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魔法使いの捜査官  作者: ハチワレ
学院編
18/20

第18話 攻防戦

枝をかき分けながら、熊の形跡を辿る。

大柄な熊だった事、背の低い木々の間だった事、雑草が生い茂っていた事から痕跡はみつけやすかった。

後ろからはアルトが着いてくる音が聞こえる。


そういえば…2人だけでいるのは、不審者事件以来だ。



「ねぇ、アルト。

あれから同じような事は起きてない?」


恐る恐る、目を見て問いかける。

でも、私の不安なんてなんとでもないように、アルトは言った。


「あれから何にも起きてないよ。

貴族のゴタゴタなんてつまらない。

あまり、関わろうとしない方が自分のためだ。」


「放っておけないゴタゴタもあるんだよ。

同級生が死ぬかもしれない場合とか。

でも、ソルベール先生がいってた。

捕まった不審者は騎士科の授業で取り調べを受けるって。

事件の全貌が分かったら、もう怖い思いしなくて済むね。」


アルトは顔を暗くさせたり、桃色になったと思えば貼り付けた笑みをしたり忙しそうな顔色をするのだから不思議だった。


思う事があるなら、なんかしら返せば良いのに。


「ねぇ、熊女。」


むっ…


「誰が熊女よ。

私には、メル・グランテっていう素敵な名前があるんですけど?」


センスのないからかいをする奴なんて。好きになれそうにない。

心配した私がバカだった。


「づかづか歩いてるけど、進路方向とか、クマのいる場所とか把握しているの?」


「ほら、見てみなよ。

あそこの枝折れてるでしょ?

それにそこも、草が楕円状に踏みつけられてる。熊の足跡だよ。」


「へぇ。魔法を使わなくても、追えるものなんだ。」


「山間の村の人は何の動物の足跡か皆わかるよ。

狩人のおじさんなんて、痕跡見ただけで性別や体格まで分かっちゃう゛っ」


「グランテ!」


しくった…。

話に夢中になって、崖に気づかなかった。


現在、私は宙ぶらりん。

アルトが何とかローブの端を掴んでくれている。


焦る状況なのに、妙に頭は落ち着いていて、


(ソルベール先生のローブ、破れたり伸びたりしないかな…大丈夫かな……)


なんて、トンチンカンな考え事をしていた。


アルトに向かって手を伸ばす。

でも、ローブを掴む手の位置には足らない上に、アルトは手を掴みに行こうとせず、力を込めて微動だにしない。


これは、ソルベール先生から貰って、マチバリー先生が仕立て直してくれた、大切な″思い″だ。


「アルト!お願い!

ローブが伸びちゃう!大切な物なの!

私の腕を掴んで!」


「はぁ!?

今、ローブなんてどうでもいいでしょ!?」


後から振り返れば、この時の私は正常じゃなかったんだと思う。思いたい。


宙ぶらりんの左足を崖肌に引っ掛け、

アルトの腕を掴み、

背負い投げをしながら———落ちた。



「「ぎゃぁあぁぁぁあああぁぁぁぁぁああ!!!!」」


下は河原で石しかかない。

もうダメだと目を閉じた途端、ボフン。


あれ?


温かくて、ゴワゴワして、生臭い。


「2人とも、大丈夫?」


心配そうに顔を覗き込んできた人物、それは私たちが探してた人物だった。


「ジン!

ジンこそ、怪我は無いの?

さっきの熊は?」


「熊女、下を見てみなよ。

君の仲間だろ。」


「うるさいよ、何度も、何度も。

人の名前も覚えられないの?」


「いやー、助けようとした人間を投げ飛ばすなんて…。

そんな芸当できるのは熊くらいだろ?

インパクトがありすぎて、他のことに目が向かないよ。

今気づいたけど、君、喋れる熊だったんだね。

すごいすごい。」


ジンが答えるよりも早く、アルトが憎まれ口を叩いてきた。


ムキー!


「あのね!

だいたい、アルトがすぐに引っ張りあげてくれれば、私は投げ飛ばすなんてことしなかったの。

せめて、私が手を挙げた時に腕を掴んでくれれば、それで済んだ話よ。

何より、このローブは私にとって、大切な物なの!

これに対して″どうでもいい″なんて言うのだから、体力も想像力も無いのね。」


「助けようとしてくれた相手に対して感謝どころか謝罪もできないないのか。

礼儀(マナー)がなってないところはやっぱり熊だね。

人里に降りてまだ2日目かい?」


「2人ともそこまでにしなよ。」


「セル公子の言う通りだ。

頭冷やして下を見てみなよ。熊女。」


さっきまで大きなクッションの上にいたアルトは、いつの間にか降りていた。


あれ?ジン?

というか、こんな山の中に大きいクッション?


疑念を抱きつつ、視線を下に向けると…目が合った。熊と。


「っ!!!」


反射的に、降りる。

私が今までいた場所は…熊のお腹の上だった。


このクマってさっきじんを攫った熊だよね!?


どうしてここに寝そべって私たちを助けてくれたの寝そべってるの?

今更たまけど、ジンもアルトもなんでそんなに落ち着いてるの?


「いやごめんね。僕、“この山の動物に何か普段見ないような人間のものがあったら、僕に教えてくれ“って言うことを魔法に組み込んだんだ。

そしたらこの子がここにあるってことを僕に伝えるために、僕を連れ出して来ちゃったみたい。

“人工物があったら、僕の元に持ってきて“って言う魔法式にすればよかった。そうしたらこんなことにならずに済んだね。心配かけてごめん。」


ジンは申し訳なさそうに熊を撫でながら説明した。懐っこい犬と戯れるみたいに頭と首の下に手を入れ、熊は気持ち良さそうに目を閉じている。まるで一緒に過ごしてきた相棒のようにも見えた。


「セル公子に怪我はないかい?」


「大丈夫だよ。

僕よりも、2人の方が大変そうだけど…どこか痛めたりしてない?」


ジンに言われてローブを確認すると、穴を見つけた。

アルトが掴んだ時、耐え切れなかったのか。それとも落ちた時に岩に引っ掛けたのか…。


はぁ…。

大切にしたかったのに。先生方に申し訳ない。


アルトに視線を移すと、私とは比べ物にならないくらい酷かった。

綺麗にセットしてあったショートカットはボサボサ。鈍く光る白銀の髪に光沢はなく、髪と顔は土で汚れていた。体には草やひっつき虫までついている。


崖から滑り落ちた私を、彼は腹這いになってまで掴んだ。

全身泥草まみれになって当然だ。

ここまでしてくれた人を…私は背負い投げたのか。

なんだか申し訳なくなってきた。

ひっつき虫を取ろうと手をのばす。


「ごめん。

助けようとしてくれたのに、投げ飛ばしたのは悪かった。」


驚いたのかアルトは体をビクッと振るわせ、胡散臭い笑みを浮かべて一歩退く。


「謝るほどのことじゃない。

熊女を助けるなんて、僕はどうかしていたみたいだ。」


取ったひっつき虫をアルトに投げつけた。

「おお、怖い。」と、オーバーリアクションで熊の後ろに隠れる。


「他のみんなは? 」


「さっきの所で待ってもらってる。

私たちはジンを追ってきたの。」


アルトはそのまま、熊の陰で草や土埃を落としている。


「グレズリー公子がずいぶん心配していたよ」


「あはは。

ユートは情にいところがあるからね。

かわいい奴でしょ?」


かわいいというか…大切な人に忠実な大型犬みたい。

私はジンとレンにリードで繋げられた犬になったユートを思い描いた。ユート犬の力が強くて、2人がかりでも散歩が大変そうだ。


「ここ、見てよ。

この子が僕をここに連れてきたのは、これのためだったんだ。」


ジンが指さした枯れ木に近寄る。もう木が腐っていて、土に面した下部が空洞に開かれ、そこに小さな宝箱が置いてある。


「何?これ。」


手にとって開けようとするが、鍵がかかっているのかびくともしない。


「“マギゾーア(魔法金庫)“じゃない?

鍵穴に魔力を流してみなよ。」


まだ土埃を落としている最中のアルトの言う通り、鍵穴に魔力を流すようイメージする。が、開かない。

魔力が必要なら、私じゃ難しいのかも。


「僕がやってみるよ。」


箱を渡すと、ジンは鍵穴に魔力を流ぐ。ものの2秒で開いた。

開いた箱からは孔雀色の小さな鉱石が出てきた。


何これ?


「ネガストーンだね。持っていってみようか。」


ローブの汚れを落とし終わったアルトがジンの手元を覗き込む。


「戻る前に、川があるところまで移動しよう。

2人とも顔と頭がすごいよ。さっぱりしたほうがいい。

彼が案内してくれる。」


え、私の顔も汚いの?

鏡がないからわからなかった。


「土まみれだと余計熊の仲間みたいだね。」


あんたが言うか。うるさいやい!




================================



川は結構近くにあった。


透き通る水面を覗くと、髪がボサボサの私が映る。後ろに束ねた髪からほつれ髪が数え切れないほど出ていた。

このまま学院に帰ったら、次に言われるのは猿か未開人だろう。

手で水を掬い、顔を洗う。冷たい気持ち良さに身が震えた。


「うわー!

冷たくて気持ちいー!

アルトも洗ってみなよ。」


ジンとアルトは川から少し離れた木陰で座り、熊は水を飲んでいる。

他に布もなく、仕方なしにローブで顔を拭う。が、いかんせんローブの泥も完全に落ちたわけではないようで、顔の泥が広がるだけのようだった。

自然乾燥させるしかないか。


「…俺はいいよ。」


「他の人に詮索されてもいいの?

『その姿どうしたの?』って言われるよー!」


庶民ならまだしも、貴族が泥だけになっているなんて名誉に関わるだろう。

その経緯が庶民に、それも女子に投げ飛ばされたなんてアルトも知られたくは無いはずだ。


苦虫を噛み潰した顔をしながら、私の横に腰を下ろして顔を洗いだす。


「もしかして、泳げないの?」


幼馴染のラルクも狩人の息子のくせに川を怖がっていた。

4歳の時に父親の見様見真似で魚を取ろうとして、失敗。川に落ちて溺れていたところを私が助けた。溺れたことが相当怖かったようで、それ以来、山で遊ぶときは川や湖へ行きたがらなくなった。

ラルクの怖がった表情とアルトの表情は似ているわけでは無いけど、不思議と重なる。


「…貴族で泳げるのなんて騎士団くらいだよ。

庶民はみんな泳げるの?」


「夏になれば川や湖は遊び場だからね。自然と子供のうちに溺れない程度には泳げるようになる人が多いよ。

苦手な人もいるけど。」


幼馴染を思い出す。

猟師を目指すのに水辺が怖くて大丈夫なのか。


「えいっ!」


両手を軽く握り、水鉄砲を顔に浴びせる。

声も上げずに立ち上がり、水鉄砲が当たった頬を抑えてまんまるした目で私を見た。

張り倒して以来、初めて目が合った気がする。


「あはは。

アルトってそんなにまんまるな目するんだね。

かかわいい。」


普段は、スカすか笑顔の仮面を貼り付けた紳士顔しか見ない。

でもたまに出る自然な表情が身分なんて感じさせない年相応の少年がなんだか可愛らしい。

アルトは両手を水中に入れ、仕返しとは言わんばかりに水鉄砲を打ってきた。見事私の額にクリーンヒットである。


「要は、ポンプと同じ原理だろ。

両手を組んで中に水と空気を入れる。

手をつぼめて中身を圧縮させる。

ただ水はほとんど圧縮されない。逃げ場を求めて指の間からいきよいく噴き出す。

こんな簡単なことをさも誇らしげに話すなんて…人里2日目にしては頑張った方だね…。」


3秒前まで丸くなってた目を慈愛と揶揄いを含めた笑みにして返してくる。

この人は、どうしても私を怒らせたいらしい。

私はもう一度、水鉄砲を放ったが、当たらなかった。


「同じ手を喰らうわけないだろ。」


角度を変えて何度も打つが、あしらわれながらかわされる。

ムカついたので、手に力を込めて振りかざし、水面を思い切りえぐった。

バケツで水をかけられたように一気にアルトはびしょ濡れになる。

私も、左腕が全滅したが、髪から水が滴り落ちるアルトを見ると勲章のように思えた。


満足していると、腕を掴まれ、正面から波のような水を浴びる。掴まれたせいで気づいても逃げられなかった。


「よかったじゃないか。

お互い、髪を洗う手間が省けて。」


「ソウウデスネ。」

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