5話 残されし想い ⑬
翌日の日曜日、これからどうしていくべきか自分の中で考えをまとめてから、こよみ先輩に連絡をした。
「どうされましたか、逢夢さん」
いつものこよみ先輩の声、ブレイカーになったことで体に負担がかかるようなことはなさそうだ。
「新しくやってみたいことがあるんです。それを聞いてもらいたくて」
「どんなことですか」
大須巡り、そしてライブを聞いて得た経験、それをもとにしたアイディアをこよみ先輩に聞いてもらう。
「そ、そんなことを! でもそれなら違う入口になる」
「わたしならやれる、わたしにかできないことで輝いてみせます」
わたし自身が輝くことで新しいきっけけをつくる、そう力強く宣言をした。
「それともう一つやりたいことが……」
もう一つのアイディアについても話し、
「気楽にやれることなのでやってみましょうか」
「よろしくおねがいします」
すべての伝えたいことを伝えられた。通話をきろうとしたその時……
「逢夢さん、わたしからも話したいことがあるんです。昨日みた夢のことなんですけど……」
こよみ先輩が話してくれたのは、ブレイカーとして闘った時のことだった。
時間を奪ってでも自分の欲望を叶えようとしたこと、そこから救ってくれた人がいたこと、わたしが認識しているよりもぼんやりとした形ではあったが昨日の闘いのことを、夢の中であった出来事を話してくれた。
「時間を奪うことで本をみてもらいたい、夢の中にでてきてしまうくらいにはそう考えてしまう時があった。本当は悪いことだと解っているはずなのに……」
奪ってもいいなんて考え方をしてしまっていた、そのことに罪悪感をこよみ先輩は感じていた。自分で自分を許せない、そんな風に思ってさえいるのかもしれない。わたしがしてあげられるのは、こよみ先輩が明るくなれるような言葉をかけてあげること。
「でも今はそう思っていないんですよね。そうでなければ、そんなにも後悔したりはしない。後悔しているのは変わりたいと思っているからです」
「はい。夢の中でわたしを変えてくれたあの人のように、今はたくさんの想いを届けたいって思えています」
分厚い暗雲さえも通り抜けた言葉は、希望の光で満たされていた。わたしも同じだ。
希望の光を持つことができた。後はそれをつなぎあわせ、明るい未来の光へと変えていけばいい。
「すいません、なんだか変な話をしてしまって」
「そんなことないですよ。本屋さんを大切にしたいっていう想いだって大切にしていきたいですから。そのためにも今できることをやっていきましょう」
希望の光を明るい光を絶やさないために今できることをしていく、新たな決意が新しい希望の光を創りだしていくのは心地良かった。
こよみ先輩との通話を切ると、絵麻の家にある撮影部屋に転移した。
「あ~きたきた。準備できてるよ~」
ブレイドにはすでに事前に連絡を入れて、許可をもらっている。
「あ~あ~」
撮影場所の中央にマイクに向かって、声を調整していく。
「この世界でも、キャラクターらしく全力でなりきってみせる」
「なれるよ。逢夢ならなんだってね」
ブレイドにうなずき合図を送ると、自信たっぷりにツーサイドアップの髪をかきあげる。
ブレイドが親指を立てゴーサインを送ると、ライブで見てきたあの人達のように目線をカメラに向けた。
「普段は書店員をさせていただいている桜木逢夢です。今から聞いていただくこの歌は先輩の思い出の本『トキ』から受けた想いを元に創りました」
導入は短く、長々しい話は視聴者は求めない。
「すてきな本の出逢いを歌を通してあなたに」
クリックした人が求めるのはわたしの歌声。
「『トキ』、聞いてください」
そしてわたしは紡ぐ。歌を通して本の想いを。
目指すのはライブで見たあの姿。わたしにはあの∨チューバー達や声優達のようになりきる力がある。
(わたしはキャラクターだ。わたしに慣れないものはない)
創造力の力、それはわたしに圧倒的な歌唱力を与えてくれる。
(見られたい、もっとたくさんの人に見てもらいたい)
わたし自身のこだわりも力をかしてくれる。
(物語でやっていた時のように、この歌を心に響かせる)
創磨も物語の中で同じことを考えてくれていた。それがより強い創造力を具現化させる。
(想いを届けるんだ、この歌で)
わたしにしかできないこと、それがわたしの魅力となると信じて。
「ご清聴ありがとうございました。『トキ』、ぜひ読んでみてください。本屋では新刊で推したい本のアンケートも募集中。たくさんの本を出逢いをあなたに。ではまた会いましょう」
そうして動画の撮影が終えた。
5日後、動画の投稿がされた。
「オリジナルソング 『トキ』」
それはわたしが書店員として、キャラクターとして創り出した初めての曲だった。
他には不動の人気を誇るテラステラのテーマソングもカバー曲として歌った動画も投稿してある。馴染みのある曲からわたしの歌声を知ってもらうためだ。
本屋にも変化があった。
まず新しい施策としてはじめたことがある。
それは推し本コーナーというもの。4ヶ月前を目処に販売された新刊の中で面白いと思ったレビューを書いてもらい、これは読みたくなったと思ったレビューと共に本を紹介するというもの。
推し本を推せる場所に。
アニメショップを見て、推せることの楽しさを改めて感じた。それを本屋でも感じてもらいたいという想いから考えたものだった。
レビューも集まり、それを見て手にとる人達もいる。
変化はもう一つ。
本屋にはわたしの歌を聞いてくれたお客さんが訪れる時がある。
「逢夢さんの歌を聞いて、買ってみたいと思いました」
まだ高校生ぐらいの年齢の女学生が手にとっていたのは「トキ」、わたしの歌がなければ手にとることのなかった本。
「ありがとうございます」
本に込められた想いを歌うことで出逢った本達は、また新しい世代の人の手にわたっていく。
出逢いの形は変わっても、想いの形も変わらない。
想いをつなぐわたし達がいるかぎり。
5話終了です。




