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8話「踏み出したい一歩」

 海の見える舗装された道を歩く。

 親しい人と隣り合って進めるというのはとても嬉しい、心が踊るように弾む。


「わぁ……!」


 やがて視界が広がるところへたどり着く。


 思わず驚くような声を発していた。

 それは悪い意味で発したものではなく良い意味で発したものだ。


「綺麗!」


 空と海。鏡に写したような二つの青が視界に爽快な広がりをもたらす。日射しは海面を照らし、星屑のような無数の煌めきを生んでいた。


「嬉しそうだね、ダリア」

「ごめんなさい……思わずはしゃいでしまったわ、とても綺麗だったから」


 彼の前では変に気を遣うことなく振る舞える。少なくとも以前のように愚痴や嫌みを言われないよう気をつけなくてはならないということはない。親しき仲にも礼儀あり、なので、好き放題していて良いというわけではないけれど。ただ、絶対突っ込まれないようにきちんとしていなくてはならないわけではないので、その点は心地よく感じる。


「ちょっといい?」


 やがて、真剣な面持ちをした彼が、こちらをじっと見つめてきた。


 透き通る瞳に捕まったら。

 もう逃れられない。


「え、ええ。……けど、何?」


 彼は距離を詰めることはしてこない。

 けれどもそれと同じような得たいの知れない圧を感じる。


「ダリア、僕のことどう思ってる?」


 彼の口もとが動いた。


「え……」

「あれからしばらく一緒に過ごしたけどさ」

「確かにそうね」

「ダリアの心は今どんな感じなんだろうって、気になってるんだ」


 海の香りの風が吹き抜けてゆく。


「教えてくれない?」


 風は冷たくて、頬をすり減らす。


「……そうね、私、貴方のことは嫌いじゃないわ」


 本音を言葉にすることには躊躇いがあるけれど、それはどんな時も同じなので、今ここで逃げたとしても次の機会にまた同じことになるだけだろう。


「一緒にいると楽しいもの」


 だからもう隠さない。


 そもそも、不倫をしているとか犯罪に手を染めているとかではないのだから、隠さなくてはならない理由はないのだ。


 ……ただ、心を言葉にして相手へ伝える勇気がないだけで。


「本当のことを言ってほしい」

「嘘じゃないわ」

「その言葉は間違いじゃないんだね?」

「ええ」

「じゃあ信じる。それが答えだと受け取る。それでもいいってことだな」


 確認の言葉をかけられたので、一つ、こくりと頷いておいた。


「ならもう一度言わせてほしいんだ」

「……何を?」


 暫し、沈黙があり。


「うちの国へ来ない?」


 波の音だけが残る静けさの果てに、彼は提案の言葉を発する。


「……貴方は今もその未来を考えているの?」

「うん」

「でも、私は既に一度婚約破棄された女で、そんな女を妻にするなんて言ったら……周りに笑われるかもしれないわよ」


 人は迷いながらも人生という道を歩く。


 ある時は自信を失い。

 ある時は恐れを抱き。


 それでもたまに勇気を振り絞り、前へ、少しずつでも恐る恐るでも足を進める。


 それは多分本能的に幸せを求めるからなのだろう。


 傷ついても、涙しても、不安を覚えても。それでも歩いてゆくしかない。生きることを諦めるという選択をしないなら、いつまでも。たとえ終着点が見えずとも。


「大丈夫」

「自信があるのね」

「ある」

「ええっ……そこまで」

「君は悪くないからだよ。もし不信感を抱く人がいたら、きちんと事実を話せばいいだけ。そうすればダリアに罪がないということは理解してもらえる」


 彼は落ち着いて言葉を紡いでいた。


「君と一緒に生きていきたいんだ」

「ありがとう。……でも、ちょっと照れてしまうわね、そんなこと言われたら」

「大人になって、またこうして色々関わっていて、ダリアのこともっと好きになったよ」


 なぜそんなさらりとそういうことを言えるの? なんて、少し疑問に思いながらも。


「私も好きよ」


 気づけばそんな風に返していた。


「ベリッツォのこと」


 いざ心を発する時には案外躊躇いは生まれなかった。


 不思議なことだ。

 いつもはあれこれ考えて立ち止まってしまうのに。


 ……彼が先に想いを口にしてくれていたから、だろうか?


「でも一歩を踏み出す勇気がないの」

「大丈夫。協力するから」

「この先ずっと協力してもらうなんて、お世話になるなんて、ちょっと罪悪感があるわ」


 するとベリッツォは「先にお世話になるのは僕だから」とはっきり口にした。


「え」


 反射的に声がこぼれて。


「そもそも僕の勝手で君に僕のところへ来てもらうんだから、そういうことだよな?」

「あ……ま、まぁ、確かに……そうかも」

「ということは罪悪感を抱くべきなのは君じゃないってこと」


 言われてみればそうかもしれない、なんて思って――こんなことを思うのは失礼だな、と、心の中で密かに一人苦笑する。


「ダリアはさっき『この先ずっと協力してもらうなんて、お世話になるなんて』って言ってたけど、本来それを言うべきなのは僕だってことだよ」


 ベリッツォはそんな風に言って笑みを浮かべた。


 ――叶うなら、この笑みをずっと傍で見つめていたい。


 今になって気づいた。

 自分の中に在る本当の気持ちに。


「うちの国へ来てくれる?」

「……ええ」


 一歩、踏み出そう。


 道の先に幸せがあると信じて。

 光ある明日を夢みて。

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