5話 残されし想い ⑥
桜並木に植えられた桜の蕾のように、人々は新しい新生活に胸をときめかしているころだろう。わたし自身はそんな気分にはなれていなかった。
(どうすれば数字が伸びるのでしょうか)
自室のノートパソコンの前で考えるのは、どうすれば多くの人に動画をみてもらえる方法だ。
今できることはやって、本の紹介をすることはできた。
でもそれで目的が達成されたわけではない。本屋に来てもらえる人を増やすというのが本来の目的。
(解ってはいるんです。人と同じことをやっても注目されないってことは)
こうなってもしかたはないと思っている。それは他人と違うことができていないという自覚があるからだ。
他の人を参考にしようと動画サイトを見てまわる日々。
(いつみても面白いことをするな~)
お気に入り配信者、お気に入りのチャンネルが見ていくうちにわたしの中にもできた。
ゲーム配信が得意で面白いリアクションを常にしている大型事務所所属の∨チューバー。トークスキルも多彩で話を聞いているのも面白い。
努力家で絶対に投げ出さない。ゲームがもたらす難しい難題に挑戦し、最後には絶対にクリアする。そこにいたるまでの面白さ、そして達成感くる感動。
リアルタイムで行われているからこそ、よりダイレクトに伝わる。
(羨ましいな)
そのどれもは本がもたらすことのできない魅力のように思い、その∨チューバーのことを羨ましくも感じていた。
本や本屋に関わる配信者だったら……そう思ってしまう時もあった。
「逢夢、少しいいか」
動画を見ていたら、創磨の声が扉腰から聞こえた。
「はい」
なにか用事だろうか、そう思い扉を開ける。
「どうされましたか」
「逢夢が今どうしているのかきになって……逢夢もそのチャンネルみてたんだ」
創磨はわたしの隣に座り、ノートパソコンに映し出されている動画をみはじめた。
「創磨も見ているんですか」
「お気に入りに登録しているから、たまにみるかな。面白い配信者だよな。この人にだせない魅力があってこだわりを感じる。それが良くてみてる」
「本当に個性的ですよね」
自分にないものを持っているその配信者は、創磨の心もつかんでいた。
もしわたしが同じような配信をしても、この人みたいにはなれない。方向性が違う。
この∨チューバーは視聴者が求める面白さを提供している。
「歌もうまいんだよな。3Dライブみたことあるか」
「いえ、それはまだ」
「一緒にみてみるか。驚くと思うぞ」
創磨はそのチャンネルの中にある3Dライブを再生、一緒に見ていくことになる。
「すごい、まるで物語の中で動いているみたいです」
「すごいよな~こんな風に動いてるだなんて」
3Dの空間でアバターが踊り歌い、そこでしかできなライブが提供されている。
現実世界ではド派手な演出とカメラワーク、見た目のこだわりというのもあるが歌のレベルも高い。
楽曲も個性に溢れ、定番の盛り上がる曲もあれば、配信活動をもとに創られたオリジナルの曲もある。これまで歩んできた道、そしてその未来の先まで描く。
一つのエンタメとして、これほど完成されたものをみれることはそうそうない。
これからも応援したくなる、元気がもらえる、そんなライブ配信だった。
「すごかったです、こんな活動をされていただなんて。歌も素敵で、わたしもあんな風に慣れたらいいのに……」
強すぎる憧れ、それが自分の中にある願望を吐き出してしまった。
「やっぱり、配信のこと悩んでるんだな」
「すいません。このようなことを……悩んでいる姿なんてみたくないですよね。迷惑をかけてしまいますし」
「困ったことがあったら相談してくれ、そう言ったのは俺からだぞ。話をするだけでも気持ちが楽になると思うよ」
涙がでてきそうな言葉を創磨は伝えると、自分の目をまっすぐとみつめてくれた。
大丈夫、そう言い聞かせるかのような瞳を見ていると、砕けそうな心に熱が蘇る。
「挑戦することで足りないものがあると思えるようになりました。でも、この先どうすればいいかが解らなくて。なにをすればたくさんの人に見てもらえるのか、どうするのが効果的なのか。たくさんの動画を見て回りましたが答えは得られませんでした」
動画が伸び悩んだ時から、ずっとなにか足りないものを探してしまう。
理想通りにいかないことは想定していた。それなのに、自分がなにものでもないと解ってしまったことで焦りを感じていた。
「俺もさ、最近不安になることが多い。もうすぐ俺が書いた小説が出版される。本当に見てもらえるのだろうか、そんな風に考えてしまう時があるんだ」
「クリエイト・レイターズ、5月に出版ですものね」
「ああ、だから自分のことのように考えられる。逢夢の不安な気持ちも解るよ。っていうか、結果のでてる逢夢のほうがきついはずだ。俺も落選した時は落ちこんだ……想いを込めて、時間をかけて創ったものが見られないのは誰だって苦しいものさ」
創磨は苦しさを分かち合おうとしてくれる。自分の体験を通し、わたしの苦しさを同じものだと言ってくれた。
「創磨はこの苦しさと、どう向き合っているのでしょうか」
「色々あるけど……楽しい気持ちを捨てないってことは大切なんだと思う。逢夢は動画作りを楽しんでいるだろうか」
「はい、やってみたらすごく面白いと思えました。人になにかを伝えるのってすごく大変なんですけど、誰かに自分が好きなものを伝えることは楽しい、まだ見られる人は多くないけれど、その人のことも大切に思えています」
「そう思えているなら、その苦しさと向き合い続けることはできるさ。俺も物語を書いて思い通りにいかなくて苦しい時はあるけれど、物語を創る楽しさは変わらない。苦しいけど、楽しいから続けることができている。きっとなにかを創り、伝えるってことはその連続なんだ」
不安を分かち合おうとする創磨の言葉はわたしの心に春風を吹かせ、心は舞い散る花びらのように軽くなった。
涙がこぼれ、自分が救われたような感覚がある。
苦しさと向き合い続けることを肯定してくれる、そのやさしさが救いとなる。
「手をつないでいただけませんか」
「いいけど」
もっとやさしさに触れたくて、創磨の手を握る。
何かを話すことはなかった。ただお互いにぬくもりあう時間、それが不安な気持ちを和らげてくれた。
「ありがとうございます、わたしの不安によりそっていただいて」
「お互い様さ。逢夢は物語の中で俺にいつも勇気をくれる。その恩返しみたいなもんだよ」
気恥ずかしそうに頬を掻く創磨を見ているだけで、気持ちがずっと楽になった
「創磨は悩んでいる時、なにをしますか」
前向きになると、新しい挑戦をしたいと思えるようになっていた。
「色々あるけど、視野を広げることは大切だと思う。だから逢夢がしていることは無駄じゃない。視野を広げようと人気がある配信者や動画を見てたってことになる」
「そう言っていただくのは嬉しいことなのですが、わたしはまだなにも思いつけていません」
「そんな簡単に良いアイディアっていうのは思いつかないよ。でもな、その経験が蓄積されて、新しい考えが思いつくことがある。視野を広げ蓄積させること、それが大事なんだ」
創磨は物語を考える中で数多くの新しいアイディアを考えてきた。
安心させたいがために言った言葉ではない。蓄積された経験、それが説得力を生み出していた。
「土曜日、気晴らしに遊びにいかないか。ベインや執筆のことで忙しくて、どこか出かける機会はあまりとれてなかったからな」
「いいんですか」
「逢夢とはじめて出逢った時、気晴らしに物語の世界を体験させてくれた。逢夢がしてくれたように、俺もしたいって気持ちもあるかな。それと俺もちょうど悩んでいるから、気晴らしがしたいっていうのもある。俺も物語の中で本屋のことを描いていて、本屋をどうしていくべきか探してる途中だ」
以前気晴らしに誘ってくれたから、創作のアイディアを考えるため。
わたしのために、そして自分のために創磨は気晴らしを必要にしている。
「いきたいです、気晴らしに」
断る理由はない。創磨のために、そしてわたしための気晴らしをしたいことを伝えた。
「場所はどうされますか?」
「それは俺がもう考えてある。ティアも連れていく予定だ」
「創磨にすべてお任せすることにします」
創磨とならば、この苦しくて楽しい道のりを乗り越えていける。
物語の中だけじゃない、この現実世界でも創磨はわたしにとって頼りなる存在になっていた。




