7話 はじめての出版 ⑧
帰宅してからも幸せの波にずっと揺られていた。
風呂に入っているときも、食事を食べている時も、出版できたことが嬉しくてしかたがなかった。
今日は出版記念日だ、食後に執筆をするのがいつもの流れなのだが椅子に座ることなく、買ってきた俺の書いた小説『クリエイト・レイターズ』を手にとり、ベットに転がった。
「うわぁ、本当に読めてるよ」
表紙めくると、何度も何度も読み直して創った自分の作品が全然違うようにみえた。
はじめて物語を書こうと思った時は本をまさかだせるだなんて思ってもいなかった。なんとなく書きはじめたからなんとなく終わっていく、そこそこ物語を書くことを楽しんだら次にいけばいい。作品を観賞している時のようになっていくんだろうと思っていた。
それが今や出版することになるだなんてな。人生なにがあるか解らないもんだ。
読書をしている時間も幸せなまま続いていく。じっくりと読みこむような形ではなく、
「あ~この時はこんな風に書いていたな」
書いていた当時の姿を思い浮かべながらページをめくった。
「十時か」
そんな幸せな時間も終わりを迎えて時計をみると十時を回っていた。どんな物語か解っているから読むのはさすがに早かった。
「やるか~!」
この幸せな時間を終わらせてしまうのは名残惜しいと感じながらも、執筆をはじめるためにパソコンの前に座った。
「なんもでてこないな」
幸せな時間と幸せな考えが役立つことを期待したが、幸せはなんの役にも立たない。
俺が今書こうとしているのは幸せな人間の心ではない、俺が物語の都合で苦しませることになった人間の心だ。
「すべてをそそきこんだのに報われなかった、売れなかった。だったらすべてを奪うしかないじゃない!」
もう他人事ではない言葉が心の隙間を走っていく。
どこへも行き着くことのない想いと言葉、その言葉に対してできることってなんだ。
「俺だって、こうなる可能性はあるのかな」
まだ出版されたばかりだ。これからどうなっていくか解らない。作品の中で描いた打ち切られた作家みたいになる可能性だってある。
「売れなかったらどうしよう……」
打ち切られたくない、その想いはもう他人事ではなくなっている。
期待してくれた人達をがっかりさせてしまう。せっかく買ってくれた人達がいるのに。
幸せの中に隠れていた不安が心を侵食しはじめていた。
“トントン”
扉を叩く音が聞こえ、部屋のドアを開けた。
「なんだその今にでも泣きそうな面構えは」
扉を開けた先にいたのは、ティアだった。
不安な気持ちをどうにもすることができず、作り笑いすることすらできていなかったらしい。
「いやこれは……いろいろ物語のこと考えていたらな。どうしてティアはここへ」
「それはだな……今日が出版日であろう、だからそのだな……」
なにか言いたげにティアは急にそわそわしだすと、
「出版おめでとう……それを言いにきただけなのだ!」
顔を真っ赤にして出版を祝ってくれた。
ティアは腕を組み、魔王女子らしく照れていた。もし絵麻がみていたら、絶対いじられてるだろな。
ティアのかわいい姿をみていたら、辛かった気持ちが消え笑顔を取り戻すことができた。
「嬉しいよ、ティアにも祝ってもらって」
「当然であろう。この我が直々に祝ってやっておるのだからな」
ほっと息をついて、ティアはいつもの冷静な表情へと戻っていく。
「さっきは落ち込んでおるような顔をしておったのは、どうしてだ?」
魔王として家臣の悩みを知っておきたい。そんなやさしさが感じられるティアの問いかけ。
「物語のこと……これからのことを考えたら、出版できて嬉しかったはずなのに急に気持ちが沈んでしまった。他人事じゃないそう思って……すべてが売れる作品にはなりえない。売れない作品もでてきてしまう。もし打ち切られてしまったら、そのことをどう受け入れるべきだろうか」
しんどい気持ちがぶり返しそうになりながらも、ティアを巻き込み意見を聞いた。
「どんな不都合な現実も受け入れる覚悟を持つべきであろうな」
ティアの発言は魔王らしさという点においてはパーフェクトだ。ただしとてもきつい言葉には他ならない。
「ティアの言葉を聞いて納得できる人はいるかもしれない……けど、それが決めてとなって諦めてしまう人もいると思う」
「弱き者に届く言葉にしたいというわけか」」
「ああ、俺も弱い人間の一人だから」
強くなりきれない人にまた前を向いて欲しい……弱い自分だからこそ、そう願う。
「ティアは売れずに打ち切られた作品にも、価値があると思うか?」
「売れなかった創造、そこにも価値をみいだしたいということか。やさしすぎる……まぁそれが貴様らしいともいえるが。価値ある作品かどうかを決めるのは作者でもキャラクターではない、それを決めるのは読者だ。それを忘れてはならん」
価値を決めるのは読者。それもまた正論であり、大切にしなければならないこと。
「もし絵麻に物語を創るの才能があり、同じテーマで目立つ活躍をしていたら貴様はどう思う」
ティアの質問。それは今まで遠ざけた考え方。才能ある人間のことを考えると萎縮していく。
「…………それは嫌かな」
嘘をついてしまいたい気持ちにもなったが、そんなことをしても見抜かれるだけ。この世のものとは思えない反意を抱えながら、真意を隠すことはしなかった。
「あの時のように闘うことを避けるのか」
あの時、それは闘技場でのことだろうな。
「才能が違う」
「そうかもしれぬ……だがな、それでも抗うべきであろうて。貴様は闘おうとすらしていない。逃げることのできない現実が迫ってきておびえておるのではないのか」
「俺は…………」
ティアの言葉になにも言い返すどころか、目線すら合わすことができない。怯えている自分の姿をみせたくなかった。
「ここへ座れ」
「え?」
「いいから」
俺はティアに言われた通り、ベットの上に座った。
ティアの手が俺の頭にのり、そのまま頭を撫でられている。慣れないてつきなのが逆に良い。
(やさしいな……)
部下をねぎらうやさしい上司。唐突な出来事ではあったものの悪い気分はしなかった。
「強くあれ創磨よ、それがきっと答えにつながると我は信じておるよ」
やさしく強い笑顔をみせてくれる、ティアの期待に応えたい。その気持ちは膨らんでいくばかり。
「ティアはやさしいな」
「これはだな……少しくらい手を貸してやろうという我のきまぐれにすぎん。だいたい貴様が弱気な姿勢をみせるからであって……」
ツンツンし始めると、ティアは恥ずかしがって手を離す。こういう所はあいからずだ。
「苦しくても考えてみるよ。ティアの期待に応えるためにも」
やさしさを届けてくれたティアにできること。それは結果をだすことだ。それをティアも望んでくれている。自分の力で前へと進むことを。
「我はそろそろ部屋に戻る」
「部屋に戻るよ。話せて良かった、ありがとな」
「礼を言われるようなことはしとらんよ」
ティアらしい反応に心地良さを感じながら、ティアは自分の部屋に戻った。
「向き合おう、それしかない」
パソコンの前へ座り直し、キーボードを叩いて、未知なる答えを探し出そうとする。
強い意思をもって描く、ティアが教えてくれたのは心のありよう。
「自分のことだと思ってまずは考えるか」
売れている、売れていないでいうのならば、今の俺は売れていない側だ。
出版社に小説の投稿はしていたが良い結果を得られていたわけではない。むしろ今の今まで世間的にみたら悪い結果ばかりだったと言ってもいい。
今も一番優勝な賞をもらったわけではない。正谷さんがいなかったら拾ってもらえなかった。人気作品になる確率が高いか低いかで論じるなら、客観的にみれば低いともいえる。
「なんかだんだんと方向性がずれている感じがする。考えるべきは自分の境遇がどうかではない。なんで売れないのが嫌かを考えよう」
好きなことだけを好きなままに描きたい、創作に時間をそこまで使えない、そういった理由で商業作家になろうと思わない、趣味でやりたい人もいる。
しかし多くの作者は売れたいし、人気がでて欲しい、そう思うのが普通だ。
売れないっていうのは、多くの人に認められなかった状態だともいえる。出版にしろネットで投稿するにしろ、読者に認められないものだったとしたら、自分の作品が多くの人に否定されたってことになる。
多くの人に認められることがすべてとも思わないが、自分が大切に大切に描いてきたものがたいしたことがない、そんな風に思うのは嫌だ。
「認められないのが嫌か……そう思ってるから俺も怖いのかな」
自分の中に恐怖心、それを制御するのは難しい。強くあれとティアは伝えてくれたが、まだ強くなりきれていないのが実情だ。
「売れてる人、人気のでた人ってどういう意識なんだろうな」
売れてない人の視点だけで物事を考えすぎていたので、すこし視点を逆転させてみる。
期待されているからこそ失敗できない、面白くしないといけない。重圧や不安だって大きい。けれど売れたことにより、多くの人に認められている安心感というのもあるはず。SNSやファンレターなんかで読者の想いをより感じやすいともいえるか。
「認められたから、認めてくれた読者を大切にできる。じゃあ売れない作家はどうだ? 売れなかろうが、読者を大切にしたいと思って書く人が大半だ。俺だってそうだ。読者を大切にしたいと思ってる」
読者にまだ作品をみせていない状態であっても、常に読者のことを考えてること作家のほうが圧倒的に多いはず。それは絶対に必要なこと。売れていても、売れていなくても揺らがないもの。
「価値があるか決めるのは読者だと、ティアも教えてくれた。読者のために……この方向で進めてみるか」
ティアの言葉を起点に、新しい方向性で物語を書き進めていく。
「前よりもいい感じにはなってきてるけど、なんか物足りないきもするんだよな」
書き進むことができてはいるものの、書いてル時に心が動く感じがあまりしない。まったくないという程でもないが、書いていて面白みが足りないという感覚がなぜかある。
「読者にために、そう思うことは間違いじゃないはずなのにな」
結局なにが原因でそうなっているの解らぬままだった。




