意地の悪い猫 前編
客先の倉庫で荷物を降ろしているとどこからか「ニーニー」と小さな泣き声がした
それは倉庫の奥の片隅にいた、まだ目も開いていない生まれたばかりの子猫の声だった
倉庫番は「朝にはもういた」と言う
親猫に見捨てられたか、もしくは親猫が先に死んでしまったかは分からないがいずれにせよ戻ることはないのだろう
倉庫番は子猫を助けてやるつもりはないようだったがゴミ箱に放り込むのを死ぬまで待ってやる程度の温情は持ち合わせていた
別にこの倉庫番を酷いやつだと思うことはないが子猫を引き取ることを申し入れ首に巻いていた汗ふきのタオルで子猫をくるんでやった
子猫を連れて帰宅するとコップに牛乳を注ぎ一口飲んでから指を牛乳にくぐらせて指先に滴をため子猫に差し出した
子猫はそれに気がつくことができずにいたので雫を口に触れさせると辛うじて舐め始めた
雫はすぐになくなり次の雫を用意してやると今度は匂いを感じたのか自分から顔を近づけ雫を舐め始めた
それを10回ほど繰り返すと子猫はピタリと動きを止めた
死んだのかと思ったが眠ったようだ
それを見て自分の夕食に取り掛かった
冷蔵庫から焼きそばの麺を取り出しをフライパンに油を引き、そこに麺を入れ焼きほぐし重しに皿を乗せておく
別のフライパンを火にかけキャベツやピーマン、豚肉などを適当に切り分けてから炒めて塩胡椒で下味つける
そこに付け合わせの粉末ソースを入れウスターソースと中濃ソースも加えてさらに味の素を振りかけ胡椒もたっぷり振る
そこにカリッと固め焼いた麺を入れて軽く混ぜ、空いたフライパンに油を引き直し卵を落とし蓋をしてタイマーを2分にセットする
冷蔵庫から甘酢に漬けた新生姜とトマトを取り出した
何枚かの甘酢生姜のスライスを焼きそばに乗せトマトをかじっているとタイマーが鳴り焼き上がった目玉焼きも焼きそばの上に乗せた
焼きそばの入ったフライパンをテーブルに置きコップに牛乳を注ぎ直した
テレビを点け焼きそばに箸を伸ばす
うん、まぁ食えるな
麺を啜り目玉焼きの黄身を割りトロリと溶ける卵黄を絡めた焼きそばを食べ進めているとスパイシーな香りに食欲を刺激されたわけではないだろうが子猫がまたニーニーと鳴き出した
箸を置き指を牛乳に入れてから子猫に差し出した
子猫は雫をすぐに飲み干し次の雫を付けてやろうとすると子猫はその小さな両手で離れる指を捕まえようとしていた
次の雫を差し出すと子猫は今度こそ失うまいと両手で指を必死に掴みながら次の雫もあっという間に飲み干した
指を牛乳に浸そうとするたびに必死に掴もうとしていたせいか5回も繰り返すと子猫は力尽きたように倒れた
今度こそ死んだのかと思ったがまた寝ただけだった
あの倉庫番と同じで子猫を助けるつもりなど無かった
引き取りはしたが病院に連れていくつもりもなかった
ただあの暗く冷たい倉庫の奥で誰にも触れられることもなく、一度も撫でられることもなく死んでいくのは可哀想だと思っただけだ
一度くらい抱いてやり、せめて温かいところで死なせてやろうと思っただけだ
ビニール袋に入れられゴミとともに捨てられるよりもせめて土に埋めてやろうと思っただけだ
翌朝は寝不足だった
子猫が死んでいないのはわかっている
夜中に2度も起こされたからだ
小さな段ボール箱を用意しその中にまだ寝ている子猫を汗ふきタオルごと入れトラックに乗り仕事へと出た
助けてやろうと思ったわけではない
ただ、10時間も放置する気にはならなかっただけだ
そんな風に子猫を連れ歩いているといつしか目が開き、さらに少し経つと家に置いて仕事に出ても大丈夫だと思えるくらいには元気になった
トタトタと歩くようになり玄関を開けると駆け寄ってくるようになった
この子猫のために唯一用意したトイレを綺麗にしてやり子猫を手に部屋に入る
こいつは待ち構えていたかのように玄関に降りてくるくせに自分ではその僅かな段差すら上がれないのだ
キッチンペーパーを敷き皿に猫用のミルクを注いでやると勢いよく飲み始めた
皿は牛乳の雫の付いた指のように離れたりはしないのだが子猫は両手で皿を押さえるようにして急いで飲むのだ
声なのか飲む音なのかチッチッと音を鳴らしながらミルクを飲むのでチーと呼ぶことにした
名前というほどではない、ただ呼ぶためだけだ
もう少し経った
帰宅しドアをノックし左右を見渡した
後ろを一人の通行人が歩いて行く
舌打ちし、通行人が角を曲がり他には廻りに誰もいないことを確認してからチー!と呼ぶ
すぐに隣地の草むらから黒猫が勢いよく飛び出してきて足元をグルグル回り始めた
長い尻尾にツヤのある真っ黒な毛並みなのだが鼻の周りだけミルクがついてるように白い
ノックの音で、いやそれ以前に帰ってきたのはわかっているくせに呼ばれるまでわざと姿を隠しているのだ
子猫はすっかり大きくなったのだが意地の悪い性格に育った
ドアを開け玄関に入ると皿を叩き餌を要求する
牛乳をほんの少しだけ注いでやり風呂に入る
身体を洗い首と髪は念入りに洗った
いつもの事だ
タオルで身体と髪を拭きながら部屋に戻るとあの少しの牛乳すら飲み干さず残っていた
わかっている
近所の人からもっと美味しいチューブの餌や高い缶詰を貰っているのだ
それでもこの猫は意地が悪いから餌を用意しろと言うのだ
椅子に座り腕を組んでテレビを見ていると猫は腕に乗り首の匂いをかぎゴロゴロと喉を鳴らし顔を擦り付けてくる
汗でベタついた首に毛を付けられるのは嫌だし何とかよけようとするのだが猫はお構いなしだった
帰宅後はすぐに風呂に入り首は特に念入りにさっぱりさせるのが日課になった
猫は、どこか気高く実に意地が悪く育った
そのくせ、甘えてくるのだ




