10話 破壊王ベイン ⑥
「今使える最強の攻撃、それが通じねぇなんて絶望的だよなぁ」
動けなくなってしまった俺達に、ベインはゆっくりと歩みを進めていく。
「さぁ、こいよ。この絶望的な状況だからこそ、立ち上がる意味がある。楽しませてくれよ、もっと」
クリエイトとブレイドは歯を食いしばりながら立ち上がり、応戦の構えをみせ走り出す。
「倒れるわけには!」
動きに精彩を欠いているも、まだクリエイト達は動けている。すべての手札は使った、後は気力の勝負か。
(頑張れ、頑張れ……)
応援することくらいしかできない自分が歯がゆいが、今できることをしようするクリエイト達に期待を託す。
「はぁ~」
ベインは深い溜め息をつくと、
「つまらねぇよ」
肉眼では捉えることのできない速さでクリエイトに近づき、裏拳を浴びせていた。
クリエイトの身体はいともたやすく吹き飛ばされ、瓦礫に身体を叩きつけられる。見たくもない光景が続く。
「これで!」
ブレイドはクリエイトが攻撃された瞬間を狙って、蒼輝刀剣を振り下ろす。
「それも見飽きたって言ったろ」
ベインはそれを指先一つで防ぎ、指先に集めた破壊力を放出して刀ごとブレイドを吹き飛ばした。
「絶望的な状況になればもっと強くなると思ったんだが、これじゃ駄目。じゃあ、もっと過激なことをするしかねぇよなぁ」
ベインは何事もなかったのように俺や絵麻がいる方へ歩みを進めてくる
クリエイトとブレイドは無言のまま立ちあがった。俺達を守るという使命、それを実行するためにずたずたになった体をひきずりながら、ベインに向かっていく。
「どけ、お前らにはようはない」
ベインは人指し指で二人を軽く押して、吹き飛ばす。抵抗する意思はみせても相手にすらされていない。
「ようはあるのは、お前だ」
ベインは倒れていた絵麻のもとへ行き、その手をつかんだ。
「離しなさいよ!」
「嫌だね」
「いやぁああああああ」
必死にふりほどこうとする絵麻に破壊力を流しこんで、抵抗する力をベインは奪った。
ひきずられ、絵麻は連れていかれようとする。
「やめろ、やめろ!」
激痛に耐えながら立ち上がり、連れていかれないように絵麻の手をつかむ。
ふんばっても、ふんばっても、ベインの力を前に自分の体までひきずられていく。
「それはこっちの台詞だ」
それすらもベインの破壊力に阻まれ、絵麻とつないだ手を離してしまった。
立ち上がり、絵麻を守ろうとベインの後を追いかける。
「絵麻の手を離しなさい」
「マスターを離せ!」
「勝手なことばかりはさせん」
それは仲間達も同じ。クリエイト、ブレイド、ティア、それぞれが絵麻を守ろうと力を振り絞り立ち上がる。
「ひざまずけ、ブレイク・グラビティ」
ベインが左手の親指を真下にむけると、体をむしばんでいた赤黒い破壊力がさらに力を増した。
「ぐぁああああ」
重力の理が破壊され、地面に這いつくばるしかなくなった。どんなに立ち上がろうとしても強い重力が体の自由を奪っていく。
それは仲間達も同じ。抵抗すらもできないようにされてしまった。
為す術がない、ただ運命をベインに任せるしかなくなっている。非力な俺達はもうやつに歯向かうことができない。
「邪魔する奴らがいなくなった所で楽しい楽しいショーをはじめていこうか。最初の生贄は一番綺麗で汚したくなるお前だ!」
抵抗する力を奪われた絵麻の手を無理矢理にもちあげて宣言をする。
最初の生贄、楽しいショー、いったいなにをするつもりだ。
「俺はこれからこいつが最も苦痛になることをしようと思っている。お前達はそれはなにか考えてくれないか」
最も苦痛になること。そこに活路をみいだそうとしたが、それはあいつが用意した深淵の扉。
一瞬だ、一瞬だが、絵麻の手をみてしまった。そしてその先にしようとしていることも考える。もっとも苦痛な方法……それにきがついてしまった。
「……おお、いいねぇ。さすが作者だ。きずいたのか、きずきやがったか」
「やめろ、やめろ!」
立ち上がろうとしても体がいうことをきかない。くそ、どうしやいいんだよ。
「言ってやれよ考えたことを」
「だまれ!」
「教えないのはだめだろ。他の奴らもその答えをきになってるぜ、きになるよなぁ!」
絵麻が俺のほうを一瞬だけみた。なにを考えたのかたずねようと無意識にしたからなのかもしれない。
「しょうがねぇな~お前が言わねぇなら俺が教えてやるよ。あのな、これから俺はお前の一番大切にしているものを破壊する。その手、そして描いてきた記憶をだ」
わざとらしく絵麻に顔を近づけ、恐怖を植えつけようとする。
最も苦痛なこと、それは絵麻が積み重ねてきた創造を奪うこと。それがベインのしようとしていることだった。
「やめてください……描けなくなるのは嫌、嫌なの。嫌だから許してよ」
絵麻は抵抗する意思はみせず、泣きながらベインにお願いをした。すでに戦意というものは消えていた。
「命乞いなんて最低だなぁ! もっと抗えよ、もっと、もっと!」
ベインは絵麻を罵倒し、さらに顔をこわばらせる。恐怖で支配される。
「助けを呼べ。早くしろ」
ベインはそこにつけこんだ。
「……守って、守って!」
無理矢理に助けを求めることを絵麻は強要される。ベインはそれを楽しそうにみながら、俺達の方をみた。
「おいおい、助けを呼んでるぞ。早く守ってやらねぇとなぁ」
助けたいと願い。それを強さに変えて破壊力に抗おうとする。足と手に無理やりにで力を入れようとする。
「うぉおおお」
声を荒らげ、力を振り絞ろうとした。けれどなにも変わらない、破壊力が創りだす重力に押しつぶされている現実は変わらなかった。
「ああ~止める奴らもいねぇし、楽しいショーをはじめてくか。なぁに死ぬわけじゃないんだ。ただこれから絵を描けなくなるだけ、今度一切なぁ。手だけじゃなく記憶ごと破壊するってことはそういうもんなんだ。ぶち殺さねぇだけやさしいだろ、やさしいよなぁ」
ベインはべらべらと理屈をならべながら、自らの行為まるで正しいことかのように正当化しようとする。くそ、なんで動けない。絵麻の腕が使い物にならなくなるんだぞ。
「お前らも罪悪感にとらわれることなんてねぇんだぜ。絵を描く才能なんて普通持ってるのか? 持ってねぇよな。ただそれがなくなるだけ、お前らと同じになるだけだ。なにも問題はない、そうだろ」
舌なめずりし、ベインは絵麻のことを美味しいごちそうとして見ている。人の人生をもてあそぶ、それを平然とやってのけようとしている。
「いきなりじゃ怖いだろ。だからちゃんとカウントダウンしてやるよ。一緒に楽しもう、この楽しいショーを」
まもなくショーがはじまってしまう。それでも誰も絵麻のことは助けられないでいる。
このまま見ていたいわけじゃない。無力さを痛感し、ただその運命をうけいれるしかないことが苦痛でたまらない。抗え、抗えよ!
「いやぁああああ」
絵麻は敵わない相手だと解っていながらも、無理矢理にでも手を引き離そうと手を振り回す。
ベインはその行為をみて笑っていた。そしてヒザ蹴りを絵麻の腹に喰らわせた。
「少し痛い目にあわせるつもりがやりすぎちまった。まぁいいか。楽しいショーを盛り上げてくれてありがとな! やっぱクリエイターってやつは苦しませがいがあるよなぁ!」
絵麻の体ぴくりとも動かない。もう抵抗する力は完全になくなってしまった。
「ちまちまと語ってくのも飽きてきた。カウントダウンの開始だ! 5、4、3」
カウントダウンは進められ、それでも抗えうことができない不甲斐なさ。
どれだけ守りたいと願っても、破壊の意思という力を前にただ折れることしかできないでいる。これはなにかの間違いではないのか。もっと違う未来があったのではないか。
自問自答を繰り返しても現状は変えられない。
「2」
絵麻の未来は消え、絵麻の創造はここでついてしまう。
「1」
なんで変わらない、なにも変えられないんだろ。
「さぁ楽しいショーのはじまりだぁあああ!」
「やめろぉおおおおお」
どれだけ叫んでも、叫んでも、なにも変えられない現状。
その今をみつめるのが嫌で、目の前がまっくらになった。
“グギャアアアアン”
歪な破壊音が響く。聞きたくもない、目をそむけたい現実。
なにもできなかった、なにもしてやれなかった……
「マスターは、わたしゃが守る!」
そんな不安をかき消す声が聞こえる。ブレイドの魂の叫びが聞こえた。
目を開けると、ブレイドが絵麻を抱えている。蒼い創造の輝きが今までにないほど鮮やかに輝いている。
気高い蒼き狼の牙、それは折れてはいなかった。
「いいねぇ、楽しくなってきたぁ!」
ベインはそれを歓迎するかのようにうすら笑っている。
黒い破壊の意思は消えることなく、また新たなる闘いを呼び込もうとしていた。




