5話「悪女は見えない」
王子エーリオ・ディッセンヴォフは、婚約していたダリアを捨て、その妹であるローズと改めて婚約した。
エーリオの近くにいる者たちはこの一連の出来事に対してマイナスの印象を抱いていた。一方的に婚約破棄して別の女性とすぐに婚約するなんて、という意見は、当然付近にもあったのだ。
だがエーリオはそういった者たちの意見を少しも聞かない。
中には抗議してクビになる者も出たほど。
彼はローズに惚れ込んでいた。
また、姉から虐められるという可哀想な環境で育ってきた彼女を救いたい護りたい、とも思っていた。
そもそもローズが口にしている不幸話は真っ赤な嘘なのだけれど。
ただ、彼女の話していることを事実であると思い込んでいる彼からすれば、ローズはどこまでも被害者であり可哀想な女性なのである。
「エーリオ様ぁ、ちょっといいですかぁ?」
ちょうどエーリオの前に現れるローズ。
王子の未来の妻という座に就いた彼女は豪華なドレスを身にまとっている。
バイオレットの生地に多くの飾りをつけた派手の極みのようなドレスを着用した彼女はまるで自分は王妃だと主張しているかのような風貌だ。
ただ、そんな彼女を見ても、当事者であるエーリオだけはそのおかしさに気づいていない。
「どうしたローズ」
「あのぉ……昨日担当だった侍女の方なんですけどぉ……」
ローズはエーリオに駆け寄ると、詰め物をして大きくしている胸もとを彼の腹部に擦りつける。
「何かあったのか?」
「……実は、裏でこっそり悪口を言われていて……怖いなって思ったんですぅ」
「何だと!?」
「あの方、侍女仲間にあたしのことをぶりっことか何とか言っててぇ、しかも侮辱するようなことも色々言ってたんですよぉ」
話を聞いたエーリオは「そんなことが!?」と大声を発する。
「酷すぎるだろう、そんなこと! 許せん……こんな可愛い娘に……侍女風情が!」
「助けてくださぁい」
「もちろん! もちろんだ! 俺はいつだって君の味方なのだから!」
「あぁん、嬉しいですぅ」
「任せろ。俺はこの国の王子、未来の最高権力者、侍女なんざ容易く潰してやれる」
エーリオはローズを抱き寄せるとその頬にキスを落とす。
「叩き潰してくるから待っていてくれ」
決意を述べて、彼は歩き出した。
その背中をじっと見つめて。
それからふっと唇に笑みを浮かべる。
――そう、ローズは、エーリオを利用する気満々なのである。
彼女の心は黒い。
今に始まったことではないけれど。
基本的に彼女は自分の望みのためなら誰だって犠牲にできる人間なのである。