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10話「運命に感謝しながら」

 ベリッツォと共に彼が暮らす国へ入る。

 入国に関しての手続きはほとんど済んでいたため国境で止められることも特になく順調に入国することができた。


「スムーズに入れてもらえたわね」

「上手くいって良かったよ」


 彼と隣り合って歩き出す。

 前後には護衛が配置されている。


 傍に護衛がいるという状況には慣れていないので自然に動きが固くなってしまう。


「ええ、本当に。まさにそうね。……ただちょっと緊張してきたわ」

「緊張? どうして?」

「ちょっ……どうしてって! 初めて来るところだし、変なことやらかすわけにはいかないし、きちんとしていないとって!」

「大丈夫。わざわざ悪いところを探そうとしたりしないから。事情だって知っているわけだし、皆、温かく理解してるからさ」


 そんななんてことのない会話をしながら歩いているとやがて立派な城の前にたどり着いた。


 天にまで届きそうなほど背の高い城。門、柱、壁など、あちこちに豪華な装飾が施されている。贅沢を絵に描いたようなそれらは圧倒的な芸術性を感じさせる。ただ、過剰に華美な飾り付け、というわけではなく。華やかさはあるけれど上品さもある、といったような見た目になっている。


 迎えてくれた女性に深く一礼され、さらに柔らかな表情で「お待ちしておりました」と声をかけてもらった。

 取り敢えずお辞儀しておく。

 この国の礼儀作法についてはあまり知らないが取り敢えず無礼な女と思われないよう努力はするつもりだ。


 誘導されるままに歩いていると周囲から視線を感じる。ふとそちらへ目をやると壁の陰から私たちの姿を見ている女性がいた。恐らく勤めているメイドだろう。エーリオらが暮らしていた城にも似たような服装の働く女性たちがいた。


「あの方が噂の?」

「お美しい方ね……! 思っていた以上の女性だわ……!」

「でも他国の女性というのは謎ですわ」

「何でもベリッツォ様の昔のご友人だとか。あと、あちらの国でも王子と結婚する予定だったと聞いたわ」


 彼女たちは私についてあれこれ言っている。

 どうやら新しい女の登場に興味津々のようだ。


 ただ、発される言葉たちから悪意は特には感じないので、単に興味があってあれこれ言っているだけなのだと思われる。


「気になるわねぇ、どういう人なのかしら」

「美人さんよね」

「おしゃべりしてみたいわ」


 これから先きっとこういうことは何度もあるだろう。

 だから気にしすぎないようにしよう。

 

「うんうん、どのような方かとっても気になるわよね~。今度一度お話聞かせてもらいたいわ~。ああ、でも、高貴な方だから難しいかしら。あたしたちみたいなただのメイドだとさすがに相手にしてもらえないかしらね~」


 慣れないことでも過剰に恐れる必要はない。

 誰も死神や悪魔ではないのだから。


 それからある部屋へ案内されて、ベリッツォと二人そこへ入る。


「これから何があるの?」

「簡単な挨拶と説明が」

「気をつけた方が良いポイントがあったら教えてほしいのだけれど」

「ダリアなら普通にしてて大丈夫だよ」

「分かったわ、じゃあ取り敢えず大人しくしておくわね」


 待機中紅茶とお菓子のセットが出された。

 辺りに漂う柔らかくも深みのある紅茶の香りが優しくマッサージして心をほぐしてくれるかのようだ。


 ベリッツォと二人で一つの横長ソファに座っていると、何だか特別な二人になったみたいでドキドキしてしまう。


 沈黙の中、背後から「素敵な女性ねぇ」「どんな人か早く知りたいわぁ」なんて会話が聞こえてきて、つい反応してしまいそうになるけれど――動じないでいるよう意識することで何とか反応しないままでいることに成功した。


 ……それにしても人生とは不思議なものだ。


 この前まではエーリオと結婚すると思っていた。

 それは私にとっては当たり前のことだったし当然の未来だった。


 けれども関係は一瞬にして壊されて。


 エーリオとは終わった。それも最も酷い終わり方で。心に剣が深く突き刺さるくらい。もうとにかく凄まじい終焉。身体に傷はないけれど、心には癒えることのない傷がつくような、そんな終わりが待っていて。


 だがそれは私が絶望へ堕ちるための出来事ではなかった。


 あの時の痛みが彼と再会させてくれた。

 あの時の悲しみは私に希望ある未来を授けてくれた。


 私が今、こうしてここで穏やかな笑みを浮かべていられるのは、あの出来事があったから。


 婚約破棄されて。

 悪者扱いされて。


 それらを越えて、今日が在る。


「ダリア?」


 ――と、隣にいるベリッツォから急に声をかけられる。


「どうかした?」


 ベリッツォはこちらをじっと見つめながら心配したような顔をしている。


「いえ。……私、何か変だったかしら」


 だから私は敢えて微笑む。


「ぼんやりしているみたいだったからさ」


 彼はとても優しい人で良い人、だからこそ心配させたくない。


「実はね、少し考え事をしていたのよ」

「考え事?」

「昔のことを考えていたの」

「どういう昔?」

「貴方に再会するほんの少し前のことよ。婚約破棄された時のこととか。それと、あそこで貴方に再会できて本当に良かったな、って。そういう感じのことを考えていたの。運命に感謝しながらね」

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