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1話「突然やって来たその日」

 私が生まれ育った国の王子であるエーリオ・ディッセンヴォフはある日のパーティー中に突然私を傍に呼びつけると。


「ダリア・フィーオン、君との婚約だが、破棄とすることとした」


 冷ややかな面持ちでそんなことを言ってきた。


 あっという間に会場内の空気が変わった。まるで白いキャンバスに大量の絵の具をこぼしたかのように。穏やかかつ楽しげだった空気は数十秒もかからずに気まずさを練って固めたかのような空気へと変わる。


 パーティー参加者でもある周囲にいた人たちは「なになに?」とか「これ一体どういう展開? わけ分かんない」とかひそひそ話をしている。


「君は!」


 しかし、そのような空気など一切気にせず、エーリオは続けるのだ。


「裏でずっと妹さんを虐めていたそうじゃないか!」


 ――そんな意味不明な言葉を。


「え……」


 心当たりがなさすぎて何も言えない。


「君の妹さんであるローズさんから相談されたんだ」

「ローズから……?」

「ああそうだ」


 確かに私には妹がいる。

 しかし妹ローズを虐めたことなんて一度もない。


 何なら家ではずっと彼女の方が可愛がられていたくらいだ。


「姉は外面は良いけれど実はずっと自分を虐めてきている、と。ローズさんは話をするのも辛い中でも努力して国の未来のことを考えて俺に打ち明けてくれた」


 エーリオはローズの主張を完全に信じ込んでいるようで、どんどん話を進めてくる。


「表向きは良い人でも家族に対してそのようなことをしている女性となると王子である俺には相応しいとは言えないな」

「待ってください、話が分かりません。私はローズを虐めたことなんてない。何かの間違いです」

「はあ? ふざけるな! ……実の妹を虐め、その勇気ある告発をもそのように否定し、君はどれだけ妹さんを侮辱するんだ」


 周囲の空気は冷えきったまま。


「君は気づいていないのかもしれないが、君が妹さんに対してしていることは犯罪のようなものだ」

「私は何もしていません!」

「犯罪者ほどそういうことを言うものだろう」

「事実です!」


 どうして私がこんなことを言われなくてはならないのか。納得できない。何の非もない人間がまるで罪人であるかのような扱いを受けるなど理不尽過ぎるだろう。


「この期に及んでまだ嘘を重ねるか。愚か者の極みだな、君は」


 なぜそんなことを……。

 どうして理解してくれないの……。


 悲しさが湧き出てきて、思わず泣いてしまいそうになって、でも堪えた。


 今は泣いている場合ではないから。


「ローズさんはこの話をする時いつも泣いていたよ。事実であっても姉を悪く言うのは辛い、って。良い妹さんだよな。悪しき姉のことすら姉として大切に扱おうとするなんて」

「……事実ではありません」

「まだ言うのか!」

「はい。私は圧に負けてありもしない罪を認めることはしたくないのです。ですから違うことは違うと言い続けます」


 理解してもらえなくても、それでも、真実を訴えることだけはやめたくない。


 だって私は悪いことなんて何もしていないのだもの。


 何なら妹ローズが私を虐めていたくらいだった。彼女は愛されているゆえにわがままな娘だったから。私はいつも二番目だった。何かを貰う時も、優しい言葉をかけてもらう時も、いつもそう。どんな状況であっても私は後回し。理不尽なほどにいつも彼女が優先されていた。我が家ではそれが当たり前のことだった。


 それなのに私が悪者にされるなんて、絶対に受け入れられない。


「私はローズを虐めていません」

「嘘をつくな!」

「嘘ではありません」

「嘘だろう!」

「いいえ」


 何度言われようとも。

 折れるつもりはない。


 婚約破棄はべつに構わない。

 けれども私が妹を虐めたという話だけは嘘であるとどこまでも主張し続けるつもりだ。


「ふざけるなよ! あまりにも酷い! なぜ家族である妹さんのことをそこまで悪く言えるんだ!」

「悪く言ってはいませんが」

「言っているじゃないか!」

「では、どこが悪く言っているのでしょうか?」

「……そ、そんなことはどうでもいいだろう」

「重要な点かと思うのですが」

「う、うるさいッ!! とにかく、君が悪いんだ! 彼女がそう言っていたからそうなんだ! もういい加減認めろ!」


 エーリオは鬼のような形相でこちらを睨んでくるけれど、もう何も感じない。


「認めろよ! 己の罪を!」

「いいえ」


 ……そうよ、彼はもう敵みたいなもの。


 穏やかだったあの日々は過去に溶けて消えた。

 そしてきっともう二度と戻らない。


「今すぐ認めろ!」

「私は自分が犯していない罪を認めることはしません」

「一国の王子である俺が認めろと言っているのだから、すぐに認めろ!」

「その点につきましては身分は関係ありません」

「ッ……み、認めろって言ってるだろうが!」

「事実でないことを事実であると曲げることはできません」


 ――と、そんなほぼ無意味なやり取りがやたらと長く続いて。


「い、いい加減にしろよおおおおおお! しつこすぎるだろおおおおおおお! いい加減認めろよおおおおおお! 悪事をよおおおおおおおおおお!」


 その果てで、子どものように激しく怒り出すエーリオ。


「お前さぁ! いつまで認めないつもりだ! ふざけんなよ! いつになったら罪を認めるんだよ! アホか? バカか? ゴミか? ふざけるなよおおおおおお! いい加減にしろよおおおおおおお! あまりにも悪女過ぎるだろうがあああああああ!」


 今のエーリオは冷静さを完全に欠いている。

 お世辞にも偉大とは言えないような状態だ。

 鬼のような形相、涙まで出そうなほどの感情の昂り、真っ赤になった顔面――完全にわがままを通そうとする子どものそれだ。


 彼の良い点であるそれなりに整った容姿も、今は、その精神性の未熟さに覆われて掻き消されてしまっている。


 周囲からは「殿下の未熟さが露呈してしまっていますわね……」「何あれ……さすがにちょっとみっともなくない?」「きっついわ」「うわあ……関係なくて良かった……」などといったエーリオを良く思わないような言葉がひっそりとではあるが発されていた。


 どうやら私以外から見ても今の彼はみっともない状態であるようだ。


「認めろよ! ダリア! 悪女がァッ!! 今すぐ罪を認めろ! 認めろおおおおおおおおッ!!」


 エーリオはまた叫ぶのだが――ちょうどその時、背後の扉が開いて。

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