第16話 建国神話
「建国神話って、なんですか?」
次のチェックポイントを目指して歩く途中、ファルムスがコテン、と首を傾げた。
「小さな子供向けのおとぎ話よ。」
「珍しいね。
この国の人なら知ってて当たり前だと思ってた。」
ジンのいう通り、国民の間ではどんな童話よりも有名な話だ。
初夏にはミオソティスにちなんだお祭りまである。
私は、小さい頃にお母さんが話してくれた時のことを思い出しながら、ファルムスに語り始めた。
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むかし。むかし。
小さな国のお姫様には、小さな頃から一緒にいる騎士がいました。
2人はとても仲がよく、王様もお妃様も使用人から厩の仔馬まで、みんなに温かく見守られて育ちました。
ある日、2人はお城の近くの森へ遊びに出かけました。
その森には妖精が住んでいると伝わる森でした。
妖精は、気に入った人間の願い事を叶えてくれるという噂です。
2人は、もし、妖精に会えたら、この国の平和と繁栄を祈ろうと話していました。
しかし、どれほど歩いても妖精には出会えません。
とうとう、帰ろうかと思った矢先、川のすぐそばに百合よりも白く、女神様のように清らかな花が一輪咲いてました。
「まぁ、なんて綺麗なお花なのでしょう!」
お転婆な王女様は、騎士の制止も耳に入らないまま、ドレスを翻して駆け寄りました。
近くで見ると、花の純白さはいっそうに増していました。
「お母様にも見せて差し上げたいわ!」
王女様は、花に向かって手を伸ばしました。
「わっ!!」
花に手が届くと同時に、足場が崩れ、川に放り出されてしまいました。
騎士は何とか王女様の手を掴み、引っ張りあげようとしました。
しかし、水を多く含んだドレスはとても重く、騎士の力だけでは太刀打ちできません。
とうとう、王女様は手を離してしまわれました。
急な川に流される王女様は最後の力を振り絞って、追いかける騎士に向けて花を投げて叫びました。
「私を、忘れないで———!」
騎士から報告を受けた王様とお妃様は、たいそう悲しみました。使用人も国民も、王女様を悼みました。
王様は、みんなが王女様を忘れないように、王家の家紋に勿忘草を取り入れました。
いつしか白く美しいその花は、古代語で“勿忘草“という意味をもった“ミオソティス“という名前がつけられ、今も王国の風に揺れています。
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「悲しいお話なのね。」
「本当にあったかも怪しい話さ。」
「アルトのご先祖さまになるんだろ?
やけに冷たいじゃないか。」
「王家と血が繋がった傍系なだけだ。
悲劇の話は同情を引きやすいだろ?
人を操る側にとっては都合がいいのさ。」
悲しそうなファルムスに対してアルトは冷たく言い放つ。
「確かに。利用されてたって見方は面白いわね。
この話ってお転婆な王女様のドレスが川の水を吸って重くなったから騎士は助けられなかったのでしょう?
お淑やかが美徳とされる淑女教育では丁度良い教訓になるんじゃない?」
「お淑やかなんて似合わないこと言うじゃないか。」
「な、に、が、似合わないって?」
茶化すユートの頬をレンが引っ張る。
「いデデデデデ」
ジンもこれはユートが悪いというように、止める気は無いようだった。
さっき、問題を見た時のアルトは考え込んでた…。
やっぱり、自分に縁があると、思う事もあるのだろうか。
ザザザザザザザザッ!!!
「うわぁ、あああああ!!!」
アンニュイだったアルトの表情が———恐怖に変わる。
その正体は背後の茂みから現れた熊だった。
周囲が驚きに包まれる中、熊はジンを抱えると、また茂みへと走り出した。
「ジン!」
「危険信号を打ちましょう!」
「待て!信号を打ったら棄権になる。」
「そんなこと言ってる場合じゃないわ!」
「ジンの魔法は、動物を操ることだろ。
なら、命の危機にはならないはずだ。」
低い木の枝には、かすかに熊の毛が絡みついている。
跡を辿れるかもしれない。
「私、追いかけてみる。」
「俺も行く。
3人はここで待ってろ。」
「僕が行くよ。」
「公爵家のご子息は自然や動物に慣れてはいないでしょう。
どうかここでお待ちを。」
高貴なお坊ちゃまはすっこんでろと言いたいような…やや皮肉気味に言うユートにアルトは淡々と返す。
「慣れていないからこそさ。
熊が出るのなら、地上で待つよりも木の上の方が安全だ。
グレズリー公子なら、木の上に登るのもお手のものだろうし、レディが登るとき手を貸せるだろ?
それに護衛としても申し分ない。」
わざとらしくレンとファムルスに手を向けた後、その手をユートにまた向け、大袈裟に言った。
ジンも、レンのことを引き合いに出されると、強く否定できなかったのか、渋々目を傾けた。
「…わかった、わかった!
…その代わり、必ず、速く、無事な状態で、ジンを見つけろよ。」
「善処する。」




