9話 蒼の祝福 ②(ブレイド&ドロウ後編)
「どうしてついてくるの」
「わたしゃがあなたのマスターだからだよ~」
「見ず知らずの人は普通、家までついてこようとしないもんなんだけどね~」
なにもかもを無視して速歩きで帰宅しようとしたけれど、ウルフカットの少女はついてきてしまう。
「あなた名前は」
「ブレイド」
「名前は?」
「ブレイドだよ!」
今更ながら名前も聞いておいた。ブレイドっていうらしい。
「ブレイドって、このノートに描かれたキャラクターと似てるよね」
「似てるっていうか……それわたしゃだよ」
「あ~そうなんだ」
「わたしゃは絵の魂から創られたの~」
だからブレイドって名前で、だからこんなに似てたんだ。
さっきから情報が川のように流れてない。全然処理追いついてないんだけど!
ブレイドって一枚の絵から創られたってこと。いや~神様ってすごいな~☆
いや、まじですごすぎない。
「神様って、どうしてあなたを描いたんだろね」
「こんな剣士がいて欲しい、そう思ったからだよ」
「純粋だね、神様って」
「マスターは違うの?」
「あたしは……そうだな~そんな風には描けない。あたしの絵はたくさんの人に見てもらわなきゃ、価値がないの」
「見られなきゃ、価値がない?」
「イラストレーターを目指してるから、見られるために描いてる。見てくれないと、結果がでないと、意味なんてないんだよ」
純粋な神様と違って、あたし達イラストレーターは誰かに認められるために描く。
そうしなければ、多くの人には見られない。イラストレーターになるために必要なこと。
「さっき見せた絵もね、流行りにのかって、なんとか人気でようとして描いた絵。それでも全然結果はでない。だからあたしは奇跡でもいいから、たくさんの人にみられたいと思った。今のあたしに価値なんてないんだよ」
「マスターには自分自身の絵に価値がなんて思って欲しくない」
「どうして?」
「なんだか、とってもマスターが苦しそうだから」
ブレイドはあたしの目を見ている。その表情に映る姿を、その目がなにを語っているのかを。
あたしの言葉は本心だ。そう思ってる。それでもブレイドの言葉に共感してしまうのはなぜ?
あたしはあたしが今まで描いた絵にまで価値があると思うべきなんだろうか。
「いけませんね~真実を伝えてあげなければ!」
あたし達の前方、右手に杖を持ったシルクハットをかぶった老人が歩いて近づいてきていた。
「あなたの心、鑑定させていただきました」
ついていた杖を向け、シルクハットの老人の目が緑色に輝き、鑑定結果を伝えてきた。
「あなたが欲しいのは認められたという証! 1万いいね! いやいや、そんな程度で満足してはいけません。神絵師級の5万、10万、いいね! さぁさぁ、欲しくなってきたでしょう」
さっきまでの会話を聞いていた? いやあたしの心を覗いるみたい。あたしが欲しいと思っているものを的確に言い当ててくる。
「それを可能するのはこの価値ある商品、この絵心! なんと神絵師の魂があなたに宿ります。交換条件といきませんか。この絵心とその奇跡のノート、交換していただけないでしょうか」
シルクハットの老人が取り出したのは小さな球。なんでだろう、すごい魅力的にみえる。神絵師になれる力、が本当にあるのだとしたら……そんな風に思ってしまう。
(これを渡せば、あれが手に入る。あたしは神絵師みたいになれるのかな)
迷い……いや、なぜ迷う。あたしはこれを手放したがっているはず。でも、なんで渡さないの。
「あなたなに?」
ブレイドはシルクハットの老人を睨みつける。
「奇跡を欲するもの。これからあなたのマスターになる者です」
「あなたが? それは絶対にない。あなたには悪意がある、深い闇より暗い、そんな悪意が」
「フッハハハ、ご冗談を。わたしに悪意があるわけありまえんよ。このような素敵な提案をしているのですから」
そう本当に素敵な提案。元々いらないと思っていたものを手放すだけ。
「価値あるものを生み出す、それこそが正しい選択です。お嬢さん、いいのですかこのまま無価値な存在として終わっても」
あたしの絵が無価値のまま、それはあたしの夢が叶わないっていうのと同じこと。
(無価値なままなのは嫌……なのになんで躊躇してるんだろ)
自分でもなぜ拒むのか解らない。もやもやとした感情が渦巻く中で、
「マスターは無価値なんかじゃない。素敵な絵を描いてたよ!」
ブレイドは無価値じゃないといいきった。
「それはあなたの意見です、大衆の意見ではない。騙されてはいけません、こやつめは物語の魂、それを手にいれるために都合の良いことを伝えたにすぎません」
そう、これは大衆の意見じゃない。あたしの絵を見て価値があると思ってくれた人の意見。
まだ出逢ったばかり。素性だってさだかではない。なにを考えているのかも解らない。
それでもあの屈託のない笑顔には嘘がなかった。偽りはなかった。本気あたしの絵が無価値じゃないと思ってくれている。
「マスターは自分の絵を信じていいんだよ。自分の可能性を信じてもいいんだよ。それが奇跡へとつながる。奇跡を起こすのはいつだって、強い想い。強い想いが奇跡を起こすの」
なんの理屈もない、根拠もない、笑顔だけは一人前の強い想い。それがブレイドがあたしに伝えこと。あたしの可能性を信じてくれていた。
「その口、まずは黙らせておきますか」
シルクハットの老人はポケットからカードを取り出し、紫色に輝きはじめると、
「虚ろなき魂よ、あの者を喰らうがいい」
そこから怪物が生み出された。
トカゲ頭だが人間のように二足歩行。それは物語に出てくるリザードマンの姿と同じ。違うのは両手に持っている剣が紫色に輝いていることくらいか。
ていうか冷静に分析してる場合じゃないよね、これ。まじでありえなさすぎ。なんなのよ、いったい!
「シャアアアアアア」
リザードマンが叫び、ブレイドへと斬りかかる。達人ぽさではなく、かなり力任せ。物語に登場するような野党ぽさが残っている。いわゆる悪役みたいな太刀筋だ。
それでも普通の人間にとっては脅威でしかない。
眼の前にいるのはリザードマン。それが明確な殺意を持って剣を振るっている姿はフィクションではなく眼の前で行われているもの。本当に敵を殺そうとする一撃に震えが止まらなくなる。
ブレイドは躊躇なく、鞘から刀を抜いた。
(本当の剣士みたい)
力がはいっていない、自然体のまま振り抜かれた身体は風そのものだ。無駄な動きがない達人の太刀筋。レベルが違う、そう思わせられるほとだった。
刀と剣が激突、勝利したのはブレイドの刀。
剣をはじき飛ばし、リザードマンの腕を斬り落とした。
「ギャアアアアアアア」
悲鳴をあげるリザードマン、それを冷酷な瞳でブレイドは見ている。闘っている時のブレイドはあのノートに描かれたブレイドのままだった。
「さすがです……が、これで終わりではありませんよ!」
シルクハットの老人の言葉の後、
「グァアアアア」
完全なる不意打ち。リザードマンは口から炎のブレスを吐いていた。
は炎が空中を伝播し、瞬く間に火の手がブレイドにも届いた。
「やめて!」
ブレイドが炎を浴びる中であたしは叫んだ。
炎で全身が溶けるほどの熱がブレイドを襲う。火傷じゃ済まされない。
そんな火の海の中で
「はぁああああ」
ブレイドの刀が風を巻き起こした。炎の流れが変わる、リザードマンに吹き荒れる。
その間にブレイドは後ろへ下がって、炎から逃れた、
「良かった」
ほっと胸をなでおろした瞬間、
「これで終わりではありませんよ」
斬り落とされたはずのリザードマンの腕が元の場所へと戻っていく。
「こいつには再生能力があります。どれだけ斬ろうが無駄なのですよ」
ただの雑魚じゃなくて、めちゃくちゃやっかいな能力もってるじゃん。
リザードマンは再びブレイドに何度も何度も剣を叩きつけ、強引に地面に叩きつけた剣がコンクリートの床を叩きわっていた。
剣士としてのレベルはブレイドの方が上かもだけど、持久戦はリザードマンの方が百合。再生能力、そこをなんとかしない限り無理ゲーじゃん。
「あれは普通ではない。そんな者と関わらったら、あなたは後悔をしますよ。これからどんな目にあうか。あれはあなたにとっては不要なもの」
これからもこん目に自分も巻き込まれますよ。このシルクハットをかぶった老人はそう警告しているようだった。
「いらないものをなぜ捨てない。捨てる方が楽になれますよ」
ブレイドを見た。今も必死に闘っているブレイドのことを。
闘い続ける、闘い続ける、闘い続ける。
言葉ではなくブレイドは行動であたしに伝えようとしている。
(あたしもなりたい、闘い続けてくれる信じてくれたあの人みたいに)
あたしの中で生まれた強い想い、それはもう揺らぐことはない。覚悟は決めた。
「いらないものじゃないからだよ。あたしの絵だってそう。無価値だなんて思いたくない、思わせたくない!」
大好きで大切したい、いらないものだと思われたくない。それが本音、それがあたしの想い。
「無価値のものを大切にしていても、なりたいものにはなれません。なれなくてもいいのですか、売れっ子イラストレーターとやらに」
「なりたいよ、めちゃなりたい! それはでも……あたし自身が自分の弱さと闘い続けてなるものだ」
闘い続けるブレイドのように、あたしはなりたい。なると決めた。
「あたしはあたし自身が大切にしたいもの、すべてを大切にしたい! それがあたしの大切にしたい想いだから!」
すべてを大切にしたい、そう思えた時――奇跡のノートが蒼く輝きはじめ、あたしとブレイドの手に蒼く輝くペンが創りだされていた。
(このペンを使えってことだよね)
これならば、なんでも描けそうなきがする。どんなものでさえも。
「なにが起こると思えば……そんなペンでなにをするつもりですか。この闘いにはそんなものは無意味」
「いいえ、これには意味がある。価値がある」
あたしは伝える、これには価値があること。
「「あたし達が描きたいものを描き斬らせてもらうよ!」」
あたし達は伝える、これから成すべきことを。
想いが呼応しあい、青年とあたしは一心同体。
刀はペンに、ペンは刀に、その想いはつねに共にある。
「くらえ、あたし達の蒼の輝き!」
あたしが刀身に線を引くかのようにペンを振り抜くと、ブレイドはあたしと同じように刀身にペン先をつけて振り抜いた。
想いを力に変える。
そうすることで蒼き狼の魂を宿す剣は、より強く輝きはじめる。
ブレイドは狼のように素早く地を駆け、リザードマンの懐へとすでに飛び込んでいる。
ここだ、この瞬間にすべてを!
「「蒼破天狼撃!」」
蒼く輝く剣とペンは同時に振り抜かれた。刀とペンは蒼く輝く孤を描くと、
「あたしの想いを描き斬る!」
蒼く輝く狼の幻影が現れ、振り抜いた剣と共にリザードマンを斬り割いた。
リザードマンは再生を試みてはいるのだろうけど、そうなることはけしてない。強い想いが作用し再生できないように体を変質させ浄化をしているみたいだ。
「再生能力を無効化する攻撃、やはりあなたは価値あるものをもっている」
ブレイドのことをみて、シルクハットの老人はニヤついていた。
「それに比べてお嬢さん、あなたという方はわたくしめの言葉は受け入れてくださらないとは。あなたの価値がますますなくなってしまいました。利用価値という価値がねぇ!」
あたしの方を向きながら、シルクハット老人は絵心だと言っていたものを消滅させる。
「あんた最初からそれが狙いだったの」
あいつは利用するきでやっぱりいた。むかつく奴、だますきでいたんだ、あたしの想いを利用しようとしたんだ。
「なにを怒っていらしゃるのですが、無価値なあなたに利用価値という価値を与えてあげようとしたのです。むしろ残念がって欲しいものですな」
「それ以上マスターを傷つけるようなことを言うな」
ブレイドはあたしの盾となり、シルクハットの老人の言葉をさえぎった。
「今日の所はここまでに置きましょう。ですが諦めたわけではありません。価値あるものは必ず集める。それがわたくしめの責務。では」
シルクハットの老人はお辞儀をすると、手品みたいに目の前から消えた。
「とりあえず退けることができたようだね」
「あいつら、なんなのよ!」
「奇跡ノートを狙う、悪意ある者達。これからわたしゃ達が闘っていかなければならない相手」
「だろうね~めんどそうな相手だな~」
「でも、ブレイドと一緒なら闘える。あたしの絵を価値あるものだと言ってくれた、ブレイドとなら」
そうだ、お礼。お礼を言わなきゃ。
「それと……助けてくれてありがとね」
手をもじもじとさせながら、助けてくれた、信じてくれたお礼は伝えておく。
あ~もう、なんか恥ずかしくなってきちゃった。
「マスター感謝の言葉、生涯をかけて大切にさせていただきます」
「生涯を軽々しくかけるな! 助けてもらったからってだけだから」
さっきは狼のように鋭い牙をみせていたのに、今は尻尾をふってる子犬みたいに笑っている。
なに考えてるんだか解らないやつ、だけどまぁ悪いやつじゃないってことだけは確信できる。
「あたしは羽重絵咲。よろしく、ブレイド」
「はい、マスター」
あたし達は運命共同体。
こうして、すべての想いを大切にしていくあたし達の闘いがはじまった。
* * *
「くぅうううう、めちゃ面白かったよ!」
「創磨の物語も面白くて、マスターの絵は漫画でも衰えることはありません。むしろ活き活きしているさえ感じたよ~」
「そうかな~」
漫画の中の絵咲さんみたいにマスターを褒めたら、ふにゃ~んと笑っている。似てるとこあるんだよね~
「ブレイドだって、いろいろ手伝ってくれたじゃん。これができたのはブレイドのおかげだよ~」
「えへへ、そうかな~」
今のマスターみたいに、わたしゃもふにゃ~んとなる。似てるとこあるんだよね~
「わたしゃは幸せものだよ、こんなにもかっこよくマスターに描いてもらえるだなんて」
漫画の中で闘うわたしゃの姿をみながら、マスターに今感じている幸せを伝えたくてしかたがありませんで。
「あたしもブレイドのことたくさん描けて幸せだよ。めちゃブレイドになりきって描いてたんだよ」
「わたしゃに!」
「そう。ブレイドになってどう相手を倒してくのかめちゃ想像する。それをば~っと! 絵として表現してく感じかな」
「ここだよね、リザードマンの腕を斬ってる所。このシーン、めちゃ迫力あるんだよね。そっか、マスターはわたくしのことを考えて創ってくれたんだ~」
「っていうか、そうしないと創れないって感じだったよ。すべてを大切にしたいってとこも最高じゃなかった!」
「そうなんだよ~マスターがかっこ良すぎて」
「看板娘だけど、あたしみたいな雰囲気残しといて良かった~って創りながら思ってたよ。かっ
こいいお顔書くのも好き~みたいになちゃって」
「あとあと、緩い突っ込みがはいったやりとりもおもしろかったよ~」
「それそれ! 創磨、このあたり結構変えてくれてたんだよね。あたしらしさをだしつつ面白いのに変わってて、すごいよね~あたしじゃ絶対書けないやつだよ」
「物語の流れも一貫してるっていうか、無駄がいい感じに省かれたよね~」
「テンポ良く、台詞も短め。漫画にもしやすかったよ」
褒めあってるけどそれが嘘ぽくない。正直な気持ちで伝えあえるのが気持ちがいいな~
「祝おうよ――こんなおめでたい日、祝わわずにはいられないじゃん!}
マスターから予想だにできない発言が飛び出してきた。
「祝いたい~」
なんともマスターらしい言葉。両手をあげてお祝いムードを盛り上げる。
「まず記念写真でも撮ろっか」
「とろう~」
幸せオーラが塗り重ねられて、むちゃくちゃお祝いしたいモードにマスターが突入。
お祝いするなら写真がいいじゃん! というノリで撮影スタジオで撮影をすることに。
「タブレット持って、そうそう、そんな感じ」
漫画が表示されたタブレットをマスターが左手で、わたしゃが右手で持った。
「撮るよ」
合図から程なくして、遠隔操作でマスターがシャッターを押してくれた。
「お、いい感じじゃん。これより5月28日は『ブレイド&ドロウ』が誕生した日といたします」
「めでたいね~」
「めでたいよ!」
マスターは右手をかかげて、記念日を作るくらいにはおめでたメーターが爆あがり中のご様子。
「今日ってわたしゃの誕生日でもあるのかな?」
ふとした疑問を聞いてみる。描かれた日も誕生日かどうかはきになる所。
「誕生日ではないんじゃない。今日はあたしが物語を最後まで完成させたことを祝う的な感じだし」
「では2月14日、それが誕生日なのかな~」
この世界に現れた日、バレンタインのあの日かも。
「それはこの世界にブレイドが来てくれた日って感じだし」
「じゃあ今の所はないってことになるの」
「……そうなちゃうね」
どうやらそれも違うらしい、誕生日はまだ決まっていなかったみたい。
「誕生日を決める会、開催しちゃおっか」
「無理に決めなくてもわたしゃ……」
マスターを困らせたくない。断ろうとしたけれど、
「いいのいいの、あたしがブレイドのために決めてあげたいんだからさ」
ビシッと親指を立て、マスターはやる気まんまん。こうなると応援したくなちゃうな~
「ティアが明日、集まりたいって言ってたよ~」
「よし、そこでじゃあ開催を宣言しちゃおっか」
こしして、誕生を決める回なるものを開くことが決まった。




