1話 誕生、レイ・クリエイト ⑦
吐く息は白く染まり肌寒い、まだまだ冬空が明ける様子はない。
それでも芽吹きの季節は遠くなく、進路が決まった人達もではじめようとしていた。
社会人の俺もその一人。そわそわしているのは受験生だからではない。
1月28日、7ヶ月前に投稿した小説大賞の結果が発表される日だからだ。
最終選考まで残ることができ、ここを通れば出版社を通して読者に作品を届けることができる。
投稿したあの日から逢夢と夢の中で出逢ってはいなかったが、他の投稿作を執筆しながらも2巻の内容を少しずつではあるが書き進めていた。逢夢との出逢いを思い出にはしたくない。ずっと近くに感じていたいという考えがそうさせていた。
今までの作品とは違う。それゆえにどうにも気持ちが落ち着かない。仕事の最中ですら結果が出るのが待ち遠しかった。
仕事が終わり帰宅。やるべき事を終えて休息をとってから、小説の執筆をしていた。
キーボードの叩く音はいつもよりも少しだけ遅い。まだかまだかという気持ちが雑念となり、いつもよりも集中力ない。
ここで作品にとっての運命が決まってくる。そわそわしずにはいられなかった。
“ブーブ”
スマホスタンドに置いてあるスマホがヴァイブレーションで揺れた。
(落ち着け、落ち着け)
胸が大きくなるぐらい空気を吸ってから息を吐き、なんとか気持ちを落ち着かせてからスマホを手にとった。
『希望小説大賞』第20回最終選考結果のお知らせ
表示されていたのは最終選考結果の発表を伝える通知。
(いよいよか)
逢夢との特別な時間を、たくさんの人に届けられるかどうかが決まる。
(絶対大丈夫、いける、いける、信じろ俺!)
まばたきをする気がないくらい目を見開いてからブラウザを開き、希望出版社の小説大賞用の特設サイトへとアクセスして結果をみた。
(ない…………あれ? おかしいな)
これが最終選考であることを再度確認したが名前はない、色も世界もすべてが灰色に染まる。輝きも特別もすべては過去のものになった。
「そっか駄目か~」
現実を頭ではまだ直視できない……いや、ただ逃げているだけ。
また落とされた、それだけが事実となって降りかかってくる。
もう何度目になるか解らない。別にいつものことじゃないか。
「今回はいけると思ったんだけど、しゃあないか」
自分の中に残された僅かな理性で状況を受け止めようとする。すでに終わったことだ、そう自分自身を納得させようとする。
「まだ次がある、そうだよ、これで終わったわけじゃない。別に落とされようが作品が終わるわけじゃない。投稿する機会なんていくらでもあるしネットに投稿してもいい。別に今じゃなくていいじゃないか」
また次の機会があるから、その時にリベンジすればいい。グチャグチャな意識のままそう思うことにした。
テキストエディタを開き、さっきまで執筆していた小説を書こうとしたが、
なにも頭に浮かんでこなかった。
なんでだめだった。どうしてだめだった
解らない、解らない、解らない、なにも解らない……
(外でも歩くか)
自分自身をつなぎとめていた糸がきれ、心は死んだ。
もうなにも考えたくない。次にどうすればいいかなんて考えたくなくて、厚手のコートを着て、ウォーキングライトをつけて家をでた。
冷たい風が頬に突きささり身震いする程に夜はまだ寒い。普段それほど明るくは感じない月明かりが眩しくみえた。
(逢夢、どうしてるかな)
投稿し終えてから一度もクリエイトワールドの中で出逢えていない。
(もう一度逢って話したい……けどなにを? 俺がつまらない作品にしてしまったせいで大賞を逃してしまったのに)
もっと面白い作品にしていれば、後悔の波が押し寄せ心は飲まれていく。
(苦しい、心が苦しい……)
信号で止まるのが嫌で愛知平和公園内の森の中へと続く、街灯すらない林道の中へと入る。 林道内は暗く頼れるのはウォーキングライトの光だけだ。
林道内は冬場のせいもあって、夏場のように草木が揺れて森がざわつくことすらない。森が生み出す柔らかい土道を踏み、真っ暗な闇の中を止まることなく前へ前へと歩んでいく。
なにもない暗闇の中を歩いていくことに抵抗感はない。危険だとか、そんなことすらも思えないほどに心は衰弱している。こんなことをしても意味がないときずいていたが、どうにもならないこの気持ちと向き合うためには必要なことだった。
小説を書き初めたのは、小説家になりたいと思ったからではない。
(こんな面白い作品を自分で書いてみたいな……才能なんてきっとないだろうけど、挑戦するくらいはしてみるか。無理そうなら諦めればいいし)
無理なら諦める前提、それが最初のきっかけだった。
小説の執筆は未体験のことばかりで、苦しいこともあったけど楽しいこともたくさんあった。
今までは見ることしかできなかったものが、自分で創り出すことができる。
物語を書くことは他の娯楽では体験できない刺激を与えてくれた。
時間はかなりかかったが、物語を書き終えることはできた。
その時の達成感、それは1からなにかを創り出したことのない自分にとって一生大切にしたいと思えるほどだった。
小説を投稿したのは投稿できる小説を書けて、送ることができたからだ。
大賞とれたらすごいよな……そんな淡い期待をすることもあった。
結果は1次落選。それを見た時、落胆し悔しさがこみあげてきた。
どうして落とされたのかを知るために、自分が投稿した作品を見直してみた。
どこにでもありそうなありふれた展開でつまらない、あんなにも楽しいと思って書いていたものが、時間を空けて読者と同じような目線になることでそう思えてしまった。
つまらないと思ってしまうことは、しかたのないことだと思っている。
合う合わないはあるし、感性の違いや狙っている層が違う場合もある。
自分がつまらないと思っているものが、他の人にとって面白いなんてことはいくらでもある。
だけどこれは自分の書いた作品だ。俺自身が面白いと思って書いた作品だ。
それがつまらないまま、しかも自分せいで。それが落選したのと同じくらい腹立たしく、どうにかしたいと思った。
もっと面白い作品を創りたい、俺は小説の執筆を続けることにした。
まずは多くの人が面白いと思っているものを書いてみよう。
それがたとえありふれた作品であっとしても、その中で自分だけの魅力を創る。
王道作品、恋愛物、流行った作品の要素をとりいれたもの。
何度も挑戦を続けることで小説のクオリティはあげ、二次選考を通った時もあった。
成長は感じられた。でも同時になにか自分だけのこだわりや個性というのが失われていく感じもした。
つまらないという感情は小説の執筆を続けても消えることはない。
(もっと面白いものを創りたい、もっと自分らしいこだわりを感じるものを)
そんな風に考えていた時に、逢夢と出逢った。
(逢夢と物語を創るのは楽しかったな~)
桜の木の下で出逢った、あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
見せたたがりで恥ずかしがりな姿は、逢夢らしくて可愛いかった。
ヒーロー✕創造、逢夢がヒロインの物語で書きたいテーマがなにかをきずかせてもらえた。
バトルコスチューム、必殺技、変身シーン……色々なものを二人で考えながら創るのも楽しかった。
物語の中でいつも逢夢は悩みと向き合い、魔王という強敵と戦ってくれた。
激闘だった。書いている自分も熱くなれた。ヒーローとして活躍する逢夢はかっこよかった。
逢夢の台詞を考えている時は逢夢のことをより理解できて、嬉しかった。
そんな日々があったから物語の内容も最後まで考えて、ヒーロ✕創造をテーマにした逢夢の物語を書き終えることができた。
きがつけば、愛知平和公園内にある桜の園のあたりまで歩いていることにきがつく。
冬場の桜の木は葉が一つもついていない。春に綺麗な花を咲かせるために今は力を溜め、冬を越そうとしている。
蕾すらついてない桜の木をみて、逢夢のことを思い出す。
逢夢の笑顔、
逢夢の言葉、
逢夢との約束。
しまいこんでいた大切な思いのすべてが溢れ出てきてしまう。
「認められないことくらい受け入れろってことは理解してるさ。けどさ、今までとは違ったんだ。逢夢がいて、俺がいて、だから特別で――それなのに、なんで、なんでだよ!」
必死に理性で自分を抑えつけようとしたが、心のダムを壊すほどの濁流は、荒れ狂い、悔しさが心を乱していく。
これならいけると思っていた。認めてもらえると思っていた。
それなのに認められなかった。
俺と逢夢がきずきあげたものがなくなるなんて嫌だ、嫌なのに、なんでだよぉ……
なんでもいい、どうでもいい、すべてが嫌だ。
「こんな現実なんて壊れてしまえばいい。俺の創造を特別でいさせてくれよ!」
――その願い叶えてやろう
破滅的な衝動にかられた時、囁きと共に天から悪魔が舞い降りた。