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WILDSIDE - K.カレイドの消息 -

作者: 星賀勇一郎
掲載日:2024/10/22






「リニアに乗れば東京、大阪間なんて一時間で行き来出来るけど、リニアは疲れるのよね」


 彼女は新大阪駅に迎えに来ていたヨウジに荷物を渡しながら文句を言った。


「すみません……。わざわざ来て頂いて」


 先に車に乗り込んだ彼女を確認してドアを閉めると、ヨウジは運転席に乗り込んだ。


「とにかく失礼のない様にカレイドを迎えろって事だったんで……」


 彼女は後部座席で脚を組んで窓の外を見ている。


「一体何者なの……。そのカレイドって男は……」


 彼女はじっと窓の外を見つめたまま小さな声で言った。


「腕の良い殺し屋だって事と、外人だって事しかわかりません……」


「写真とかないの」


「ありません」


 彼女は後部座席からヨウジの座るシートを蹴った。


「それでどうやってそのカレイドとかいう男を出迎えろって言うのよ……」


「すみません……」


 ヨウジはペコペコと頭を下げた。

 そして車を発車させる。


「とりあえず事務所に向かいます……」


 すると彼女はまたヨウジのシートを後ろから蹴った。


「まずランチよ。こんなにお腹空いてちゃ、黒川の叔父さんにも悪態ついちゃうわ……」


「でも、組長には真っ直ぐ事務所にお連れしろって……」


 彼女はまたシートを蹴る。


「じゃあ東京に帰るわ。降ろしてよ」


 そう言い出した彼女にヨウジは慌てる。


「すみません。わかりました。アキさんに帰られると俺が殺されます……」


 ヨウジは情けない声を出して車を走らせた。


「何が食べたいですか……」


 アキは溜息を吐き、身を乗り出す。


「あんた馬鹿なの……。大阪って言ったらたこ焼きに決まってるじゃない」


 そう言うとヨウジの頭を叩いた。


「たこ焼き……ですか……」


「大阪で一番美味しいたこ焼きね。不味かったら私があんた、殺してあげるわ」


 ヨウジの運転するベンツは御堂筋を南に走る。


「で、そのカレイドの来日予定はいつなの」


 アキは髪の毛の先を触りながら訊いた。


「明日です……。明日の夜の予定です」


「予定……」


 ヨウジは首を傾げながら、


「とにかく何にも情報が無いんで……。ちゃんとその便で来てくれるかどうかも……」


 アキは呆れてシートに身体を沈めた。


「そんな男、信用できるのかしら……」


「はぁ……」


 ヨウジは不安そうな表情を浮かべた。






 男はタクシーの窓から連なる金網を見つめていた。


「なあ、あの金網は何だ……」


 男は運転手に訊いた。


「ああ、あの金網から西はワイルドサイドって呼ばれてる地域です。一般の人が入るにはなかなか勇気のいる場所ですね……」


「ワイルドサイド……」


 男はその金網の向こうの時間が止まったような古い町並みを見つめた。


「いわゆる経済特区ってヤツでして……。地元の人間は「トック」なんて呼んでます。特区なんて言えば聞こえは良いんでしょうけど、この街から切り捨てられた地域です」


 男はそれを聞きながらじっとその金網の向こうの特区を見ていた。


 これが特区か……。


 男はポケットに入れた携帯電話が振動している事に気付いた。

 ポケットから出して画面にタッチした。


「ああ、俺だ……。今向かっている……。ああ、大丈夫だ……」


 それだけ言うと電話を切った。


「あとどれくらいで着く……」


 男は運転手に訊いた。


「もう、そこですよ……。ほら……」


 運転手はハザードを付けて車を停めた。


 男は鐘を払ってタクシーを降りた。


 すると一人の若い男が手を振っているのが見えた。


「待ちましたよ、キイチさん……。でも、何でたこ焼き屋なんですか……」


 キイチはその男の肩を叩いてたこ焼き屋の暖簾を開いた。


「大阪と言えばたこ焼きだろう……」


 そう言うと中に入って行った。


 二人はたこ焼きとビールを注文すると店の端のテーブルに座った。


「大阪は何年ぶりですか……」


 男はキイチに訊いた。


「大阪か……。三年……いや、四年かな……」


 キイチはタバコを咥えて火をつけた。


「前に来た時はマサはまだ高校出たての頃だったな……」


「ああ、じゃあ四年ですね……」


 マサもタバコに火をつけた。

 マサのタバコは妙な匂いのする煙を吐き出す。


「何だ、そのタバコは……」


 マサは手に持ったタバコをキイチに見せながら言う。


「あ、これですか……。トックで売られてるタバコです。安いんですよ。ひと箱五百円。キイチさんのタバコの半値です」


 そう言ってまた煙を吐いた。


「東京オリンピックの頃……。三十年前の値段で買えるタバコですよ……。慣れるとそう嫌な味でもないですよ……。どうですか……」


 マサはキイチにそのタバコを勧めた。


「いいよ……」


 キイチはそのタバコのパッケージを見た。

 そのパッケージには「ワイルドサイド」と書かれてあった。


「しかし、特区には何でもあるんだな……」


 マサは頷く。


「今、日本に特区は二十か所あります。その中でも最大の特区がここです。特区同士はそれぞれに交流があり、互いを補っています。特区に生まれたモノは一生そこから出なくても生きていけるって言われる程になってますね……」


 マサはキイチに説明してタバコを消した。


「その特区の中に居る女を探せって事だったな……」


 キイチがそう言うと、ちょうどたこ焼きとビールが運ばれてきた。


「ええ、三年前に特区の奴らに誘拐された少女……。当時、高校生だったんで、今は二十歳くらいですね……」


 マサはポケットから一枚の写真を出してテーブルの上に置いた。


「名前は三枝アオイ、神戸の社長令嬢です。誘拐されたという事だったのですが、その後一切の身代金の要求などもなく、単なる失踪事件として扱われています」


 写真には結構な美人の少女が写っている。


「生きてるか、死んでるかも、わからないんだろう……」


「それが彼女を見たって情報が結構あって……」


 キイチはたこ焼きを口に入れる。

 熱くて目を白黒させながらビールを飲んだ。






 アキは特区の金網を見ながら髪の先を触っていた。


「最近はトックの連中はどうなの……」


 ヨウジはルームミラーでアキの顔を覗く。


「最近は大人しいですね……。トックの連中とまともにやり合おうとしたヤクザは全部潰されちゃいましたけどね……」


 アキは道沿いに続く金網を見つめながら髪を掻き上げた。


「トックなんかとまともにやり合おうって方が馬鹿なのよ……。あんな危ない奴らは上手く使えばいいのよ……」


 ヨウジはハザードを出して車を歩道に寄せた。


「組長も同じ事言ってましたよ……」


 ヨウジはシートベルトを外してエンジンを止めた。


「着きましたよ……」


 そう言うと車を降りてドアを開けた。


 アキはゆっくりと車を降りて、街の匂いを嗅ぐ様に深呼吸した。


「特区の匂いがするわね……」


 そう言ってたこ焼き屋に入って行った。

 その後ろをヨウジが着いて行く。


 アキは大盛りのたこ焼きと烏龍茶を注文して奥の席に座り、ライダースジャケットを脱いだ。

 ヨウジも注文してアキの向かいに座った。


「ここが一番美味いんです……」


 ヨウジはそう言うとニコニコしながら周囲を見渡した。


「あれ……マサ……」


 隣の席に座る男を見てヨウジは言う。


「おお、ヨウジ……。何だよ、こんなところでデートか……」


 マサは向かいに座るタンクトップ姿のアキをジロジロ見てそう言った。


「あんた、殺すわよ……」


 アキはマサを睨みつける様に見て凄んだ。


 マサは一瞬身を引いて眉間に皺を寄せた。


「何だよ……。過激な彼女だな……」


 ヨウジは慌てて首を横に振ると、


「違うんだ……。組長の姪御さんなんだよ……」


 マサの向かいに座るキイチはじっとアキを見ていた。


「あ、キイチさん。こいつ、俺の高校のダチで、ヨウジ。ミナミのヤクザです」


 キイチは興味無さそうに頭を下げるとビールを飲み干した。


「この人はキイチさん。ちょっと人探しするのに助けてもらおうと思って……」


「ヨウジっす」


 ヨウジは立ち上がってキイチに頭を下げた。


「組長にこんな姪御さんが居たなんで初耳だな……」


 マサは皿に残ったたこ焼きを口に入れた。


「東京から来てもらったんだよ……。ちょっと海外から客が来るもんで……」


 キイチは大声でビールのお代わりを頼んだ。


「何だ、最近のヤクザは通訳も使うのか……。ワールドワイドになったねぇ……」


 それが気にくわなかったのかアキはキイチを睨んだ。


「迷子センターの人も大変ね……。こんなところまで借り出されて……」


 アキは届いた烏龍茶を飲みながら言う。


「まあまあ……」


 マサとヨウジは立ち上がって二人を宥めた。


 ヨウジの携帯電話が音を立てる。


「あ、組長っす……」


 ヨウジはそう言って店の外に出て行った。


「はい、ヨウジです」


 ヨウジはたこ焼き屋の角を曲がり静かな場所に立った。


「ヨウジ……。アキはまだ来ないのか……」


 電話の向こうで組長の黒川が苛立っている様子が分かった。


「すみません。どうしてもたこ焼きが食べたいっておっしゃって……」


 ヨウジは電話を片手に深々と頭を下げた。


「そんな事だろうと思ったよ……」


 黒川はクスクス笑いながら言った。

 それでヨウジは胸を撫で下ろした。


「良いか、たこ焼き食い終わったら事務所に連れて来いよ……」


 黒川はそう言うと電話を切った。


「はい、わかりました」


 ヨウジは大声で切れた電話に言うとまた頭を下げた。


 ヨウジは携帯電話をケツのポケットに入れながらたこ焼き屋の角を曲がった。

 すると目の前に停めた車のドアをこじ開け、中のアキの荷物を盗もうとしている男女が居た。


「おい、お前ら、何をやってるんだ」


 ヨウジは大声で叫んだ。

 そして目の前の男の袖を持って捕まえようとすると、その男はヨウジの顔面を思い切り殴り付けた。その反動でヨウジはたこ焼き屋の引き戸に身体をぶつける。


 その音に気付き、マサとキイチはたこ焼き屋の入り口を見た。

 マサは立ち上がって、外を見に行く。

 そこにはヨウジが倒れていた。


「おい、ヨウジ……。どうした……」


 マサの後ろからキイチが顔を出す。

 そして少し離れたところを振り返りながら逃げる男女を見つけた。


 アキもたこ焼きの皿を手に持ったまま店から出て来た。


「あ、私のバッグ」


 アキは逃げる二人を指差して言う。


 キイチは座り込んでいるヨウジに手を出した。


「おい、キー貸せ……」


 ヨウジは慌ててジーパンのポケットからキーを出した。


「キイチさん……」


 マサは不安そうに首を横に振った。


「ヤバいよ、奴らトックだ……」


 キイチはその腕を振り払って車に乗り込んだ。

 するとたこ焼きの皿を持ったまま、後部座席にアキが乗り込んで来た。


「早く、追いかけて」


 アキは後ろから叫ぶように言う。


「うるさいな……」


 キイチはエンジンをかけると一気にアクセルを踏んだ。

 後輪を滑らせながら車は一気に走り出し、逃げる男女にすぐに追い着いた。


 アキは窓を開けて身を乗り出した。


「返しなさいよ」


 そう言うとアキのバッグを胸に抱いて走る女の腕を掴んで振り回した。

 その女はそのまま電柱にぶつかって倒れた。


 キイチとアキは車を降りて、倒れた女と立ち尽くす男の傍に歩いた。


 アキは立ち尽くす男の前にズカズカと歩き、いきなり股間を蹴り上げる。

 男は股間を押さえてアスファルトの上に転がった。


「私のバッグ盗もうなんて二百年と十七日早いわよ」


 アキは女の胸から自分のバッグを引き抜いた。







「キイチさん。ヤバいっすよ。こいつら早く解放した方が良いですって……」


 マサはキイチの傍で周囲を見渡しながら何度もそう言う。

 キイチはそれを無視して、正座させた男の胸倉を掴んだ。


「こいつ知ってるか……」


 そう言ってジャケットのポケットから一枚の写真を出した。


「し、しらねぇよ……」


 男は顔を背けた。

 キイチはその写真を女にも見せた。

 女は無言で横を向く。


「そうか……。ワイルドサイドってところは結束も硬いんだな……」


 キイチが振り返ると、車に寄りかかってたこ焼きを食べるアキが見えた。


「何よ……。そろそろ私の番……」


 アキはたこ焼きの皿を車の屋根の上に置いて、ゆっくりとやって来た。

 そして男の前にしゃがむと顎を取った。


「あんたさ……。トックだか何だか知らないけどさ、こっちもヤクザなのよね……。それなりのオトシマエってヤツ……、付けさせてもらわないとメンツが立たないのよ……」


 そう言うと立ち上がって男の顔面に膝蹴りを入れた。


 慌ててヨウジがアキを後ろから羽交い絞めにして引き離した。


「アキさん。やり過ぎっすよ……」


 アキのストッキングの膝の部分が破れ、白い足に血が付いている。


 男は前歯が折れ、血を吐きながら気絶した。


 キイチは苦笑して腕を組み、車に寄りかかる。


 興奮したアキはキイチを見て、


「ほら、あんた……。この女、やりなさいよ」


 キイチはタバコを出して火をつけた。


「やるって何を……」


「男が女にやるって言ったら決まってるでしょ……。犯すのよ……」


 キイチは呆れて煙を吐いた。


「あいにく、素性のわからない女とはしない事にしてるんでね……」


 キイチはアキから目を逸らし、周囲を見た。


「あれ……」


 道路の両側からこちらに迫る数十人の武装した集団がいる事に気付いた。


 マサもそれに気付き、


「トックだよ……。ヤバいっすよ……」


 ヨウジは車に乗り込んでエンジンをかけた。


 アキは車の屋根に置いた皿を取り、たこ焼きを口に入れながらそれをじっと睨んだ。


「あんたら馬鹿だねぇ……。私らに手を出して、タダで帰れると思わない方が良いわよ……」


 正座させらていた女がゆっくりと立ち上がりながら言う。


「あいにく、他所モンなんでね……。トックのルールとか知らないのよね……」


 アキはたこ焼きを食べ終えると、皿を地面に叩き付けた。

 それを合図に迫っていた集団が走り出した。


「乗ってください」


 ヨウジは大声で叫んだ。

 アキとマサ、キイチは後部座席の乗り込んだ。

 そして勢いよく車を走らせるが迫るトックの連中はその車をバットで殴りつけた。

 一瞬でフロントガラスは粉々に砕け前が見えなくなる。


 キイチは後部座席から前に移る。


「ヨウジ、代われ」


 そう言うとヨウジは助手席へと移った。

 キイチは割れたフロントガラスを肘で叩き割ると思い切りアクセルを踏んだ。

 トックの連中の何人かが車に弾き飛ばされ、アスファルトの上でのた打ち回った。

 すると今度は思い切りバックして後ろの連中を弾き飛ばした。


「あんたやるねぇ」


 アキだけが後部座席で手を叩いて喜んでいる。

 既にヨウジとマサには顔色は無かった。


 それでもトックの連中は車を手に持った武器で叩き付ける。

 高級車はボコボコになり、それでもキイチはアクセルを踏み、トックの連中を何人も跳ね飛ばした。


「マサ。特区への入り口は何処だ」


 マサは身を乗り出した。


「キイチさん。まさか、このまま特区に入るつもりじゃないでしょうね。ダメですよ。殺されますって……」


 そのマサをアキは思い切り叩いた。


「あんたは黙って入り口を教えれば良いのよ」


「でも……」


 そう言っている間にリアガラスもバットで殴られて粉々になった。

 アキはそのリアガラスを蹴ってフレームから外した。


「視界良好」


 楽しそうにそう言うと、携帯電話を出して、迫るトックの連中の写真を撮った。


「仕方ない。このまま突っ切るぞ」


 キイチはアクセルを目いっぱい踏み込んだ。

 流石にそのスピードの車に轢かれると死ぬと思ったトックの連中は道を開けた。

 そのまま車は北へと走って行った。







「冗談じゃないっすよ。トックと戦争しに来たんですか。依頼したのは女を探す事だけっすよ」


 マサは後部座席で騒ぐ。


「いちいちうるさいわね。仕方ないでしょ。こうなってしまったんだから……」


 アキは髪に付いたガラスの破片を取りながらマサに文句を言った。


「誰のせいでこうなったと思ってるんだよ」


 マサはアキに大声で文句を言う。


 キイチは短くなったタバコを窓から捨てた。


「わかったよ。お前ら降りろ……」


 そう言って車を停めた。


「特区へは俺一人で行く」


「マジすか……」


 ヨウジとマサは同時にそう言った。


「ヤクザの車には拳銃とか隠してないのか」


 ヨウジは無言で首を横に振った。

 キイチは小さく頷く。


「とりあえず、行ってみるわ。ワイルドサイドがどんなところかってのも見てみたいしな……」


「私も行くわ……。売られた喧嘩、買わないと女が廃るしね……」


「アキさん……」


 ヨウジは助手席からアキを振り返る。


「あんたはさ、叔父さんとこ行って、状況を説明してきなさいよ。この弱虫も連れてって。邪魔になるから」


 マサはその言葉にアキを睨んでいたが、それよりもトックの連中の方が怖かった。

 すぐにアキから顔を背けた。


 渋々ヨウジとマサが車から降りると、アキは助手席へと移って来た。


 キイチは横に座るアキをじっと見た。


「何……。二人になったからって襲わないでよね……」


 アキはライダースジャケットの前を合わせた。


「行ったろ……。素性のわからない女とはやらないって……」


 キイチはそう言うと微笑む。


「それより本当に良いのか……。通訳出来なくなるかもしれないぞ」


 アキはガムを口に入れて歯を見せた。


「今時、通訳くらいその辺にゴロゴロしてるでしょ……。AIにだって簡単に出来るわよ……」


 キイチは頷く。


「そうだな……」


 そう言うとアクセルを踏んだ。


 アキが風になびく髪を気にしながら後ろを見ると歩道に立ち尽くすヨウジとマサの姿が見えた。


「えーっと……。キイチだっけ……」


 アキがキイチを見て言う。

 風の音で声も聞き取り辛い。


「え、何」


 キイチは大声で訊き返した。


 アキはキイチに近付き、


「どうするの、これから」


 大声でそう訊いた。


 キイチはニヤリと笑って、


「ノープラン。このまま突っ込む」


 そう言うと特区の通用口になっているゲートに車ごと突っ込んだ。


 ゲートの門を薙ぎ倒し、そのまま特区の中の道を走った。






 特区の中の道は入り組んでいて、ゆっくりとその道を走る。

 すると工場の門の様なところがゆっくりと開いた。

 そして少年が顔を出して中に入れと手を振った。


 キイチとアキは顔を見合わせて頷くと、その工場の中へと入って行った。

 そのまま車を工場の建物の中へと突っ込んだ。


 エンジンを止めると少年は工場の扉を閉めて、車にブルーシートを被せた。


「あんたら北門破った人だろう……」


 少年は目を輝かせて言う。


「すげえな……。ここの連中、必死になって探してたぜ……」


 少年はその工場の傍に立つ小屋の中にキイチとアキを誘った。


「入んなよ……。汚い所だけど……」


 少年はそう言うと先に小屋に入り、裸電球をつけた。


「こんな事して大丈夫なのか……。お前も特区の人間だろう……」


 キイチは小屋に入ると少年に訊いた。


 古い冷蔵庫から缶コーラを出して胸に抱えた少年はそのまま動きを止めた。


「ここの住民みんなが、アイツらの味方って訳じゃないんだ……。特区なんてクソくらえって思ってる人も大勢いるんだよ……」


 静かにそう言うとキイチとアキを見てニコニコと笑った。

 そして小さなテーブルに缶コーラを置いた。


 アキはその小屋の中を見渡した。


「あんた名前は……」


 アキがそう訊きながら棚の上の写真を見つけた。


「俺はトシヤ。ただ特区の人間なんで、通称って事になるね……」


「通称……」


 トシヤはテーブルの傍に木箱を引っ張って来て座った。

 それを見てキイチとアキもギシギシと音のなる椅子に座った。


「ここが特区になってなら、まともに住民登録ってのも受け付けられてないらしいんだ。だから正式に言うと俺はこの世に生まれていない人間と同じなんだ……」


 トシヤは明るく言った。


「一人で暮らしてるのか……」


「ううん。親父と二人……。そこの工場も昔は親父が何人も従業員を使ってやってた工場だったんだけど、何年か前に閉めちゃって。今は、少し南に行ったところにある工場で働いてる」


 トシヤは缶コーラを開け飲んだ。


「俺もいつか特区から出たくてさ、ここじゃ学校も行けないし……」


 キイチも缶コーラに手を伸ばした。


「学校……。無いのか……」


「あるよ。あるにはあるけど、俺たちはほら、この世にいない筈の人間だからさ……」


 アキもコーラを開けて口を付ける。


「何のための特区なのよ……」


「特区なんて名前を付けて保護するって言えば聞こえは良いが、実は厄介な地域を封鎖するために当時の市長が取った政策だ……。この地域だけが何をやっても許されるが、何も権利をもらえない。それが特区ってヤツだ」


 小屋の入り口から男の声がした。


 キイチとアキはそれを見た。


「親父……」


 トシヤはその男にそう言った。


「お前たちが……。北門を破って特区に侵入したってのは……」


 床にバッグを置いて腕を組んだ。


「トックの奴ら血眼で探してたぞ……」


 キイチは立ち上がった。


「あんたたちに迷惑をかけるつもりは無い。すぐに出て行くさ……」


 親父は冷蔵庫から缶ビールを出して開けた。


「迷惑なんて言ってないさ……。ここにいれば安全だからな……。ただ、この特区に遊びに来た訳じゃないんだろう……」


 親父も木箱を持ってテーブルの傍に座った。


「特区……。その中でも一部の過激派の事を「トック」って外では呼んでいるらしい。そいつらの事はカタカナで「トック」と書く。しかし、ここでは普通に暮らしている人間もいるんだ。もっとも普通に暮らしてても、この特区の中で働いているんだ。そのために犯罪の片棒担ぐくらいの事は誰でもやっている。生きるためにな……」


 親父はビールを飲んだ。


「つまり非合法なモノをこの特区では作っているという事だな……」


 親父は頷く。


「武器、薬、密造酒、タバコ……。特区の中では紙おむつからナパーム弾まで作っている。それだけじゃない。死体を溶解して海に流すなんて事をやっている連中もいる……。ここで殺されたら死体なんて出ては来ないさ」


 キイチはポケットから皺の寄った写真を出した。


「この女知らないか……」


 親父はその写真を手に取った。

 そして横からトシヤも覗き込んだ。


「この女がどうした……」


「探している」


「何故」


「依頼されたからだ」


「殺すのか」


「まさか……」


 キャッチボールの様にキイチと親父の会話が進む。


「三枝アオイだな……」


 キイチは身を乗り出した。


「知っているのか……」         


 親父はニヤリと笑った。


「知ってるも、何も……、その三枝アオイがトックのリーダーだよ」






 トシヤの親父は表で飼っている鶏の首を刎ねて軒下に吊るした。

 切られた首から真っ黒な血が滴り落ちる。


「二年程前まで、伊賀地という爺さんがトックを仕切ってた。当時は自衛団として作った武装集団だった。周囲からの弾圧もひどかったしな。俺も当時はその自衛団に居たんだ。伊賀地の爺さんが死んで、その孫娘を名乗る三枝アオイがトックを継いだ。まあ、孫娘じゃないとまとめる事も出来なかっただろうな……。それほどに伊賀地の爺さんにはカリスマ性みたいなモンもあったんだ」


 親父は鍋を洗いトシヤに渡すと、それを持って小屋の中に入って行く。

 そして軒下に吊るした鶏の腹をナイフで開いた。下に置いた桶の中に鶏の内臓が落ちて異様な匂いと湯気を発していた。


「アオイが継ぐと直ぐに若い奴らがトックに合流した。トックの半分はワイルドサイドの人間じゃない。外で法を犯し、ここに逃げ込んできた連中だ。どうやって集めたのか知らんが、やけに血生臭い奴らだ。伊賀地の爺さんに惚れ込んでトックとして動いていた奴らは、さっさと抜けて、ここを出るために必死に働いてるよ……。まあ、まともな仕事って言えるかどうかは別としてな……」


 キイチは鶏の羽を毟る親父を見ながら頷く。


「志庵……。志って字に庵。みんなアオイの事をそう呼んでいる。アオイって名前を捨てて、ブルーではなくシアン……それに漢字を当てたんだろう……。そうやって彼女は自分のカリスマを作り上げて行った。今じゃ単なる過激派みたいなモンだ……。碌なもんじゃねぇ……」


 親父は鶏を捌くとそのまま桶に入れて小屋に入った。

 そしてその桶をトシヤに渡した。

 トシヤはその鶏を水で洗い、鍋に入れた。


「その志庵をどうするって……」


 親父は手を洗いながらキイチに訊いた。


「その女は、どうやらどっかの社長令嬢らしい。二年前に誘拐されたと騒ぎになったようだが、身代金の要求もなく、単なる家出って事で治まったようだ。で、ここにいる事を嗅ぎつけた親が、連れ帰れって依頼してきたんだろうな……」


 キイチは椅子に座りながら言う。


「しかし、そんなに居心地の良い場所なら帰るなんて言わねぇだろうし……」


 キイチはポケットから携帯電話を取り出した。

 しかしそこには圏外の表示が出ていた。


「無駄だよ……。ここは携帯電話なんて一切繋がらん。そんな妨害工作をしている奴らが居るんだ。外で犯罪を犯して、この中に逃げ込んだ奴の中には切れ者も多い。外との通信は限られた場所でしか出来ない。だから内部の情報が外に漏れる事も無いんだろうけどな……」


 アキは二人の会話を聞きながらじっと窓の外を見ていた。


「その女……。志庵だっけ……。どこにいるかわかるの……」


 アキは脚を組み直した。


「ああ、特区の中央に志庵の居城がある」


 アキは立ち上がって背伸びした。


「キイチ……。どうせ行くんでしょ……」


「ああ、行かなきゃ仕事にならんしな……」


 キイチはそう言って微笑んだ。


「鶏鍋ご馳走になったら行くか……」


 アキは眉を寄せた。


「あれ……食べるのね……」







 トシヤの親父は床板を剥いで、油紙に包んだ拳銃を取り出した。

 そしてその拳銃を床に並べた。


「ここで作られたモンだ……。アメリカ製の拳銃の完璧なコピーだ。トカレフなんかよりも信頼できる」


 キイチはその銃を見下ろしていた。


「金に困ったら売り飛ばそうと思っていたが、お前にくれてやるよ……」


 親父はそう言うと拳銃の弾の箱を二つ積んだ。


「こんなにはいらないか……」


「ひと箱ありゃ十分だよ……」


「ほんなほとひわないで……ほらっときはよ」


 鶏鍋で口の中をいっぱいにしたアキが何か言っているがキイチにも聞き取れなかった。


「嫌そうな顔してたくせに……。ガツガツ食いやがって……」


 キイチは床に並んだ銃を背中と腹に一丁ずつ挟んだ。

 そしてアキの前にも一丁置いた。


「三丁でいい。後は困った時に俺が買いに来る」


 キイチはそう言うと弾の入った箱を手に取った。


「鶏鍋ってこんなに美味しいのね……」


 アキは拳銃を背中に挟みながらまた器に鶏を入れる。


「私も鶏飼おうかな……」


 そう言って熱そうに鶏肉を口に入れた。


「あっちはどんな武装してるの」


 アキが振り返って親父に訊いた。


「拳銃くらいは持ってるだろうな。後は未知数だ……。殆どはここから外に流して金にしてる。良い金になるしな」


 親父は床板を閉めながら言う。

 そして鍋を覗き込んで、


「もうないじゃないか……」


「ごめん。つい美味しくて食べちゃった」


 アキはそう言うと立ち上がった。


「ご馳走様でした……」


「しかし、志庵を連れ去るってのは難しいと思うが……。なんか作戦はあるのか」


 親父は鍋に残った鶏を器に入れながら訊いた。


「キイチはノープランな男よ。多分デートしても女が退屈する男ね……」


 アキは窓の外を見ながら言った。


「今までそれで生きて来たんだ。問題は無い」


「今まではね……。トックの連中は違うわよ。武器も持ってれば、外の人間に敵対心もある」


 アキは振り返ってキイチを見る。


「多分、今までのあんたの敵とは大違いよ……」


「何だお前、ここに来て怖気づいたか」


「誰が。あんたこそ、自分の愚かさに気付いて泣きたいんじゃないの」


「はあ、お前なに言ってんだ。怖いなら帰ってもいいんだぞ」


「冗談じゃないわよ。ここまで来たら絶対その志庵とかっていう女、ここから引っ張り出してやるわよ」


 親父とトシヤは二人のやり取りを笑いながら見てた。

 そして親父は立ち上がり、本棚の本を数冊引っ張り出すと、その奥からサイレンサーを取り出した。


「どうせ今から行くんだろう……。静かにやってくれ……」


 そう言うと二人にそれを渡した。






 小屋を出て、二人は瓦礫の間に身を隠す様にして特区の中央にある志庵の居城へと向かった。


「お前、銃……撃った事あるのか……」


 キイチはアキに訊く。


「ハワイでね……。二十ドルで六発。なかなか成績は良かったわよ」


 キイチはニヤリと笑った。


「それは即戦力だな……」


 そう言うと歩き出す。


「何よ……。あんたはあるの……」


 キイチはニヤリと笑った。


「ゲームセンターでな。なかなか成績は良かったよ」


「そう……。じゃあ私たち最強ね……」


「そういう事だ……」


 二人は大通りへ出た。

 そして目の前に見える志庵の居城を眺めた。


「これか……」


 キイチはその不気味なドームの様な建物を見つめた。


「近代アートか……」


「じゃあ行きましょうか……」


 アキが歩き出すのをキイチは止めた。


「何よ……。あんたまさか、本当に怖気づいたんじゃないでしょうね……」


 アキの口をキイチは塞いだ。


「声がデカい……。ちょっと欲しいモンがあるんだ……」


 キイチはまた身を屈めながら瓦礫に隠れた。


「親父……ナパーム弾、作ってるって言ってたよな……」


 アキは無言で頷いた。


「ナパーム弾……。そんなモンどうするのよ。本当に戦争でもやる気なの……」


 キイチは親父に書いてもらった簡単な地図を広げた。

 志庵の居城の少し南に「NP」と書いてある場所があった。


「先にこの工場だ……」


 そう言うと通りを小走りに渡ってまた身を隠した。


「ナパーム弾なんてどうする気なのよ……」


 アキは文句を言いながらキイチの後を着いて行く。


 その工場はすぐに分かった。

 入り口に外灯があったが、狭い範囲を薄暗く照らしているだけで、工場は閉まっている様子だった。


 キイチは身を隠しながら近づくと、金網を一気に登って工場の敷地に下りた。


「もう……」


 アキも同じ様に金網を越える。


「こんな事ならスカートなんて穿いて来るんじゃなかったわ……」


 そう文句を言って金網から飛び降りた。


 何の警備もなく、工場には誰一人いない。

 通常、ナパーム弾を作っている工場ではありえない光景だが、特区の中の秘密工場である故の事だろう。


「何を探しに来たのよ……」


 工場の中を探し回るキイチにアキは訊いた。


「ナフサ……」


「ナフサ……。何それ……」


 キイチは端に積まれた燃料タンクを見つけて、その蓋を開けると匂いを嗅いだ。


「これだ……」


 キイチは蓋を閉めるとそれを一つ手に持った。


「さあ、行こう……」


 アキは溜息を吐くと頷いた。






 工場を出て、思案の居城の傍に燃料タンクを隠し、男二人が守るそのドームの入り口を見た。

 二人の男も一人は椅子に座って眠っていて、もう一人は鉄パイプにぶら下がって懸垂をしていた。


「まったく呑気なモンね……」


 アキは苦笑しながら言った。


「この特区の中に敵なんていないと思ってるからさ……。普段はあんな二人もいないんじゃないか……」


 アキは背中から銃を取り出して安全装置を外した。


「どうする……。無駄な殺生する」


「坊さんだって蚤やダニは殺すだろうさ……」


 キイチはそう言うと銃を抜いた。


「待って。私良いモノ持ってるのよ……」


 アキは背中に背負ったバッグを開けると、その中から手榴弾を二個取り出した。


「手榴弾……」


「そう。ディスカウントスーパーで売ってたのよ……」


 アキはピンを抜いてドームの入り口に向かって投げた。


「おい……」


 その手榴弾から白い煙が噴き出した。


「ハバネロの煙だって……。目が開けられなくなるらしいわよ……」


「何だこの煙……」


「目が……、目が……」


 入口に立つ二人が苦しみ始めた。

 それと同時にキイチとアキはその二人を銃で殴り気絶させた。


「最近のディスカウントスーパーはこんなモンまで売ってるのか……」


 キイチは苦笑しながらアキに言った。






 キイチとアキは銃を構えて、通路を歩く。

 志庵の居城は思ったよりも広く、中は迷路の様になっている。


 足音が聞こえ、二人は傍にあった部屋に入って身を隠した。


「しかし、何処行ったんだろうな。昼間の奴ら」


 通路から男の声が聞こえた。


「北門破って、その後車ごと消えてしまってるしな……」


「北門から出て行った形跡はないのか」


「ああ、北門はその後、厳重に見張られてるからな……」


「誰かに殺されたのかもな……」


「違げぇねぇ」


 二人は笑いながら歩いて行った。


「あれ、私たちの事よね……」


 アキが小声で言う。


「ああ、そうだろうな……」


 キイチはタバコを咥えて火をつけた。


「ただ、思った以上に警戒はしていない。ここに潜入するなんて微塵も思っちゃいないだろう」


 そう言うとキイチは拳銃の先にサイレンサーを付けた。

 それを見てアキも同じようにした。


「あんた何で、こんな危ない仕事受けたのよ……」


 アキは箱に座り脚をブラブラと揺らしながらキイチに訊いた。


「アオイ……。志庵を今更助け出したくなったって事の真相が知りたかったのさ」


 キイチは煙を吐きながら言った。


「もう二年も前に家を出て、行方不明になっている少女を、何故二年も経って救い出そうとしているのか……。なにかそこには裏がありそうだろう……」


 アキは箱から飛び降りた。


「キイチ……。やっぱあんた変わってるわね……」


 キイチはタバコを足元に落としてつま先で消した。


「探偵なんてさ、まともに探偵らしい仕事するのは年に一度か二度。あとは探し物や、身辺調査。それに……」


「それに……」


 キイチが指を一本出して口に当て、銃を構えた。

 アキもそれに気付き、箱の陰に身を隠す。


 ドアが開き、台車を押して一人の女が入って来た。

 そして部屋の中をじっと見渡す。


「何だ……この匂いは……」


 そう呟くと、床に落ちたキイチの吸ったタバコの吸い殻を見つけた。


「ここでタバコ吸ったのか……」


 そう言ってそのタバコを拾う為に身を屈めた時にその女の頭にキイチは銃を当てた。


「動くな……」


 女はゆっくりと両手を上げた。


「北門から侵入した奴らか……」


 アキも箱の陰から出て来て、その女の背中に銃を当てた。


「ごめんね……。ご存じの通り二人いるのよ」


 アキはその女を身体検査した。

 スカートの下の太ももに巻いたベルトに銃が刺してあるのを見つけた。


「セクシーなのはわかったわ……」


 アキはその女の銃を自分のスカートの腰に挟んだ。


「志庵のところに案内してもらおう」


 キイチは銃口でその女の頭を突いた。


「志庵が目的なのか……」


 女はゆっくりと振り返る。


「今はな……」


 そう言うと女の後頭部に銃を突きつけ、ゆっくりと部屋のドアを開けた。


 手を上げたまま女は通路を歩く。


「立った二人で何が出来ると言うんだ……」


 女は小さな声で言った。


「心配ご無用……。外には数千人の助っ人が待機している……」


「数千……」


 女はドアの前で立ち止まった。


「ここか……」


 キイチが訊くと女は小さく頷いた。


「中には何人いる……」


「志庵、一人だけだ……」


 キイチはドアを開けると、その女を部屋の中に蹴り込んだ。

 その瞬間、ボーガンの矢が無数に放たれ、女の身体はハリネズミの様になった。

 キイチとアキが中を覗き込むとその女の身体はゆっくりと崩れる様に倒れた。


 そしてボーガンを構えるトックの連中の中央に志庵の姿を見つけた。


「ひどい事するなぁ……。仲間までやっちまうのか……」


 志庵はニヤリと笑った。


「仲間……。死んだら仲間じゃない……。死ぬまでしか役に立たんからな……」


 志庵はまた撃てと合図した。

 その瞬間、キイチとアキに大量の矢が浴びせられた。二人はドアの外に身を隠して銃を構えた。


「志庵……。いや、三枝アオイ……。お前を迎えに来た」


 矢が止むとキイチは志庵に言う。


「懐かしい名前だな……」


 そう言い終えるとまたボーガンを構えさせる。


「貴様に私を連れ去る権利などない」


 そう言うとまた撃てと合図する。


 キイチとアキはまたドアの外に隠れた。

 ボーガンの矢はいつか止む。


「いいか。志庵……。お前が何の目的でこのワイルドサイドに住みついたのかは知らんが、トックを良いように操って良い筈はない」


「良いようにだと……。私はトックの連中に命令などした覚えは無い。奴らが勝手にやっている事だ」


 キイチはドアの陰から姿を現した。


「伊賀地の爺さんの望んだ特区ではないだろう……」


 キイチはゆっくりと部屋の中に歩き出す。


「キイチ……」


 アキは銃口を志庵に向けた。


「黙れ……。貴様に何がわかると言うのだ。世の中に捨てられた町。それが特区だ。経済特区などと綺麗事を言いながら厄介払いしただけの話だ。その町に住む者の気持ちがお前にわかるのか」


 志庵はボーガンをまた構えさせる。


「キイチ」


 アキはキイチの名前を呼んだ。


「下がれ……。危険だ」


 キイチはじっと志庵を睨んだままゆっくりと歩く。


「それがトックの連中に好きにさせる理由にはならない……。それならば、こんな特区など無くせばいい……」


 キイチは立ち止まり周囲を見た。

 ボーガンを構える女たち全員がキイチを狙っていた。


「無くす……。そんな事が出来るならばとっくにやっている。そんな声は何処にも届かない……。だから奴らは自分たちがここで生きている事を主張しているのさ……」


 キイチは首をゆっくりと横に振った。


「お前たちのやっている事は、ただ特区を恐怖の町にしているだけだ……。そんな奴らの声を誰が聞くと言うんだ……。解放したいのならば、ちゃんと戦え……。そうすれば声も届く」


 志庵の顔色が変わった。


「黙れ。貴様にはわからん。この町で生きてきた者たちがどんな思いで暮らしているのか。どんな思いで明日を迎えるのか。どんな思いで死んで逝くのか……」


 キイチはニヤリと笑った。


「お前にはわかるのか……。三枝アオイ……」


 志庵はそう呼ばれて顔を上げた。


「お前はこの町にやって来て、特区の姫になり、チヤホヤされて、なに不自由なく生きてるじゃないか。伊賀地の爺さんは、そんな暮らしをお前にさせるために、トックなんて組織を作ったんじゃないぜ……」


 志庵は拳を握り震えている。


「もういい……。キイチ。戻れ……。こいつらに何を言っても無駄だ……。狂ってる」


 アキは大声で言う。


 その時、アキの首に腕が食い込む。


「うっ……」


 アキの細い身体を持ち上げた、男が入って来た。


 志庵はニヤリと笑った。


「すまんな……。外のネズミがうるさくて……」


「こいつらですか……北門を破ったっていう奴らは……」


 男はアキの持つ拳銃とスカートに挟んだ銃の二丁を奪い取り、床を滑らせた。                                                                                                       


「どうやらそのようだな……」


 志庵は床を滑った銃を拾うとキイチにその銃口を向けた。


「お前も銃を捨てろ……」


 そう言うと銃口をアキに向け直す。


「この女を撃つ……」


 キイチは手に持った銃を床に置いた。


「こっちに渡せ……」


 志庵の言葉に頷くとその拳銃を蹴った。


「アキを離せ……。死ぬ時は一緒と約束した仲なんでね……」


 志庵は男に合図する。


 アキはふらつきながらキイチの傍に歩いた。


「キイチ……」


 アキは細い声を震わせながらよろめき、キイチの肩に手を突いた。


 志庵は手を叩いた。


「美しいな……。愛する者と一緒に死ねるってのは……。ワイルドサイドで殺した者は薬品で溶かし海に捨てる。なにも残りはしない……。ここの汚れた海で一つに交わるが良い……」


「俺がやりますよ……」


 男が指を鳴らしながらキイチに近付いた。


「昼間も良いようにやられてますし……。ここはトックとしてはケジメだけはつけておかないといけませんしね……」

 

 志庵はニヤリと笑って頷く。


「良いだろう……。任せるよ」


 男はキイチの前で腕を組んで立った。


「さあ、来いよ……。死にたくなければ抗え……。それがお前に残された最後の権利だ」


 その瞬間だった。

 アキはキイチの背中から銃を抜いて、その男に放った。

 弾は男の眉間に命中した。

 キイチはその男の身体を掴み盾にした。

 女たちの放つボーガンの矢がその男の背中に無数に突き立つ。


 男の身体に当たらなかった矢がアキの頬を掠め赤い線を引いた。

 アキは銃を志庵に向けて放った。

 志庵の肩を弾が貫いた。

 しかし、志庵は微動だにせず、じっと立ったままキイチとアキを睨んでいた。


 キイチも男が腰に挿していた銃を抜いた。


「そんなにワイルドサイドを愛してるのならば、ここで死なせてやろう……」


 そう言うと銃を構えて男の身体を捨てる様に横に投げた。

 そして志庵に銃を放った。

 その弾は志庵の髪をすり抜け、後ろの壁に当たる。


 アキも立ち上がり、頬の傷を指で触り、その血を舐めた。


「嫁入り前の女の顔に傷つけるなんて……極悪非道ね……」


 そう言うと銃を志庵に放つ。

 志庵の剥き出しの脚を掠り赤い血が飛び散った。


 アキはキイチの前に出た。


「あんた……死ぬのが怖くないの……」


 志庵は俯いてニヤリと笑った。


「人はいつか死ぬ……。死ぬ時も場所も選べずにな……。少なくとも私は場所を選ぶ事が出来る。それだけでも幸せなんだろうな……」


「あんたも抗えば生きられるかもしれないのよ……」


 アキは銃を再び志庵に構えた。


「抗う……。今までずっと抗ってきたつもりだ。世の中に抗い続ける……それが特区の宿命だからな……」


 キイチはアキの肩に手を掛けた。


「ワイルドサイドを作ったのは、この街の人間だ。そしてここに住むのも同じ人間だ。お前がこの町に何を望んだのかはわからんが、お前がここで死ぬ事を望んでいるのはわかった……」


 キイチは志庵に言うと微笑んだ。


「アキ……。帰るぞ……」


 二人はその部屋を出て行った。


 見えなくなったキイチとアキに志庵は呟いた。


「絶望と共に生きる……。そんな日々は長く感じるんだよ……」


 志庵はそう言うと椅子に座り目を閉じた。


 志庵の居城の外に出ると、マサが銃を持って立っていた。


「キイチさん」


 マサはキイチに歩み寄った。


 キイチは手に持った銃をマサに渡した。


「遅いな……」


「すみません……。トックの奴らがしつこくて……」


 キイチはマサの肩を叩き、暗がりへと歩く。

 そして瓦礫の陰に隠した燃料タンクを持ってきた。


「マサ……これをこの回りに撒け」


 マサはタンクを受け取ると振った。


「何ですか、これは……」


「良いからさっさと撒け」


「あ、はいはい……」


 マサはタンクの蓋を開けるとそのドーム型の建物の周りを一周するように撒き始めた。

 

 周囲にはヤクザにやられたトックの連中が転がっていた。

 ナフサを撒き終えたマサがキイチの傍にやって来た。


「撒きました……」


 キイチはタンクに残ったナフサを少しずつ垂らしながら志庵の居城から遠ざかった。

 そしてワイルドサイドの金網に開いた穴を越える。


「こんな金網なんてあるからいけないんだよ……。何がワイルドサイドだ……」


 キイチはそう言うと空になったタンクを金網の向こうに捨てた。


 マサは撤収するヤクザの車に頭を下げていた。


「アキさん……」


 ヨウジが走ってくる。


「あんた遅いわよ……」


 アキはヨウジの背中を蹴った。


「すみません……」


 キイチはそれを見て微笑んだ。


「マサ、タバコあるか……」


「あ、ありますよ……」


 キイチはマサから「ワイルドサイド」と書かれたタバコを受け取った。

 それを一本毟り取る様に咥えると火をつけた。


「愛するワイルドサイドと共に……」


 キイチはタバコを金網の向こうに投げ入れた。

 その火はナフサに引火し、一瞬で炎は志庵の居城へと走った。

 そして居城は大きな炎に包まれた。


 四人はその炎を見て、ワイルドサイドに背を向けて歩き出した。


 しばらく歩くとワイルドサイドで爆発が起こり、大きな炎が街を照らした。







「え、ちょっと待って下さいよ……。三枝アオイ、殺しちゃったんですか……」


 マサはたこ焼きを頬張るキイチに声を荒げた。


「声が大きいよ……」


 キイチはビールで熱いたこ焼きを流し込んだ。


「そんなんで死ぬタマじゃないよ……あの女は……」


 アキは大盛りのたこ焼きを前に、


「そうよ……。あの女は死なないわよ……」


 そう言う。


 店の外に、何台走ったかわからない消防車の音が聞こえている。


「えー。どうするんですか……今回の仕事……」


 マサは頭を抱えた。


「大丈夫だよ……。ちゃんとギャラは入るから……」


 キイチはビールを飲み干してお代わりを頼んだ。


 ヨウジは熱そうにたこ焼きを頬張り、わからない話に頷いていた。


「でも、これでワイルドサイドも終わりね……」


 アキは静かに言う。


「ああ、そんなモン作った奴らが悪いんだよ……。同じ街に金網で囲まれた場所なんてあってはならないんだ。その金網はいつしか人の間にも張り巡らされ、越える事の出来ないモノになってしまう……」


 キイチは静かに言った。


「そうね……。同じ人間なのにね……」


 アキはそう言うとたこ焼きを口に入れた。


「あ、そう言えばさ……。さっき変な事言ってなかった……」


 アキは立ち上がってキイチに訊いた。


「何を……」


「ほら、死ぬ時は一緒って約束した仲とかなんとか……」


 キイチは受け取ったお代わりのビールを飲んでむせた。


「馬鹿な事言ってないで、さっさと食え……」


 キイチはおしぼりで口を拭きながらアキに言った。


「食わないなら俺が食っちまうぞ」


 キイチはアキのたこ焼きを続け様に二つ口に入れた。

 そのたこ焼きが熱くてキイチは目を白黒させた。


「馬鹿ね……。人のたこ焼き盗るからよ」


 アキは笑いながら言った。






 アキはシャワーを浴びながらキイチの事を思い出していた。


「死ぬ時は一緒か……」


 そう呟くと鏡に向かって微笑んだ。


 シャワーを止めて、バスタオルを身体に巻いた。

 髪を拭きながらバスルームを出ると、ホテルの部屋に朝の強い光が差し込んでいた。


 テーブルの上の携帯電話が震えた。

 アキはその画面の表示を見て嫌そうに電話に出た。


「おいアキ。昨日は待ってたんだぞ。顔出さないってどういうことだ」


 叔父の黒川だった。


「ごめんごめん……」


「特区を壊滅させるなんて、無茶にも程があるぞ」


 アキは髪を拭きながら冷蔵庫から水のボトルを出した。


「お前にもしもの事があったら、俺は姉さんに合わせる顔が無いんだからな」


「はいはい……。わかってるって」


 アキには弱い黒川だった。

 その後モゴモゴと口ごもりながら、


「今日は昼飯も付き合ってもらうぞ……。寿司と中華……どっちが良い」


 アキはボトルの水を飲みながら、


「うーん。たこ焼き……」


「たこ焼きは無しだ……」


 黒川に瞬殺され、アキは微笑んだ。


「じゃあ、任せるよ……」


 そう言うとアキはバスタオルを解いた。

 そして全裸のまま窓際に立った。


「あ、美味しい鶏鍋とかあるかな……」


 そう言って笑った。






 キイチはタクシーの窓からまだ煙の上がるワイルドサイドを見ていた。

 ナフサの炎は特区の中にあるナパーム弾の工場にも引火して、大きな火事になった様だった。


「大きな火事だったみたいですね……」


 タクシーの運転手は焼けた特区を見ながら言う。


「そうみたいだな……」


 キイチは特区とは逆の方向を見た。


「燃えて良かったですよ……。特区なんてモンがあるから中と外でいがみ合うんです」


 信号が青に変わり、タクシーは走り出した。

 そして大阪駅の前でタクシーを降りた。


 数年前に出来た高層のホテルへとトランクを抱えて入って行く。

 再開発で大阪駅周辺も大きく変わっていた。

 ホテルのロビーに入るとそのままソファに座り、テーブルの上に置いてあるタブレットを取り、新聞を表示する。

 紙媒体の新聞は完全に廃止され、今では毎日タブレットに新聞記事が配信される様になった。


 ポケットの中で携帯電話が振動している事に気付く。

 キイチはそれを取り出すと画面を見た。

 そこには「三枝」と表示されていた。


「はい。ああ……。依頼通りにやらせていただきましたよ……。ええ。宜しくお願いします」


 キイチは電話を切ると立ち上がった。


「腹が減ったな……。たこ焼きでも食うか……」


 そう呟いた。


「こんなホテルに、たこ焼きなんて無いわな……」


 キイチはトランクを持ってホテルを出て行った。






 関西国際空港。

 海の上に作られた空港で、第三期工事が始まり、日本で最大の空港になりつつあった。

 リニアモーターカーが大阪と東京を繋いだ為に、関空の発展に繋がった。


「で、そのカレイドってヤツ……。どこから来るのよ……」


 アキは陽の落ちる海を見ながら黒川に訊いた。


「ボストンからと聞いているんだが……」


「アメリカ人なの」


「さぁ……」


「男よね」


「さぁ……」


「若いの」


「さぁ……」


 アキは呆れて黒川の顔を覗き込んだ。


「すれ違ってもわからないわよね……そんなんじゃ……」


 そう言うとまた窓の外を見た。


「まあ、通訳として呼ばれたんだから、仕事は果たすわ。けど、見つからないなんてオチになるのは私のせいじゃないからね……」


「謎に包まれてるってのも、腕利きっぽいじゃないか……」


 黒川はそう言ってニヤニヤと笑った。


 空港島との連絡橋には風よけのエアチューブが数年前に付けられ、いつでも渡れるようになった。


 黒川の車は到着ゲートの傍に停まり、ドアが開けられる。


 アキには気が進まない仕事だった。

 何処の誰かもわからない男を迎え、通訳をする。

 そんな男を雇う叔父の黒川が馬鹿に見えて仕方なかった。


 黒川と二人のスーツ姿のヤクザ、そしてアキの四人は到着ゲートの方へと歩く。


「まだ時間早いんじゃないの……」


 アキは壁に映し出されるホログラムの時計を見た。

 黒川は趣味の悪い腕時計を見て、


「そうだな……。コーヒーでも飲むか……」


 そう言うと喫茶店へと入って行った。

 アキもその後に続く。

 二人のヤクザは喫茶店の入り口に近い席に座り、黒川とアキは奥の席に座った。


 二人はコーヒーを注文すると、脚を組んでお互いをじっと見た。


「叔父さんさ……。次からはもう少しマシなヤツ雇いなよ」


 アキは携帯電話を見ながら黒川に言った。


 黒川は身を乗り出して小声でアキに言う。


「腕はいいんだ。そう言うなよ……」


「そうそう……。腕は確かなんだから……」


 アキの後ろから声が聞こえた。

 そしてその男はアキの横に座った。


 入口付近に居た二人のヤクザが立ち上がる。

 それを黒川が手を上げて制した。


「キイチ……」


 アキは目を丸く見開いてそう言った。


 キイチはアキに微笑むと黒川に頭を下げた。


「初めまして……。枯井戸希一です」


 アキはキイチに微笑み、目を閉じた。








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