13話「そろそろ慣れてきた気がする今日この頃」
ベリッツォのもとへ移り住んでから数週間が過ぎた。
ここでの生活にももう慣れてきた。幸い言語の違いは大きくないので会話を主とする意思疎通の面では困ることはない。また、周りの人たちからも温かく見守ってもらえているということもあって、今の暮らしは順調そのものだ。
幸運なことに、とても優しい空間で生活できている。
「ダリア、この後は?」
「勉強があるの」
「そっか。じゃあしばらく忙しそうだな」
「ええ。でも夜にはまた会えるわ。食事の時、また合流するわよね?」
最近はベリッツォとの結婚に向けて様々なことを学んでいる。
今の彼は高貴な人。そしていずれは国の高い位置に立つこととなる人。その人の妻になるということは、私は私でそれに相応しい人間になっておかなくてはならないということ。
この国において必要な知識は、特に、徹底的に脳に叩き込んでおかなくてはならない。
なので勉強することが多くて毎日忙しい。
ただ、その中でも息抜きをする時間はしっかり取られているため、心が折れたり疲れ果てて嫌になったりすることはない。
「合流で問題ない?」
「ええ」
「じゃあそうしよう。僕としては食べられそうなら一緒に食べたいからさ」
「いつも気にかけてくれてありがとう」
「いやいや、僕の勝手な希望だから、べつに礼を言われるようなことじゃない」
夜にはまた会える。そう思えると、勉強のやる気も自然と高まる。嬉しいことや楽しいことのためになら頑張れるというのはよくある話。それはある意味誰もが持つ人間らしさの根本的な部分なのだろう。
「この後は文化の成り立ち基礎です」
四十代くらいの聡明そうな侍女に先導され目的地まで移動する。
「一昨日の続き、ですね」
この侍女はどことなく冷淡な雰囲気をまとっている。
なので初対面の時は怖そうだなんて思ったうえ緊張してしまい若干おかしな接し方をしてしまった記憶がある。
だが今はもうさすがに普通に話すことができる。
というのも、関わるうちに本当は怖い人ではないのだと分かってきたのだ。
怖そうなのは見た目だけ。
実際にはきちんと仕事をこなす優秀な侍女。
「はい。前回の内容は覚えていらっしゃいますでしょうか? 一応復習も兼ね少し戻ったところから話を進める形になるかとは思われますが……」
「前回メモを取ったものを今朝見返していました」
「不明点がありましたら改めて質問していただければと思います」
「分かりました、お気遣いありがとうございます」
――と、その時。
「そっち行った!!」
誰かが鋭く叫んだ。
声がした方へ目をやる。
見知らぬ男が走ってきている。
その手には刃物。
侍女は咄嗟に前へ出る。だが男は手にしている銀色のものを捨てはしない。むしろ逆。素人丸出しの形ながら握ったそれを突き出してくる。尖端が侍女に向かう。
「危ないっ」
私は咄嗟に動いていた。
目の前の侍女を上から下へ押し潰すように。
「大丈夫ですか!?」
数秒の間があって、無理矢理押し潰してしまったことに焦る。
「……なんということを」
侍女は顔をしかめていた。
「すみませんでしたっ、急に、こんなことをしてしまって――」
「貴女の身に何かあったらどうするのですか!」
……あれ? 思っていたのと怒られている方向が違う。
気づけば男は捕らえられていた。
追ってきていた城内の警備兵がいつの間にか追いついたようだ。
「危険なことをしないでください!」
「す、すみません……」
「もし貴女の身に何かあったらベリッツォ様に合わせる顔がありません!」
怒られてしまった。
予想よりもずっと強く。
けれどもそれはそれで仕方のないことなのかもしれない。
戦闘経験があるわけでもない。
緊急事態への対応力なんてほぼ無に近い。
それなのに変に傍の人を庇おうとするのは逆に迷惑だったかもしれない。
……だがあのままだと侍女が刺されるかもしれなかったのだ。
見て見ぬふりするなんてさすがにできない。
彼女にはお世話になっているからなおさら。
「それはさておき、ダリア様、お怪我はありませんか?」
「あ、はい。大丈夫です。運が良かったです」