7話 はじめての出版 ⑤
もう一度振り返る、それをするために自室を出て、今は逢夢の部屋になっている場所の扉の前に着ていた。
“トントン”
「部屋入ってもいいか」
「あ、どうぞ」
逢夢の部屋のドアを叩き、部屋の中へと入った。
逢夢は桜色のパジャマを着ている。敷かれた布団の上で漫画を読んでいたのだろう、タイトルが違う作品や人気漫画雑誌が置かれていた。
「どうされましたか」
「本棚にある本をみたくて。逢夢もいろいろ買って、新規開拓するほうだよな」
「きになったものがあったらつい買ってしまうんですよ。創磨も新刊買ってくださっていますよね。キャラクター目線からすれば、とてもありがいたいことです」
「他の作品が買われるのも嬉しいと思ってくれてるんだ」
「多くの作品が読まれること、それがキャラクターにとっての喜びですので」
逢夢みたいなキャラクターがもしこの世界に多くいたら、もっと読まれる作品が増えたりするのかな。
視線は本棚のある場所に向けられる。そこには短い巻数の作品が並べられている。
「今さ、打ち切りって題材で物語を書こうとしている。それが俺が読んできた作品をみにきた」
「ここにあるのは打ち切られた作品なんですか」
「まぁそうなるのかな」
この人生の中でおそらくもう読むことはないかもしれない作品。そしてすでに多くの人から忘れさられた作品でもある。
「思い入れのある作品だったのでしょうか」
一つの作品を手に取り、すっとぼけたような声で語りはじめる。
「それが……そうでもないものあったよ。これとか、これ面白いか~? みたいなことずっと考えながらみてたし。あ……終わちゃったよ、っていうのが読んだ感想だった」
「読まれたことに後悔されたのでしょうか」
「昔はやっちまった~! みたいなことは思っていたけど、それはすぐになくなったかな。いろんな作品を見て楽しみ方の幅が増えたっていうのもあるけど、自分に合わなかっただけだと思えるようになった。主観でみすぎないというか、そのキャラクターの立場は求められてる層がなにかを考え、心の変化すらも楽しんでいる。作品を楽しむために読んでるわけだしな」
忖度なしで評価するという見方はいれつつも、この作品はどんな層向けで、どういう好みの人に合わせているのか。どんなアプローチをしているのかを考える。
恋愛漫画とバトル漫画と同じ視点でみない。男性向けと女性向けは同じではない。
この物語はこの作者はこんなところにこだわれている。それを探すことで楽しむ量は圧倒的に増えた。
「ほとんどの作品はこれからも続いて欲しい、ものすごく面白いものも打ち切られた作品の中にもあった。これなんで打ち切られたんだっていうのがあると、へこむんだよな。ラノベの場合はなんの告知もなく終わったりもして、期間が空くと察してしまう瞬間がある。きずいた時には見れなくなってるんだよな」
商業作品だからしかたない。採算の合わない商品は消えるのはどの世界でもあることだ。
それでも簡単に割り切ることはできない。応援した人、それを創りだしてきた人にとって、大切なものが消えてしまった事実はなにも変わらない。
「ジャンル的に流行らなそうだっていうのもあったりするし、すべてが同じ条件だとも限らない。最初からハードモードを選択しているようなもんだ」
挑戦的な作品も多く、それが面白いとも変わらない。変わったジャンルを扱っている、それだけで手にとられないことは多い。俺もすべてのジャンルに触れているわけでもない。読まないだろうなって思うジャンルはたくさんある。それはしかたのないことだ。
「どちにせよ、打ち切りに変わらない。クオリティが違おうが、どれだけ愛されていようが同じだ。作者の新作が人気がでたりして、打ち切りから復活みたいな作品も稀にあるけどさ、ほとんどはそれ以上日の目を見ることはない。それが打ち切りってやつなんだ」
今日この時だって、打ち切りが決まっている作品はあるかもしれない。未来に目を向けたらもっとだろう。
選ばれるものと、選ばれなかったもの。その差は大きい。
「キャラクター目線から見て、打ち切られてしまうことはどう捉えているのだろうか」
「打ち切りは本来想定とは違う終わり方をすることがほとんどです。創造主様達が描きたかったものとは違うものを描かざるおえなくなる。そもそも描く機会すらなく終わってしまうものもあります。打ち切られたくない、創造主様達がそう思われているように、わたし達もそう考えています」
逢夢は寄り添うようなやさしい声で、どう考えているのか教えてくれた。
その言葉は俺を勇気づけてくれる。。同じことを思ってくれている。それが心強さを生む。
誰しもがそう思って欲しい。そう思ってくれれば……
でもそれは叶わない。打ち切りを悲しむことよりも、新しい作品に流れていく。
それがたぶんこの世界における、普通。
「打ち切られてしまう作品はでてしまうことはしかたのないことです。人間達の使える時間が有限ですべての作品を買うことができない以上、読まれない作品がでてきてしまうもの。それならよりその時代にあった作品が多くの人に読まれる方がいい。そう割り切りることにしています」
逢夢は表情一つ変えない。極めて理性的な意見を述べる。
しかたない、しかたない、そう自分に言い聞かせているかのように。
「物語の中で、打ち切られた作家の魂と俺達は闘うことにするつもりだ」
これから物語の中でやりたいことを話す。
敵として登場するもの。それは最も今対峙したくない相手。
「その敵は、打ち切られたくない、そう言われるのでしょうか」
「そうするつもり。創造を守るというのなら、自分達も助けて欲しい……みたいな感じかな。闘いたいと思わない相手とも向き合わないといけない。どうすればいいかも解っていないのに」
本棚の中にある打ち切られた作品達。そのどれもが、自分達を苦しめようとしてくるのか。
打ち切りにあってしまったのはどうしようもないことなのに、無理やりをその感情をさらけださなければならない。
「どう向き合うべきか。わたしも解りません。それでも創磨ならなんとかできると思います。魔王、そして本屋の問題にも創磨は向き合ってきました」
つくり笑いだと伝わるくらい大げさな笑顔で、逢夢は勇気づけてくれる。
「それと同じようにできるといいんだけどな」
それなのに、その言葉は俺に響かない。こんなにも近くにいて、こんなにも励ましてくれる相手のことを、遠く感じる。遠い目でみている。
(時間が解決してくれるといいんだけどな)
そのうち良い考えが浮かんでくるだろう。そう思うことくらいしかできずにいた。




