6話 友に描く答え ⑤
「なんであんなこと言っちゃったんだろ……えまちぃに嫉妬してもしかたないじゃんか」
夕食を食べてお風呂に入ったあと、部屋のベットに寝転がって手を伸ばしても届きそうにない天井をみていた。
優れた環境を生まれた時から与えられ、描いたイラストが多くの人を魅了する。
誰よりも近くにいたはずなのに、いつのまにかあたしが羨むようなものばかりを手に入れて、誰よりも遠くへ行ってしまった、あたしの友達。
友達なのかな? そんなことを最近はよく思ってしまう。
以前はえまちぃがあげたイラストや漫画を見るのは待ち遠しく感じていたけど、今はできるだけ見たくないとさえ思ってしまう。差は開き、追いつくことはできない。惨めになっていくのが嫌で嫌でしかたがなかった。
「いつからこうなちゃったんだろうな」
目を閉じ、えまちぃと出会った時のことを振り返る。
「才藤さん、みんなに自己紹介してもらえるかな」
「才藤絵麻です。よろしくお願いします」
小学三年生の始業式の日、クラス替えでえまちぃと同じクラスメイトになった。
身なりは整っていたけれど、笑顔が乏しく無愛想。自己紹介で自分をアピールすることもなくはじめはぱっとしない印象だった。
始業式直後はどんな娘か知るためにクラスメイトの娘がたくさん話かけていたけど、それもしだいになくなっていく。恥ずかしがりやってわけじゃなく、窓の外をただみつめている日々。クラスメイトと仲良くしたいって感じにはみえなかったからだ。
「どう、これすごいでしょ」
「さゆちぃ上手、上手。他のも描いてみてよ!」
お姉ちゃんから絵を習っていたあたしは、流行っているアニメのキャラクターの絵を友達にみせてまわった。積極的なつながろうとするのはこの頃からやっていた。
上手だって褒められるのがとても心地よかった時期だ。
えまちぃとの接点ができたのは、始業式から二週間経ってからのことだった。
「才藤さん、落書きばかりしてはいけませんよ」
ノートを返した先生がえまちぃに言ったその言葉がきっかけだ。えまちぃとは席が離れていたから接点はなかったけど、絵を描いていることには興味をもった。
授業中観察していると、たしかになにかノートに書いている。あたしもよく落書きをするからわかるけど、ペンの動かし方が文字を動かしているそれとは違っていた。
どんな落書きをしているんだろうか、まだまだ小学生だったのですぐに興味がでてきた。
休み時間になっても、えまちぃはノートと向かい合っている。周りの人のことをきにしていなかった。
「才藤さん」
「…………」
絵を描くに夢中なのか、呼びかけてもすぐに反応が返ってこない。
「才藤さ~ん」
「……なんでしょうか」
声のボリュームをあげることでようやく反応してくれた。手を止めてあたしの方に顔を向けると、フクロウみたいにまんまると目を開けたまま首を斜めに傾けた。
「才藤さんも絵を描くんだね。みてもいいかな?」
「……どうぞ」
のり気ってほどじゃないけど、えまちぃはノートを見せてくれた。
ノートに書かれた落書きは衣装は違っていたけど、同じ女の娘ばかり。子供の頃のまま変わっていなさそう、上手い絵ではなかった。
「絵って誰かに教えてもらったりしたのかな?」
「教えてもらってはいません。描くのが楽しいから描いてます」
好きだから絵を描き、好きなのものを好きなように描ている。あたしは褒められるのが好きで描いいたから、えまちぃの感性がすごく新鮮だった。
「えと……堀北さんも絵を描くんですよね」
「そうだよ。あたしの絵みてみる?」
「みたいです」
「これあたしのアカウント、ここに今まで描いてきた絵あげてるんだ」
あたしの絵には興味があったらしく、SNSにあげた絵を見せた。
「……これどうやったら描けるようになりますか」
他の娘はすごいともてはやす感じだったけど、この娘は自分でも描いてみたいが先だった。
こんな娘が絵を描いたらどうなるんだろう。好奇心の方がそのときは強かったけ。
「絵の勉強をしたら描けるようになったよ。あたしはお姉ちゃんは教えてもらったんだ」
「そうなんですね」
「あたしが教えてあげようか。もっといろいろなもの描けるかもしれないよ」
「堀北さんがいいなら、教えてもらいたいです」
「もちろんいいよ、絵を描くことができる友達っていてほしかったし」
単純に同年代のお描き仲間が欲しくて、あたしも友達になりたがった。
「堀北さんはやめて、さゆちぃて呼んで欲しいな。なんかかたっくるしいの嫌なんだよね」
「……さゆちぃ」
「えまちぃ、これからよろしくね」
握手を交わし、あたし達はこの時から友達になった。
あたしがえまちぃに最初に教えたのはスマホで描く方法だった。
「これ楽しいね」
えまちぃはすぐにスマホを使った絵の書き方を覚えた。
それから一週間後には両親に頼んだのか、タブレットで絵を描くようになっていた。
お絵かきソフトっていうのはすぐに扱えるっていうものではない。タッチペンの慣れ以上に、ソフトに備わった豊富な機能をどうやって扱うか覚えていくことが最初は大変だったりする。
それをえまちぃはすぐに実践で使えるレベルにしてしていた。今にして思えば、描くために覚えるんじゃくて、描きたいものがあるから触りながら覚えていく。常に描くべきものがあったからこそ上達が早かった。
絵を描くことだけではなく、他のこともたくさん教えてあげた。
「どれみたほうが面白い?」
「これとか超いけてたよ」
あたしがオススメのアニメや漫画を教えると
「さゆちぃ、このナイリバっていうのすごく面白かった。みてみてよ」
えまちぃ自身もオススメの作品を教えてくれた。
「めちゃ衣装あるじゃん」
「このコス着てみてよ」
「うわ~めちゃかわいい」
えまちぃの家でも遊ぶようになり、めちゃ広い衣装部屋があるのも驚いた。
そこでえまちぃに、服の着こなしだったり、コスプレの楽しさを逆に教わったりもした。
「さゆちぃ、さゆちぃ! あたしの絵みてよ!」
明るい性格にもなって、多くの人に受け入れられるようになった。
(うま!)
絵にいたっては信じられない速度で成長していた。もともと絵をたくさん描いてきたっていうのはあるんだろうけど、センスの塊だというのは疑いようもなかった。
「めちゃ上手くなってる。これはあたしも負けてられないね!」
小学生だったからなのか、まだプライドがあったからなのか、この頃はまだ対抗意識を燃やしてえまちぃみたいに上手くなろうと努力をした。
それでも追いつくことは叶わなかった。
「えまちぃの絵めちゃくちゃいいねもらってるやん。フォロワーもたくさんいてすごすぎやね」
「えへへ,そうかな」
中学生になった直後からえまちぃの絵がSNSで人気になると、絵に興味のないクラスメイトもえまちぃはすごいと言い始めるようになっていた。
流行っているものに対してクオリティの高い絵を常にあげつづけ、定期的に天上先生の作品のキャラクターを描くことで定期的にみてくれる人も増やしていく。
画力とスピードはもちろんのこと、見られやすい努力を自然にえまちぃが続けたからだ。
以前はあたしの方が上手だった、あたしだってみられたい。そんなえまちぃを見てあたしもたくさんの人に見られたいと思ったけど、えまちぃのようにはいかなかった。
「さすがえまちぃだな~漫画まで描けちゃうなんて」
「さゆちぃも描くといいよ」
「そんな簡単にできないよ。すごい時間かかるの目に見えてるし」
「そこはなぁ~」
「だからあたしには無理無理。応援はさせてもらうけどね」
えまちぃはイラストだけではなく、漫画まで描くようになりますます手の届かない存在になっていく。物語はぱっとしないと思ったけど、絵はやっぱりすごい。そもそも見られる漫画を描けるってだけで普通じゃできない。あたしとは違いすぎる。
年月がすぎる度にえまちぃみたいになれないと思いしらされ、たくさんの人にはみられたいけど努力しようとは思わなくなっていた。
高校は普通科にしてもいいのかぁと思ったりもしたが、絵ばかり描いていたあたしがいまさら勉強ができないと諦め、えまちぃと同じ美術科のある希望ヶ丘高等学校へと進学をした。
課題をこなし、上手くもない絵で承認欲求を満たすけだけ。絵を描くのは楽しくなくなり、義務感で最近は描いている。
そんなあたしと違って、えまちぃはラノベの仕事をもらい、漫画に再挑戦したいとさえ言いはじめた。
漫画を諦めてくれた時、本当はほっとしていた。えまちぃでさえ通用しなかった世界。それがあって良かったとさえ思っていた。それなのにまたその世界で成功しようとしている。
しかも自分の欠点さえも補ってくれる、パートナーをみつけたうえでだ。
世の中は不公平だ。みんなそう言うけど、その人達のいう不公平なんていうのはあたしと比べ物にはならない。あたしはずっと才能のある人間と比べられる。才能のある人間と出逢ってしまったから、常に不公平だと思うことしかできなくなった。
「才能がないのが嫌、才能が憎い、才能があるのが許せない……絵麻みたい才能があれば、あたしは絵麻のようになれる。それなればずっと絵麻とだって……」
「その願い、てめぇの破壊力で叶えさせてやるよ」
夢も願いもすべてが赤く染まっていく中で、あたしは突然の来訪者にすべてをゆだねる。
神か悪魔か、そんなことはどうでもいい。この不公平な未来を変えれるのなら、あたしはなんにでもなれてしまえた。




