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3話「ひとまず脱出」

 いちゃもんをつけられ、婚約破棄され、さらには浮気だなんだとありもしない話を事実であるかのように凄まじい勢いで言われ――そんなどうしようもない状況に陥った私を救い出してくれたのはベリッツォだった。


 ベリッツォは私の片手を掴むと何事もなかったかのような表情でその場から連れ去ってくれた。


「あの……ごめんなさい、みっともないところを見せてしまって」


 パーティー会場となっている広間から退出すると夜風が頬を撫でる。

 あの荒れきった男から離れられたことで少しずつではあるが平常心を取り戻すことに成功した。


「大丈夫?」

「ええと……見ての通りよ、あまり……大丈夫、ではないかも。勘違いされているし。妹を虐めていた、なんて言われたりして」

「大変だったな、そりゃ」

「ちょっとね。……でも今はもう大丈夫。助けてくれてありがとう。ベリッツォが来てくれて助かったわ」


 あの頃、私たちはいつもこんな風に、穏やかに関わり合っていた。もはや遠い過去のことだけれど。でもこうして向き合えばあの楽しかった日々は昨日のことのように思い出せる。いろんな記憶、主に良かった記憶が、鮮明に蘇る。


 でももうあの頃の私たちとは違う。


 仲良かったあの頃とは、お互い、色々変わってしまった。


「ベリッツォ、元気にしていたの?」

「もちろん」


 けれども変わらない部分もある。


 最も目立つところで変わっていないところを挙げるなら、その美しく澄んだ瞳だろう。


 青緑の瞳。

 海のような色をしている。


 それはかつてまだ普通に遊んでいた頃から変わっていない点だ。


 当時は深く考えてはいなかったけれど、でも、思い返せば彼は昔からそういう目の色をしていた。

 私なんかは特徴のない茶色い瞳だったし、周囲の人たちも大抵そういった色なのだけれど、彼だけは子ども時代から宝石のような珍しい色の目をしていた。


 もっとも、それも良いことばかりではないようだったけれど。


 地域の同年代の子から瞳の色について指摘され嫌がらせをされているベリッツォを目にしたことがある。


 ……まぁ、そういう時には、私が木の棒でも持っていじめっ子に襲いかかり追い払っていたのだが。


「なら良かった。あの時、まともに話できないまま別れてしまったから。ちょっとだけ後悔していたのよ」

「それは僕も」

「そう……でもまさか貴方が隣国の高貴な人だったなんてね」

「それについては自分でもびっくりでさ」


 懐かしい匂いがする。

 故郷を思い出すような。


「あと、ダリアに会えなくなったのも、地味に辛かった」

「……そういう嘘は要らないわよ?」

「そ、そうじゃない! 本心だよ、間違いなく、嘘なんかじゃない」


 広間を出てすぐの場所で夜風を浴びながらそんななんてことのない会話をする――それはとても小さなことだけれど、同時にとても楽しいことだった。


「ダリアさ、もし良かったらなんだけどさ」


 彼は急に気まずそうな顔をする。


「……うちの国へ、来ない?」


 固い表情のままでいる彼が数秒の間の後に放ったのは、提案の言葉。


「何を言っているの?」

「ごめん急に変なこと言って」

「責めたいのではないわ。でも意味が分からないの。またどうしてそんな急に」


 怪訝な顔をしてしまっていると。


「実は、僕、結婚相手が必要なんだ」


 彼は正直に事情を明かした。


 ベリッツォは隣国で王子のような地位にある。

 高貴な身分ゆえに確実に結婚する必要があるそうなのだが、なかなか良い相手に巡り会えないのだそうだ。

 既にこれまで様々な女性と顔合わせを行ってきたとのことだが、気の合う人はおらず、まだ結婚相手が決まっていないそうで。


 このままでは国が、と、たびたび周囲から嫌みを言われているらしい。


「それで私に?」


 事情は分かった。けれど私は一国の未来になることはできない。それに、私が彼を選び、彼が私を選んだとしても、きっと周りはそれを受け入れないだろう。婚約破棄されたことのある女なんて印象が悪いだろうし。理想の相手だ、とは思ってもらえないに違いない。


 私がベリッツォの隣に立つことを選んだら、きっと、彼を苦労させてしまう。


「……残念だけれど、それは無理だわ」


 だからすぐには頷かなかった。


 いや、頷けなかったのだ。


 彼に迷惑をかけてしまうと思うから。

 突然差し出された手を取る勇気など私にはなかった。


「どうして!?」


 眼球が飛び出しそうなほどに驚いた顔をするベリッツォ。


「だって私、殿下に婚約破棄された女よ」

「間違っているのは向こうだろ。関係ないよ、あんな身勝手な婚約破棄なんて」

「けれど……」

「一番大事なのはダリアの気持ちだと思う」

「そういう問題じゃないわ」


 差し出された手を取れば幸せになれるかもしれない――希望の見える方向へと歩き出したいけれど、一歩踏み出す勇気がない。


 暫し沈黙があって。やがてベリッツォは視線を下へやり「ま、そうだよな。ごめん急に」と呟くようにこぼした。謝罪する意思と同時に胸の痛みも抱えているような顔をしていて、その表情がやけに印象的だった。


 夜風が冷たいせいか、こちらの胸まで痛くなるようだ。


「ほんとごめん、急に」


 再び謝られて「いえ」とだけ返す。


 何も不快だったわけではない。

 いきなりのことで適切に対応しきれなかっただけで。


「さすがにそういうのは駄目だよな。いきなり過ぎた、って反省してる。けど、なら、まずはちょこちょこ会うくらいなら。どうだろう?」

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