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12話「黒薔薇は血を飲むように」

 その日ローズが贅沢の極みのようなドレスを着用して王城内の廊下を歩いていると、城で働く一人の中年男性が「ローズさん、少しよろしいですかな?」と声をかけた。


 中年男性はもう何十年も城で王族のために働いている人物、つまり王城内においてはそこそこな地位にある者である。


 しかしローズはそのことを知らなかった。

 そのためゴミを見るような目で男性を睨んで「何?」と冷たく返した。


 ローズは王子の妻となることによって自分まで偉くなったと思っている。……いや、実際、王族と関わりを持ったことで多少偉くはなったわけだが。しかし彼女の場合偉くなったと過剰に思い過ぎているのだ。


 ローズはあくまで王子の配偶者、王女になったわけではないし女王になるわけでもない。けれど彼女はまるでそうであるかのような錯覚に陥っている。


 なので常に顎を突き出すように持ち上げ視線を上へやって歩いている。


 まさに、どんな時も威張っているイタい勘違い女、そのもの。


「ローズさん、また殿下より宝飾品を贈られたようですね」

「それが何?」

「あまりにも……頻繁過ぎるとは思いません、かな?」

「はぁ!?」


 急に感情を爆発させるローズ。


「お、落ち着いてくだされ。何も叱っているわけではありません」

「当然じゃない!! アンタみたいな庶民がこのローズを叱れるわけないでしょ!? バカじゃないの! 勘違いしないで!」


 あまりにも凄まじい勢いで怒られたものだから、中年男性はただただ狼狽えることしかできない。


「お、おち、おちっ……お、おお、おちつ、いて……」

「うるさい! そもそもねぇ、ローズさんって何? ローズ様、でしょ!? ねぇ!」


 偶然近くを通っていたメイドはとばっちりを受けないようそそくさと去っていった。


「あ、や、ち、ちち、ちが……」

「きちんと言い直しなさいよ! ローズ様って!」

「ぁ……ぅ、ろ、ろろろ……ろー……ローズ、さ、ささ」

「様でしょ!!」

「ローズ様っ」

「そうでしょ? 何よ、さん付けで呼ぶなんて勘違いして。アンタそんな偉い人間じゃないでしょ? 礼儀を知らないにもほどがあるわ! 古くからの友人でもないくせに、偉大な殿下の妻をさん付けするような愚か者がどこにいるっていうの!? ……まったく、呆れてしまうわ」


 腕組みをしたローズは中年男性を睨んだまま「さぁ、土下座しなさい」と命令する。

 まさかの命令に驚き戸惑った中年男性はすぐには反応できなかった。動くことも、言葉を発することも。

 すると「舐めているの!?」とローズのヒステリックな叫びが襲いかかり、さらに「どれだけ見下せば気が済むっていうのよ! いいからさっさと従いなさいよ!! 土下座して謝って! 今すぐ!!」と鼓膜を破るような声が続く。


 やがてローズは片足で中年男性を地面に倒した。


「ぐわっ」


 転倒するように倒された彼はすぐには動けない――そのうちに背中を踏まれ、強制的に土下座に近いような体勢にさせられてしまう。


「土下座も知らないの?」

「……す、すみません、でした」

「声が小さいのよ!!」

「ひっ」

「いいからさっさと土下座して」

「ぁ……ぅ……」

「伏せて、踏まれて、それで謝りなさいよ!!」


 ローズが履いているハイヒールのヒール部分が中年男性の背骨辺りを強く踏みつける。


「ぎゃあ! い、いた、たたた、あ、や、イタタタッ!! や、やめてください、もう、こんなっ……ぁ、ぎゃああぁぁぁぁ!! 痛いです! やめて、ください、お願いしますやめて痛いですやめて……ください、やめて! お願いします、踏まないでください痛いです、ぁ、あ、うう……」


 男性の瞳から溢れ出す涙。

 心折られた彼は幼い子どものように号泣している。


「偉そうなことを言ったこと、きちんと後悔したかしら」

「した……した……した、からぁ……もう、もうゆる、して……」

「しました、でしょ!?」

「ぎゃあああ!!」

「もう痛い思いしたくないならきちんとした言葉を使いなさい。誰が相手だと思っているの? 未来の王妃よ!」

「しゅ、しゅびばぜん……ぶ、ぶぇぇ……ぅ、ぅぅ、ぅ……」

「泣いていないで謝りなさい!!」

「ごめんなさああああああああああああああい!!」


 何とも酷い状況。

 だが誰も間に入っては来ない。

 なぜなら、ここで中年男性を助けようとすると自分も巻き込まれてしまい厄介なことになると誰もが知っているからだ。


「もう二度と生意気な口の利き方をしないと約束しなさい」

「しません!」

「もっと大きな声で言って」

「しません!!」

「もっとよ」

「し! ま! せ! ん!」

「まだ足りないわ」

「し!! ま!! せ!! ん!!」

「誠意が見えない。もっと全力で言いなさいよ」

「絶対にしません!! 何も言いません!! 迷惑はかけません!! 申し訳ありませんでした!! 二度と失礼なことは言いません!!」


 そこまで言われてようやく納得するローズ。


「分かったならいいわ」

「あ、ありがとうございます……!」


 だが戻った平穏は束の間のものでしかなくて。


「ただし、死ぬまで奴隷として生きると誓ってちょうだいね」

「え」


 すぐにまた始まるローズの攻撃。


「返事が遅い!」

「ど、どれ……い……?」

「奴隷として一生を終えます、そう誓いなさい」

「ぁ……んな、そん、な……」

「また踏まれたいのかしら?」

「い、いえ! 違います!」

「反抗するつもり?」

「しません! 反抗など! 絶対に!」

「なら誓ってちょうだい。今ここで、はっきりとね」


 もはや逆らう気力もない中年男性は小さく頷くと「死ぬまで奴隷として生きます!! 逆らいません!! 奴隷として一生を終えます!!」とやけくそな叫びで誓った。


 その様を目にしたローズは、ふふ、と笑みを浮かべて。


「じゃ、処刑ね」


 軽やかに、愛らしく、発する。


「無礼者は処刑。当然でしょう? 未来の王妃に上から目線で余計なことを言ったのだから命をもって償ってもらわなくっちゃ」

「そ、そんな……それは、あまりにも……」

「逆らわないってさっき言ったわよね。なら逆らうのは禁止。誓いを破ることは許されないわ。だからさっさとあの世へ逝ってちょうだい」

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