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7話 はじめての出版 ⑨

 出版から一週間が経過した。

 『クリエイト・レイターズ』の評判はおおむね悪くない。肯定的な意見が多く、読者の評判それほど悪くないと思える。

 ラノベ読み達のレビューも目を通したりもするが、悪いものではないと判断できる。

 

 ただしやはり知名度は人気作品を比べると劣る。それはどうしようもない現実。

 この先どうなるか、それはまだ解らない。

 

 今日は正谷さんと打ち合わせ。いつもの喫茶店に俺と編集の正谷さんはいた。

 

「1巻発売おめでとう」

「ありがとうございます」

「どうだ、自分の本が出版されて」

「めちゃくちゃ嬉しかったです」

「だろうな」

 正谷さんは変わらることなく、明るい話題で場を盛り上げる。

 幸せ一色という心境ではなかったが、お礼を言われることは嬉しかった。

 

「ファンレター届いてるぜ」

 抹茶を飲みながら届けられたファンレターを読ませてもらう。

 

――熱い展開が続いて、とっても面白かったです。これからも応援していきます。

 

 読者となってくれたファンからの応援の言葉はぐっとくるものがある。

 この声がずっと届いて欲しい。だからこそきになってしまう。

 

「自分の作品はどれくらい売れていますか」

 ぼそりと伝えた言葉には覇気はなく、望んで伝えたものではない。言葉を飲み込むことができずでてきてしまったにすぎない。


「1巻で打ち切りにならない程度には売れてる。ここからはどれくらい継続してくれるか、口コミで広まるかどうかで決まるな」

 言いづらいと思っている様子はなく、正谷さんは現状を伝えてくれた。

 

「心配だよな、売れるかどうかなんてやってみねぇと解らねぇもんだし……せっかく書いてる題材が題材なんだ。不安な気持ちは全部創作にぶつけてやればいい」

 立ち止まろうとしている俺とは違って、正谷さんは次のことを考えている。


「原稿読ませてもらった。修正箇所についてはかなり改善できてたが、根本の部分がまだ改善できてねぇな」

 紅茶を飲みつつ、これから物語をどう面白くしていく考えはじめていく。

 

「「読者のために創造を信じて欲しい、そうすれば不安は消える」この部分どう思ってる?」

 さっそく指摘されたのは、よりにもよって読者のためという部分だ。


「悪くないと思っています」

「じゃあなんで指摘されてると思う」

「…………解らないです」

 本当になぜその部分が悪いのか解らないから、正直に答えるしかない。


「単刀直入に言えば極めて普通。読者のためにしかなれない創造、読者のためにしかなれない作家、はじめてこれをみた時、俺はつまらない答えだと思ったよ」

「読者になることが悪いことだとは思えませんが」

 正しいことを言っているようにも聞こえたけど、これを否定されたら後がない。


「読者は、読者のためになって欲しいと思っています」

 顔をひきつらせながら、読者にすがろうとした。


「読者のためになる、そんなことは作家なら当たり前だ。誇らしげに言うことじゃない。それなのに、そんな当たり前なことを物語の中で伝えるのか。俺がつまらないと思ったように、読者にもつまらないと思われるのが目にみえている」

 正谷さんは俺の甘えを見逃さない。なんとかやり過ごそうとしていたころすら見透かされる。


「読者のために、そこで思考を止めてなにも考えないのは、安心したいがためだろ。読者のことを考えている自分、それに酔いしれても物語は面白くならねぇよ」

 正谷さんは厳しい態度を崩すことはない。強い人間だ、勝てるわけがない。

 指摘されてはじめてきずいた。全部図星だ。俺は安心したいだけだったんだ。


「いいか、ただ安心したいがために読者を盾にして、自分のことだけを考えるつまらない作家になるな。読者のために、その先を常に考えろ。読者につまらないと思われたらそれまでだぞ。どれだけ期待されていようがな」

 言葉のすべてが突き刺さり、悔しさで胸が一杯になる。

 つまらない作品を描きたくない、ずっとそう思ってきたはずなのに。眼の前にいる一人の読者、正谷さんにつまらない思いをさせてしまったんだ。

 

「まだ修正に使える時間は残ってる。それまでに仕上げてくれればいい。心がぐっとくる感じなのを頼むぜ。後、明日、読者とのトークイベントあるだろ。せっかくの機会なんだから、ちゃんと届けたい言葉考えとけよ。読者のためにもな」

 厳しい言葉だけではなく、やさしい言葉を正谷さんは伝えてくれた。

 そうできるのは、読者のためにどうしたらいいか、その先を考えられているからだ。

 

 正谷さんと別れ自宅に戻ると、自室のパソコンの前へと座った。

 

「読者のために、その先のことを考えろって正谷さんは言っていたっけ……つまらない、そう言われたくせに、なにもでてこない」

 幸せなことが続き、さらに幸福な世界が広がっていると思っていた。

 俺が俺らしいと思える確かなものを手にしたら、楽しいままでいられると考えていた。

 

「読者のために、それを居心地の良い言葉として使っていた……薄々はきずいていたんだ。それなのにきずかないふりをしていた」

 今やそんな面影すらない。あるのは越えなけれならない現実だけ。

 暗い闇は広がり続けている。心の灯火はすっかり冷え切って、風が吹けば今にでも消えてしまいそうだ。

 

「正谷さんは打ち切りに向き合う心構えを持っているから、その先のことも考えれていた。読者のためになろうと、真剣に俺の作品に向き合い駄目な部分を指摘し続けていた。俺はなにもしてこなかった。聞こえのいい当たり前なことばかりを伝えて、なにが読者のためだよ。読者のことを利用してるだけじゃないか」

 自分自身に怒りの矛先を向けても、なにかが変わるわけではない。

 いかに自分がなにもできていないのか、そう自覚するだけ。

 

「ただでさえ自分は簡単には見てもらえない立場なのに、なんでこんな適当なことばかりするんだよ。不安だって消えない。打ち切られたくない。その気持ちと向き合えない」 

 揺れている? 揺らしている? 目を回してしまったかのような視界が歪んでいく。


 嫌だ、このままは嫌だ。

「出版してこれからなんだろ、ちゃんと俺の作品を信じろよ」

 逢夢を信じて踏み出したあの時のように俺自身が創った作品を信じようとしてみても、それが空虚な言葉だときずいてしまう。

 

 現実は甘くない。そんな当たり前のことに怯えることしかできなかった。

 

「いいねぇ、いい壊れ具合だ。作家ってやつは壊れる時は一瞬だなぁ」

 その声は前触れも無く、突然頭の中で響いた。

 驚くことはない。いつもいつもいつも、不安な俺を狙ってきた奴の声。

 

「ベイン。なんだ、なにしにきた!」

 ベインの来訪に警戒心を強める。最悪のタイミングを狙ってきた。

 

「精神的に終わってる、今のお前はぐちゃぐちゃだ。そんな弱った相手をいたぶるのは楽しいと思えてなぁ。読者のために……違うな。本当は自分のためになるのが最優先なんだろ。売れさえすれば、人気になれさえすればいい。そうすれば作品を出し続けられるんだからなぁ!」

 ベインに煽られても言い返すことができない。今の自分にそのことを否定することはできない。

 

「自分のためにもなって欲しい。続いて欲しいと思うのは悪いことじゃない」

「そうだぜ、なんら悪いことはない。打ち切られるのは誰だって嫌だもんなぁ。じゃあ自分のためになって欲しいと伝えるか、伝えてみろよ」

 そんなこといえば、なんだこいつと思われる。自分のために読んで欲しい。そんなのは傲慢な考えにすぎない。

 

「言えないよなぁ~口が裂けても。本当は自分のためになって欲しいなんて、読者のことを優先して考えいないみたいに捉えられちまうかもしれねぇからなぁ」

 その考えはベインに見透かされている、隠したい部分をさらけだされた。

 

「作者とは違って読者は自分のことだけ考えればいい。読者ってやつは作者のためになりたいなんて考えるやつは稀だ。ほとんどの読者は自分が楽しいものと思えるものを探し、楽しむだけだ。それも悪いことじゃねぇだろ」

 議論を誘導され、ベインの掌の上で常にもてあそばれている感じさえする。


「ナイリバ、今これ読んでるんだけど楽しい作品だよなぁ。天上だっけか、才能のある作家ってやつは違うよなぁ」

 ベインは天上先生の漫画を読んでいるらしい。なんだ、こいつなにがいいたい。


「才能がない、売れない作家はいらないとでもいいたいのか」

 しかたがないので、答えを創ってやることにした。


「あたりまえだろ、だってつまらないものを書いてるんだ。読者は楽しいものを求めている。つまらないものはいらない。楽しませてほしいのさ」

 正しいことばかりベインが言っているのがむかつく。上から目線でいるくせに、その言葉にはうなずけるものがある。

 

 だから受け入れろとでも、こんなやつの言葉を受け入れたくない。

 

「ああ、そうか。お前はそうやって俺を追い詰めるきだな。俺はつまらない奴かもしれないが、お前よりもましだ。お前とは違って、認めてくれる人がいる。支えてくれる人がいる。人を不安にさせ煽ることしかできないお前とは違うんだ」

 破壊の意思にのまれないため、ベインにひどい言葉を浴びせた。

 

 事実だしいいだろ。俺にひどいことを言ってるあいつも悪いんだ。

 どす黒いものが広がっていく。すべてを黒く染めてしまいたくなる。


「自分より下のやつを見下して精神を安定させようとする、愚か者がよくすることなんだよなぁそれは。鏡をみせてやろう。とんでもなく醜い顔をしているんだぜ、今のお前はなぁ!」

 不安と怒りで我を忘れ、おぞましい狂気に満ちている。

 すべてを割りきっている悪役とは違う。

 世間のどこかにいる、常になにか怒っているつまらない奴ら。今の俺はそれと同じだ。

 

「やめろよ、俺を追い詰めようとしないでくれ」

 俺自身を俺はみたいくない、そう訴えることしかできない。

 

「無理だね。俺はお前の心が壊れる所がみたくてたまらないんだ。だって楽しいだろ、人が壊れていく姿をみるのは」

 壊れることを楽しんでいる。まるで物語でも見ている時のように。

 

「ふざけるな。ベインお前は絶対に倒してやる」

 もういい、ベインを睨んで敵意を向ければいい。怒りに身をまかせて、ベインを倒すことだけを考えよう。

 

「それは楽しみだねぇ。まずはお仲間と合流させてやるよ。お前が破滅する姿をみてもらうためにもね」

 ベインは挑発を続ける中、俺を転移させた。

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