6話「操り人形は自覚なし」
悪しき女が王子という高貴な人を利用する力を手に入れたなら、何の躊躇いもなく、その権力を多くのことに使うだろう。
「ローズ、この前言っていた侍女だが処刑した」
「わぁ~っいっ! 嬉しいですぅ。最高でっすぅ~! さすがエーリオ様ぁ」
「王城から追放すると伝えた。そうしたら、そんなことは言っていない、とか、何かの間違い、とか言ってきてな。認めろと言っても認めなかったのでより大きな罪である、ということで。追放ではなくて処刑とした」
両手すべての指に巨大な宝石がついた指輪を着用しているローズは「ありがとうございますぅ!」と分かりやすくお礼を言いつつ腰をくねらせる。
エーリオはさりげなくその腰もとへ視線を向けていて。
やがてその腰にそっと手を回した。
少し、鼻の下が伸びている。
「んもぉ何ですかぁ?」
「今日はゆっくりいちゃつかないか?」
エーリオはローズの腰に回した腕の先、指を、くしゅくしゅと動かし始める。指先の指紋のある部分でドレス生地越しにローズの身を触っていた。
「ええ~? ちょっとぉ、迷いますぅ」
ローズはさりげなくかわす。
「婚約者同士なんだから何をしたって自由だろう」
「でもぉ……まだあまりぃ……そういう経験が少なくってぇ……」
不安げであるかのように、瞳を潤ませるローズ。
彼女は演技が得意だ。
特に可愛い女演出は得意中の得意である。
「そのぉ……こわぁい、かもぉ……」
ローズは自分勝手でわがまま放題な女性だ。腹の中も真っ黒。それなりに綺麗なのは外面だけ。
しかしエーリオは気づかない。
ある意味純真とも言える彼はローズにすっかり騙されきってしまっている。
可憐で、愛らしく、しかしながら清らか。悪女なローズの罠にすっかりはまってしまった彼は誰から何と言われようともローズだけを信じ続けている。また、その不自然なほどの信じ込み方が国に悪影響を与え始めていることへは一切目を向けておらず。逆に、その点について指摘する者を罰するほどである。
「すまない、じゃあもう少しライトに仲良くしよう」
「わぁ~ん! ありがとぉ! 優しいエーリオ様大好きぃ!」
「ははは」
王城で働く者たちは既にエーリオに不信感を抱き始めている。なぜなら以前より明らかに極端な人間になっていっているからだ。なんでもかんでもローズの言いなりになって動いている彼の姿には、誰もが、悪い印象を抱いている。
「じゃあぁ、ちょっとぉ、お願いしたいことがあるんですけどぉ」
「何だい?」
「買いたいものがあるんですぅ」
人間には心というものがある。それは王城で働いている者であっても同じ。彼ら彼女らもまた人間だから、良い感情を抱くこともあればその反対もある。
そして、人の心というものは正直。
たとえ高貴な人が相手であろうとも、負の感情を抱くこともあるものだ。
「ドレスとか?」
「それもあるんですけどぉ……」
「君が望むなら何だって買う」
「じゃあまずぅ、先週いただいたドレスの別の色でぇ、ローズレッドとエメラルドも欲しいんですぅ」
今やエーリオを尊敬する者はいない。
少なくとも王城には。
「ああ、構わない、ではそれらを購入しておくようにする」
「ありがとうございますぅ!」
「それで他には? 何かあるのなら言ってくれ。君の願いなら何でも叶えたい」
しかし彼は気づかないだろう、周りから冷ややかな目で見られていることに。
「じゃ~ぁぁ……最高級ブランドのぉ……ジュエリーが欲しいんですぅ」
「ジュエリー?」
「はい! だってぇ~、未来の王妃ですからぁ、今の内から高級品を身につけて自分を磨いておかないとって思っていてぇ~」
「そうか。国の未来のことを考えてくれているのだな。ああ、君はとても素晴らしい女性だ。君を選んで本当に良かった」