらくすでにきた学生のものだろう。


「設営地周辺には、加点用のネガストーンが隠されていることもある。

探してみると良い。

何か質問は?」


「セキ先生、そのネガストーンとはこちらのことでしょうか?」


レンが先程の緑のネガストーンを見せると、セキ先生は目を丸くした。


「なんだ、もう見つけてきたのか。

順路には設置していないと聞いてたが…さては、道から外れたな?」


うっ…その、事情があったんです…

言い訳を頭の中でぐるぐるさせていると、セキ先生は「まぁいい」と続けた…


「ルールに遊歩道から外れてはいけないなんてのはないからな。

そもそも、貴族の御息女が多いこの学院で獣道行こうとする奴らはいないから想定外なんだ。

私個人はあまり良くは思わないが、ルールからは外れていないから処分はない。安心しろ。」


みんなで胸を撫で下ろしながら、テントの設営にあたる。

設営といっても、魔法具の小型テントに1人が魔力を流し込むだけの簡単なもので、ものの10秒で済んでしまう。


「日没まであまり時間がないわ。手分けしましょう。」


周りが森なことも相まって、日没まで1時間あるかないかくらいだ。

ユートが焚き火用の石、ジンが魚、ファムルスとアルトが焚き火の枝、私とレンで山菜を採ることにした。




「メル、これで合ってる?」


「ゼンマイだね。合ってるよ。

あ、そっちは食べられないよ。スイセンで猛毒。

こっちは食べられる。ニラ。」


「どこが違うかさっぱりだわ。」


「似てるよね。

ここみてごらん。葉の形が違うでしょ。」



ニラとスイセンはよく似ている。しかし、球根ついている方がスイセンとか、見分け方は色々ある。

一番わかりやすいのは葉の断面だ。

スイセンは断面がV字になっているのに対し、ニラは真っ直ぐ平坦だ。

私はスイセンとニラの葉を手折り、レンに見せる。


「ほんと、こう見ると違うものなのね。

スイセンって食べたらどうなるの?」


「嘔吐、下痢、あとは発汗や頭痛とか、昏睡かな。

最悪死亡することもあるよ。

鱗茎や花は、痛み止めとして薬に使われることもある。

結構、食用と毒になる植物って似ているもの多いんだよね。

これは行者ニンニクって名前で食用。

で、あそこに生えているのはイヌサフランって言って、猛毒だよ。

そのイヌサフランだって鎮痛剤や麻酔に使用されたりする。」


「毒と薬は紙一重ということね。」


レンの言う通りだ。

薬屋と医者の娘をしていると、よくその事を実感する。

以前、スイセンをニラと間違えて誤食した患者がいた。

腹痛に苦しみ、昏睡しきっとた様子を見た後、薬用に保管していたスイセンに恐怖を覚えた。

あれを食べたら、どう苦しむのかが鮮明に想像できるようになったから。


「もうそろそろ、戻りましょうか。」


木の実はもうほとんどの生徒に取られてしまったようで、残っていなかった。

唯一採れたのは枝に棘がついたモミジイチゴだけだ。

でも、山の恵みは豊富なもので、山菜がたくさん採れた。

ニラ、よもぎ、ゼンマイ、ウルイにワラビ、アスパラガスに行者ニンニク、わさびの葉まで。

おまけに少量だが、ドングリと胡桃まで手に入った。去年の秋に落ちたものが積雪に隠れて残っていたのだろう。

これなら6人分は余裕で確保できていると思う。


戻る途中にユートとすれ違った。

もう石運びは終わってこれからジンの手助けに行くらしい。

枯れ枝組もまだ終わってない様だったので、テントの近くに採ってきた物を置いて、私達は枯れ木組を手伝いに行くことにした。


「何!?

ご主人様に逆らうっていうの?」


「そ、そんなつもりはありません。

ですが、これは私の班のために集めた枝で——」


「その口答えが逆らってるって言うのよ!」


「これを運んだら、お嬢様方の焚き火も、お食事もご用意いたします…」


「なぜ私達が待たなければならないの?

あなたは奴隷で召使でしょ?

主人を第一にするのが普通ではなくて?」



動きにくそうなドレス姿6人が何かを取り囲むように背中を見せていた。

ファルムスの声がするが、見当たらない。もしかしたら、あの中にいるのはファルムスなのかもしれない。


「ご機嫌麗しゅう。ヴィドゲンシュタイン伯爵令嬢様。

何か、お困りでしょうか。」


レンが鼻が曲がりそうなほど長ったらしい名前を唱えながら話しかける。果樹園で会った時は綺麗だったドレスには、今や裾や足元が泥で染まって汚らしい。

踏み台代わりに人を使った割に、結局泥まみれになってしまったのか。

当然と言えば当然なのだけれど…なんだかかわいそうにも思えてしまう。


「私達の班、平民がいないのよね。

おかげで焚き火の用意も食事の用意もできなくて…

この子返してもらうわ。

それとも、さっきのように貴方が用意してくれても良いのよ?」


取り巻きとクスクスしながら、私を指差す。でも、自然と腹立たしくはなかった。それ以上に、汚れた彼女たちが見窄らしかったから。

こんなに汚いのなら、手を貸しても良いのではないか。今からでも山を駆けずりまわり、山菜も分ければなんとかなるかもしれない。


「わかりました。お手伝いします。」


令嬢たちがにっこりと微笑む。

困ってたのは本当にだろうし、助けてあげよう。


こういうのなんて言うんだっけ?

貴族が使う言葉で、“困っている人を助ける義務がある“ってやつ。

前に、花屋のおばさんが話してた——。


「“ノブレス・オブリージュ“と言いますしね。」



その場の空気がフリーズした。


本当に、この言葉がぴったりなほど、凍る場面なんて今後ないってくらい。


あ、あれ?なんで?

てっきり、「貴方わかってるじゃない。オホホホ」って大団円になると思ったのに。


「な、なな何なのよ!貴方!」

「私たちに喧嘩打ってるの!?」

「卑しい身分の癖に、私たちを下に見るつもり!?」


固まっていた顔の筋肉が鬼の形相に代わり、矢継ぎ早に色々と言われる。


「やぁ、ご機嫌麗しゅう。

皆さん。こんなところでどうしたのです?」


いつの間にか、アルトが割り込んできた。

教室で見せていた仮面のような微笑みとトゲのない滑らかな声で令嬢たちに話しかける。


「テュ、テュームモンク様…。」


「テュームモンクさまぁ!」


「この者が、私たちを侮辱したのです。」

シクシク…


鬼6体はどこえやら…

悲劇のヒロインモードに成り代わる。


侮辱した覚えは無い。

そもそも、助けてあげようとしたのに、そんな事を言われるのは、私とて心外だ。


「侮辱なんてしてグガッ…!!!」


反論しようとしたらアルトに顔面を正面から掴まれる。

お陰でアルトの手が少し口に入った。さっきまで枝を拾ってた手だ。汚い。

というか、喋らせろ。私は何も悪いことしてないでしょ!


アルトの手は以外にも大きく、力があって、もがいても振り切れない。腕を掴んでもビクともさない。

身長は私と同じくらいなくせに、なんで手だけでかいのよ!!


「この無礼者には僕が言いきかせておくよ。

蝶や花のような君たちの手を煩わせる程の事じゃない。

君たちには、笑顔が似合うよ。」


ゾワワワワワワワワワ!!!!!!


ホワイトチョコレートの様な甘ったるい言葉とセリフに鳥肌が立つ。

早く離れたい!

この気持ち悪いナルシスト女たらしから、早く!1秒でも早く!


不快感からもがく体に力が入る。

しかし、対抗するようにアルトの手にも力が入り、膠着状態だ。


「姫君達は早く設営地に戻るんだ。

もう日が傾きかけているし、この辺りは熊もで出る。

設営地に戻ったら、先生に緊急信号を渡して棄権した方が良い。

こんな汚れ仕事を君たちのような美しいご令嬢がするなんて、見てられない。」


「んまぁ、テュームモンク様!」


「私たちの事をそんなに思ってくださるなんて…!」


「嫌だわ、私。

テュームモンク様の前でこんな格好。

お恥ずかしい!」


「お先に失礼させていただきますわ!」


6人は設営地へ戻ったのか、草をそそくさと踏む音が聞こえる。


視界がやっと開けた。


「いきなり、何するの!

アルト!!」


怒った私に対して、彼は俯いていた。

何かを我慢し、肩を震わせている。


え、泣いてる?なんで??


とうとう肩から崩れ落ちた。


「ぷっっっ…あはははははははハハハハハハハハ!!」


共鳴するようにレンとファムルスも崩れ落ちて紳士淑女にはありえないほど笑い転げた…


「ひーっっつ!!!!」


「あはははは!!!!」


状況についていけない…

なぜ笑っているのかはわからないが、私が笑われてることだけはよくわかる。


「…なんで、笑われてるの?」


「メ、メル…ふっ…ノブレっ…ノブレス……ヒッヒヒ、ハハハ、ダメ。笑っちゃう…我慢できない……」


やっぱりそこの言葉の使い方が間違っていたのね…


笑いで話すどころでないレンに代わり、アルトが笑いを収めて口を開いた。


「っつ…ふぅ、ふ…っつ……ふー…。

“ノブレス・《高貴な者》オブリージュ《の義務》“の意味はね、爵位は自分自身の能力でなく、社会から与えられた物であるから、その立場にふさわしい責任と義務を負い、弱い立場の人々や社会全体に対して真摯に慈愛を込めて道徳的に行動しなければならない。という意味だよ。」


え?そんなに深い意味だったの?

困ってる人には優しくしようどころの意味じゃなかったんだ。

あれ?じゃぁ、私が言った意味って…


「グランテの言い方じゃ、『君たちは、自分よりも見窄らしい身分と身なりだから施しを与えてあげる』、

『身分が下の者に集るなんて貴族としてのプライドも道徳心も無い』って二重の皮肉を言ったようなものだよ…

フッッ……クク……ほんと…傑作だ……。」


手で顔を隠しながらもまだ笑ってる。

私はやっと意味がわかって恥ずかしい。顔から火が出そうなくらい。


「あれ?みんなこんなところでどうしたの?」


ジンと大量の魚をもったユートが木の間から歩いてきた。

きっと、魚釣りを切り上げて、設営地に戻る途中だったのだろう。


私たちを見て不思議そうな顔をしている。

現状は、森の中で突っ立った私を中心に3人が三角形になり、蹲りながら笑っているのだ。

傍から見たら数奇以外の何者でもない。

もしかしたら、ワライダケの食中毒とすら取られるかもしれない。


「ねぇ、聞いて、メルがね———」


「もういいから!

早くしないと、日が沈むよ!」


その前に、私の顔から羞恥心由来の炎を噴き出す。


だが、夕食の時にしっかりとネタにされ、5人にしっかり笑われた…。


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