14話「幸せを感じるとき」
「ダリア!! 大丈夫だった!?」
事件の後、ベリッツォはすぐに駆けつけてくれた。
「ええ、問題なしよ」
夜まで会わないはずだったけれど結局またすぐに対面することとなったのが何だか少し面白い。
「襲われたんだって!?」
ベリッツォは青ざめて両肩をそれぞれの手で掴んでくる。
どうやらかなり驚き慌てているようだ。
「びっくりしたわ、こんなこと滅多にないから」
「怖かったんじゃ」
「まぁね。でも経験になったし、前向きに受け止めようと思うの。今のうちに一回経験しておいたら次からはもっときちんと対応できるかもしれないし」
確かに驚きはしたし怖さもあった。
けれども侍女を護れたことで一つ自信を得ることもできた。
そういう意味では悪いことばかりではなかったと思うのだ。
幸い、誰も怪我しなかったし。
「ポジティブだなぁ……」
「何事もそうやって前向きに考える方がいいなって思ったのよ」
その後は「じゃあ、また後でね」「食事の時な」と短い言葉を軽く交わして別れた。
事件が起きて、一時はどうなることかと思ったけれど、何とか無事状況が落ち着いてくれて良かった。
犯人は捕まっているのだ、もうこれ以上は何も起こらないだろう。
目の前で犯人が捕まったというのはありがたいことだ。なんせそれは、その時点以降の心配をする必要はない、ということだから。
――そして夕食。
「ダリア、今日もお疲れさま」
「ありがとう」
食事はベリッツォと一緒に取ることが多い。
基本的には彼がそれを望んでいるからだ。
ただし、こちらも内心嫌だけれど付き合っているというわけではないので、そういう意味では『両想い』と言えるだろう。
「勉強忙しいみたいだな。疲れてない?」
「平気よ。むしろ元気なくらいだわ。頭を使うのって案外楽しいものよね」
「勉強家だな」
「それにね、とても分かりやすい授業なの。だから困っていないの。分かりやすく教えてもらえるってとてもありがたいことよ」
美味しいものを食べられて。
優しい人と一緒にいられて。
非常に恵まれた環境に身を置いておきながら文句を言うなんて、そんなこと、あるわけがないだろう。
「そっか――あ、このスープ、ダリア好きそうなやつだ」
「ほんと?」
「昔好きだったろ、コーン」
私は今の環境に十分満足している。
だから文句を言いたいことは何もない。
……そもそも、幸せなのにあれこれ言うなんて、おかしな話だろう?
「ええ。……これね、ああ、確かにコーンが入っているわ。美味しそうね。食べる気満々になってきたわ!」
雑な扱いをされることはない。
悪口を捏造されることもない。
それだけで十分平和に暮らしてゆけるのだとここへ来て学んだ。
「張りきってきた」
「ええ! まさにそれ! そんな感じ」
私はこれからも楽しく生きてゆきたい。
だからそのために必要なことなら犯罪でない限り何でもする。
幸福な今を失わないで済むために。
――走り続けよう、いつまでも。
「そういえばベリッツォの好きな食べ物って」
「ああ……うーん、難しいな」
「好き嫌いあまりない感じ?」
「そうだね。きっとあるんだけど今はあまり思い出せないな。考えていたらそのうち思い出してくるかも」
銀色のスプーンで優しい色をしたスープをすくう。くすんだ液体の奥にほのかに煌めく銀。本来隣り合うことのない二色が重なり合っている。
その様を見つめているとどこか不思議な感覚に陥った。
私たちもこんな感じなのかな、なんて思って、馬鹿なことを考えているなと呆れながらも胸に温かいものが宿るのを感じる。
……幸せなんだな、私。
改めて感じる。
日常の中の些細な出来事から。
胸が温かくなると何だか嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。
今この時が永遠になればいいのに。




