9話「砂糖菓子は魅力的」
ベリッツォとの未来へ、その一歩を踏み出すこととなった。
ということで彼の国へ引っ越し。
生まれ育った地を後にする。
「これからずっと一緒に暮らせるなんて嬉しいな!」
「ありがとう。でも……大丈夫かしら、これから。ちょっと心配なのよね」
今日は生まれ育った国を出る日。ベリッツォはしっかり自ら迎えに来てくれた。なので一人で移動しなくてはならないという状況は避けられて、それは良かったのだけれど、こうして彼のすぐ横にいるとそれはそれで何とも言えない感情が生まれてくる。
嬉しさはもちろんあるけれど、それと同時に、これから先どうなってゆくのかといった不安が滲み出てくる。
「ないない! 大丈夫!」
「……相変わらずそんな感じね」
「変?」
「いえ。ただ、凄い自信だなって」
本心を口から出せば、ベリッツォはほんの少し俯いて「ごめん」と肩を落とす。
「ごめんなさい、べつに責めているわけじゃないの」
「こっちこそごめん」
二人を乗せた馬車は順調に進んでいっている。
「軽く考え過ぎていたかなって反省した。ごめん。これからは気をつけるから」
「あ、ああ、いいえ、気にしないで」
「思ったこと、言ってくれてありがとう」
「お礼を言うべきなのはこっちよ。変なことを言ってしまっても怒らず受け入れてくれてありがとう」
人間関係においては気を遣うということは大切なことなのだろう。
けれども気を遣い過ぎてしまう関係というのはなかなか長続きしないものだ。
変に気を遣い続けていると疲れ果ててしまうから。
そういう意味では、思ったことを真っ直ぐに言える信頼関係、というのも大切なのかもしれない。
ほんの少しの関わり、表面的な関わりなのであれば、気を遣い合っているうちに平和に時間が過ぎ去ってゆくだろう。でもそうでないなら。永く続けてゆくつもりの関係なら、多分気遣いだけでは成り立たない。
思ったことを言えない、となれば、必然的に不快なことを我慢し続けることとなる。そうなればきっとどこかで破裂してしまうに違いない。加えて、不満な点というのは放っておくと徐々に膨らんでゆくものだ。受け流すといっても自分が人間である以上限界があるものだし。
言いたいことは言う。
相手の気持ちも多少は考慮する。
バランス、というか。
何事もちょうど良さが大切なのだろう。
「そういえばダリアってあの王子ともこんな感じで馬車に乗ったりしてた?」
揺られるだけの時間は若干退屈だけれど一人ではないから時間を潰す方法はいくらでもある。
「あまりなかったわね」
「そっか」
「どうして?」
「いや、なんとなく、気になって」
「そもそも馬車に乗ることがあまりなかったかもしれないわ。彼とは別行動も多かったし」
こうしてなんてことのない会話をしているだけでも着実に時は過ぎてゆく。
「彼って結構自己中心的で身勝手な人なの。だから周囲への配慮とかはなくて。婚約者のことですらわりと放置気味だったりしていたのよね――まぁ私が好かれていなかっただけかもしれないけれど」
ベリッツォは「いい加減な人なんだな」と呟くように発して、それから、膝の上に乗せている小さな鞄の口を開け始める。
何をしているのだろう、なんて思いつつ、その様子を眺めていたら。
やがて彼は一つの巾着袋を取り出した。白で薄めた紅色に灰色を混ぜたような色をした手のひらに収まる大きさの巾着袋。
「何してるの?」
「ちょっと待ってて」
その口を開け、中から何かを取り出す。
ベリッツォの美しい瞳がこちらを捉えた。
「食べない?」
彼の手にいつの間にか乗っていたのは薄い紙に包まれた小さな砂糖菓子。
大きく開いた花のような形をしたそれは、ただ見つめているだけでも幸福感を生み出してくれる。
「美味しそうね」
「砂糖菓子」
「綺麗だから……ちょっと食べづらいわね?」
「遠慮なくどうぞー」
「ええ。じゃあ、いただくわ」
受け取ってすぐに口へ運ぶ。
一度眺め始めたらなかなか食べられない気がしたから。
「さすがに砂糖菓子は甘いわね」
「甘すぎる?」
「美味しいわよ」
「良かった!」
「物持ち良いわね」
「常備してるわけじゃないけど、今日は持っておいた方がいいかなーって」