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 あたし、もう駄目・・・

 七種の笑顔を想い出しながら、お母さんの手の温もりを頭に感じる。風が出てきた紫色の空を見上げて、一足一足、ゆっくりと進んだ。

「お父さん、お母さん・・・」

 声は微かに、ニャーとだけ耳に響いた。やっと紫陽花のあった木製の策の前で足を止めて、ゆっくり屈む。地面のアスファルトは冷たく、霜の降りそうな程冷え込んでいた。あたしも歳を取った。あれから何十年経っただろう、七種と誕生日のお祝いをしたのが確か11回目まで覚えていて、色々あったなと思い返しながら眼を瞑った。

 想い出が、走馬灯のように蘇った。弟のあんこが退院してきたこと、おしっこをして怒られたこと、ミルクと小柳津がおいしかったこと、うれしかったのは弟のあんことお兄ちゃんのあんとと日向ぼっこしたこと。満天の星に流れ星を見ながら、草原を走ったこと。お布団に潜り込んで暖かく眠ったこと、注射したこと、熱を上げたこと、病院行った こと。鮮やかに眼に映る。

 何時間経ったろうか、朝陽が頭に当たって暖かくなった。その時、

『あん』

 お父さんの声が、聞こえた。眼を開けるとあたしは自分の体の上に居た。朝日のほうからお父さんとお母さん、そしてお兄ちゃんがきた。

『あんこ、置いてきちゃった』

『迎えに来たよ、行こう、お別れしただろう?』

 うんと頭を下げて後ろを振り向く。枯れた紫陽花の葉が、カサカサと風に揺れた。あたしはお父さんを見て一歩踏み出す。するとふわりと歩けて、お父さんと霞のかかった朝露を歩いた。日差しだけが輝いて霞みそうになる。お父さんが言った。

『あの光を頼りにして行くんだよ、ついてこい』

 うんと頷いて、朝露を抜けると雲が続いていた、お父さんと話をしようと思ったけど、後姿が頼もしく、不安は感じなかった。雲を歩いていくと突然トンネルの入り口があった。

『俺はここまでだ、向こうで待ってる。入り口にお母さんがいるから迷わずまっすぐ歩くんだよ。何があっても絶対振り向かないこと、走ってもいい。頑張れ』

 あたしは頷いて、後ろを振り返った。あんこがご飯を食べてるのがわかった。七種とお母さんの顔がよみがえる。眼に涙が溢れて、頬に一筋零れた。

『泣くな、これからまた会える。大丈夫だ』

 頷き涙を拭いてトンネルに入る。真っ暗の中ただひたすら歩いた。とても途方もなく疲れたなと思ったときに、あんこの声が聞こえた。七種が見つけたと言ってあたしを抱き上げてる。涙が溢れてきたけどお父さんの言ったことを想い出して走り出したやみくもにひたすらまっすぐ走ると、また暗くなって、一筋の明かりが見えた。それを目指して走りだすと輝きが段々大きくなって、花畑の前に走り出た。お母さんが抱きしめてくれた。

『よく頑張ったね、名前を呼ぼうかと思ったんだけど大丈夫だったね』

 花畑をあるきながらお母さんがこれからの事を言った。

『あん、あんた次第だけど、どうする?あんたがそうしたいのなら橋を渡って、お兄ちゃんに遭わずに、行列に並びなさい。そして、行列の先頭でご飯をもらいなさいそうすると、わかるから』

といって橋の前に来た。頑張れっていう力強いお母さんの顔に勇気を貰いながら、橋を一人で渡る。後ろに犬がいたけど、お先にーといって通り過ぎて行った。橋を渡り切ると菖蒲の咲いた一本道を通る。そして行列をみつけた。最後尾に並ぶ、途中、ちゅーるはいらんかねーと言われたが断った。どうしても七種を守りたい。恩返しがしたい。そのことだけが頭で一杯だった。

 行列の最前に出ると、ご飯と、お水が差しだされた。それを食べて飲むと一口目、酸っぱくて吐きそうになった。水を飲む。煎茶のように苦くて、全部食べて飲んだ。その時頭に走馬灯のように今までのことが一瞬に蘇り、生きて死んだ意味が解った。パニックを起こしそうになって悲鳴を上げると、お祖父ちゃんがかけよってきた。大丈夫だからと言い聞かされて、審判を受けなさいと連れていかれた。怖くなってお祖父ちゃんの袖を掴んだ。大丈夫だよと言ってちゃんと想いを伝えなさいと、そして、開かれた暗がりの扉を開けた。

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