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5話 残されし想い ⑤

 土曜日、配信をすると決めて集まったのは絵麻の家にある撮影部屋。

「三葉堂書店で働いている文藤こよみといいます。ハガサネ先生、場所や機材を貸していただきありがとうございます」

「お礼なんてしなくていいよ、ブレイドの所有物だと思って使ってくださいね」

 絵麻に軽く会釈をしてお礼を伝えると、絵麻はきにしないでと言うかのように手をふり自室へと戻っていく。

 

「セッテングは済ませておいたから、さっそく撮影してこうよ~」

 ブレイドは事前に準備を済ませておいてくれ、もう動画撮影ができるようになっていた。


 いよいよ本番、緊張でこよみ先輩の表情が強張り、金縛りにでもかかってしまったように全身が固まっているようにみえた。

「こよみ先輩、緊張しておられるようですね」

 緊張を少しでも解きほぐしたいと思い、声をかけた。

 

「逢夢さんは緊張をしてなさそうです。どうしてなのでしょう?」

「見られることには慣れている、見られたいと思っているからだと思います」

 物語のキャラクターとして輝くことを望むわたし達にとって、より多くの人に見てもらえることは喜ばしいことだとさえ思っている。そういった意味では撮影に向いている性格なのだろう。


「見られることに慣れる、以前にそういったことをされていたのでしょうか」

 しまった。また墓穴を掘るようなことを言ってしまった。素直すぎるのも考えものです。

「……演劇、そう演劇の経験があるんです。演じることってすごく楽しいですよ」

「そうだったんですか」

 演劇ということにしておいて事なきを得る。純粋に真実だと思ってくれるこよみ先輩の視線が痛い。嘘はつきたくない、今後はこのようなことがないようにせねば。

 

「わたしから先にやりますね」

 今はまだこよみ先輩は緊張しすぎているので、まずはわたしが先にやることにした。

 

 配信用のカメラの先にいるのは視聴者達。その人達に魅力的だと思われるのがわたしの役目

 うさぎの耳のように伸びたツーサイドアップの髪に耳もとあたりから触れ、そこから肩に当たる程度に伸びた毛先まで髪をすくかのように手を動かし髪を整えた。


「お願いします」

 わたしが合図を送ると、ブレイドが右手の親指を立てる。こうしてはじめての動画撮影が始まった。

 

「はじめまして、三葉堂書店 希望ヶ丘支店、コミック・ライトノベル部門担当の逢夢と申します。動画配信という形で本と本屋の魅力を伝えていきたいと思い、配信活動をすることにいたしました。みなさまこれからよろしくお願いします」

 新しくチャンネルをはじめる際のあいさつはこよみ先輩が中心となって決めた。本屋さんとして配信をする、それを確かに伝えるものにはなっているとは思う。

 

「本屋の初配信、わたしが最近読んだ本の中で面白いと思った本を紹介させていただきます。もし自分の家族を殺した相手、もしくは殺したかもしれない相手と協力して生きていかなければならなくなったらどうしますか。嫌だ、憎いと思う前に一緒にいたくないと思ってしまいますよね。復讐だって考えてしまうかもしれません。今回紹介させていただく『アビスの深淵』という作品はそんな負の面と向き合い、共に協力しながら進む姿を描いた作品です」

 まずどんな作品なのか、それを伝え興味をもってもらう。それを意識してみた。

 

「人間の負の一面すらも貪欲に扱い、この世界観でしか表現できないような価値観で動き、それが驚きにみちている。ビックリ箱を開けた時なような衝撃を受けました。魅力的なキャラクター達が多数登場するだけではなく、そのキャラクター達を活かす物語の構成も見事でした。まだまだ面白い点というのはたくさんあるのですが、まずはあらすじから紹介させてください」

 どこに魅力をもったのかを驚くような声を交えてつたえ、あらすじへと伝えていく。

 話の構成は読書のレビュー動画だけではなく、映画のレビューをあげている人も参考にさせていただいた。

 

「いやいや、そんなことしていいんですか! みたいな展開が起こりすぎて、みている間に自分までパニックになって深淵の中にいるかのような気分にさせられました。心理描写も見事いうしかありません。暗いシーンばかりではなく、ユーモアを感じるシーンもあり、しんどい展開が続きますが読ませる力も感じました」

 驚く時は驚いて、気持ち込めて作品の良さを伝えていく。

 今できること、それはネタバレなしで作品の魅力をあますことなく伝えること。

 

「いかかでしたでしょうか。これをきっかけに本を読んでみたいそう思っていただけたら嬉しいです。ご清聴ありがとうございました。またお会いましょう」

 最後は丁寧に締めくくり、動画の撮影を終えた。

 やってみて解ったのだが、ネタバレに注意しながらおすすめするのも大変だ。話したいことはたくさんあるけど、話していけないこともたくさんある。その中で魅力を伝えるのは難しかった。

 

「どうでしたか?」

「恥ずかしさを感じさせず、とても聞き取りやすかったです」

 声量もいい感じだったみたいで、本の紹介をするという目的は達成できたようです。

 

「次はわたしが」

 緊張した体をほぐすかに深呼吸してからこよみ先輩が椅子に座り、わたしと同じように挨拶をしてから本を紹介しはじめる。

 

「みなさまはじめまして。三葉堂書店 希望ヶ丘支店、コミック・ライトノベル部門担当の文藤こよみといいます。はじめて本の紹介をさせていただく機会をいただきましたので、わたしがより深く読書をするきっかけとなった本、ミカ・エーデル作『トキ』を紹介させていただきます」

 撮影がはじまる前にみせていた緊張はどこ吹く風、こよみ先輩はいつも来店しておられるお客様に話す時のように聞き取りやすい声で話していた。

 

「この本は五十年前に出版された海外の児童書なのですが、今も根強い人気がある多くの人に親しまれています。この本に出会ったのは中学生の時でした。小学生とは違う友達、みんなの趣味が新しく変わっていく中でたくさんのお友達とあわせないといけない。その頃のわたしは自分の中の大切な時間を削り続けてでも、周りに合わせることに必死でした」

 こういった経験というのはわたしは本当の意味でしたことがない。なんとなく理解できるのは創磨がそういったことを感じたことがあるからだろう。こよみ先輩は創磨よりも友達と合わせることを重視しているように感じるな。

 

「毎日疲れていた、そんな時に少し息抜きをしようと図書館によったのがこの本との出会いでした。時間とテーマに惹かれましたが古臭くて児童が読むような本、こんな前時代の場所にある物なんてどうせたいしたことないんだろうな、そんな先入観をもったまま読み始めました」

 今のこよみ先輩とはかけ離れたようなイメージ。本のことを最初から大切に思っていたっていうわけではないんだ。

 

「この本の中にいるのはわたしのようになにか追われて忙しくする人々、そこにトキという主人公は疑問を持っていたのです。忙しい日々にとらわれているからこそきずけない事がある、この本のおかげで多くのことにきずかせてもらったんです」

 トキは名作とし今も扱われ広く世の中に知れ渡り、多くの人に影響を与えてきた創造の大先輩ともいえる。ただ楽しませるだけでなく、人生を変えてしまえるような力がある。尊敬できる創造の形だ。

 

「とてもためになったし面白かった、この本に出会えてよかった、わたしは読了とした時涙を流していました。それからは自分の時間というのも大切にするようになり、より多くの本と出会い、新しい扉をたくさん開いてきました。わたしが本屋さんで働いているのはその恩返しをしたいからです」

 普段本を語る時よりもこよみ先輩は熱弁を奮い、感情がこもっていた。目にはうっすらと涙の膜が張っている。思い出に残ったかけがえのない本、それがあるというのは羨ましいな。


「これがわたしと『トキ』との出会いです。さてこれからはみなさんに少しだけこの本のことついてご紹介をさせていただきますね」

 本と出会いを語ってからは、本の紹介をはじめていく。

 現代にも通じる部分があり、今読んで見るとまた違った世界が広がってみえる。子供だけではなく大人にも紹介できると伝えるその姿はとっても輝いていた。

 

「うん、いい感じに撮れていますね」

「はじめてのことで緊張しましたが、なんとか上手くできて良かったです」

 こよみ先輩の動作もばっちり撮ることができた。


「後はわたしゃがテロップなりつけて編集しておくよ。オープニングムービーみたいなのも作ったほうがいいかな」

「まだそれはいいと思います。方針が決まるまではこのままでいきましょう」

「たくさんの人にみてもらえるといいですね」

「はい」

 撮影した動画はブレイドに編集され、火曜日にはアップロードされていた。

 その動画には情熱をこめた。その動画には期待していた。その動画には希望を感じたかった。

 

 だけどその希望はあまりにも小さい。

 わたし達の撮影した動画はありふれた動画の一つとなり、2週間経っても再生数は伸びることはありませんでした。

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