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3話 魔王と創造 ⑤

 おぞましい声をあげた魔王の顔、そしてセラフ様の言葉、それが頭から放れない。

「あの場で魔王を倒していなければ取り返しがつかない被害が起きた可能性はあった。この世界に敵意を向ける魔王達の行動を見過ごすことはできない。セラフ様のようにそれに対する対策はなにかしていくべき……これからどうしていくべきなんだろうな」

 自分の意思決まっていたのだが、これからどうすればいいかまではまだ決めれていなかった。


――セラフ様が提案されたことについて、明日一度集まって話さないか?

 絵麻にメッセージを送ってすぐ、

――いいよ

 という返信がきた。


「なにか良い案がでてくるといいんだけどな」

 誰かに頼ることでしか解決できなさそうなことにもどかしさを感じながらも、気持ち的には相談相手がいる心強さのほうがまさっていた。


「創磨はセラフ様の提案についてどう思ったの?」

 翌日、逢夢と共に絵麻の家に訪問すると、さっそくリビングで話し合いが行われた。

 議題が議題なだけあって、一同顔つきは硬い。重苦しい空気すら流れている。真剣に話し合わないといけないことだと誰もが思っていた。


「魔王がいない世界にすることで平和な世界を創り出す、それには反対だ。物語から魔王がいなくれば、魔王が描かれた物語は改変されてしまう……だけどセラフ様の言葉を否定するだけじゃだめだとも思ってる」

 あの時感じた、苦い気持ちを吐き出した。逢夢はそれをうなずきながら聞いてくれている。自分のことのように聞いてくれている。

「だいたい、あたしも似たよう感じかな」

「わたしも同じ考えです」

 俺、逢夢、絵麻、賛同する者達はしめしあわせたように目をあわせたが、一人目を合わせぬ者がいた。

 

「ブレイドは……なんか違う感じぽいね」

 ブレイドは小さくうなずいてからながら、ひっそりと口を開けた。

「マスターの意思に反するのは不本意なんだけど、セラフ様の提案を受け入れてしまっても良いって考えなんだよね~魔王達がいることで争いは起こり続ける、それなら争いの元凶をなくした方が確実かなって」

「魔王を描いた物語が改変される、それはいいのか」

「良いことだとはまでは思ってないけどさ~それでマスターや人間達の安全が確保できるならいいかなって。ディアボロスやあの名も知らぬ魔王みたいに、悪意を向けてくることだってある。それなのに魔王が物語にとって必要な存在だなんて、あんま思えないんだよね」

 ブレイドは棘のない普段通りの語り口調であるものの、有無をも言わさない確固たる意思を瞳に輝かせている。それは簡単には折れないことを意味していた。

 

 魔王が物語にとって必要かどうか……おそらくそれが俺達との見解の違いをつくりだしている。それをどうにかしない限り気持ちを変えることはできなさそうだ。

「魔王が物語にとって必要な理由、それを提示できれば納得してもらえると」

「それは考えを聞いてみないと解らないかな~」

 とりあえず意見を聞いてみないと判断はできないと言った感じか。

 

「魔王は強敵だ。熱いバトルシーンもたくさんあるから物語が面白くなりやすい」

「物語の中にいる強敵って別に魔王じゃなくてもたくさんいるよ。魔王っていう設定じゃなくてもできちゃうことだと思うんだけど」

「魔王は多くの人達に知られている存在であり、最強の敵だっていうのが伝わりやすい。その理由こみでディアボロスも魔王にしたぐらいだ」

「伝わりやすくてもな~」

 一通り俺が思う魔王が必要な理由を伝えてみたが、ブレイドは首をかしげ納得いっていないみだいだ。

 

 納得していない様子のブレイドに対して、今度は絵馬が挑戦。

「ブレイドは魔王のことも可愛いと思ってるよね」

「可愛いと思ったことはあるよ。メアちゃんやセラフ様とか可愛いもんね」

「そうだよね、めちゃ可愛いよね。魔王が可愛く感じるのって、魔王っていう設定があるからだよ。そう思った魔王はめちゃくちゃ必要だなって思えてこない」

 シリアスな雰囲気を壊す明るさを絵馬はみせ、気持ちよく指をぐるぐると回している。これは勝った! みたいなことを考えていそうだ。

 

「ものすごくテンションがあがっているマスターには申し訳ないんだけど~魔王という設定がなくても可愛いキャラクターにならないかな~」

 なるべく傷つけない言い方をブレイドは選ぶも、それは絵麻の意見は通らないのと同じこと。

「魔王っていう設定があるから、可愛い瞬間があるんだよね」

「それはどんな時?」

「どんな時って言われてもなぁ~どんな時だろ」

「俺に聞かれても困るのだが」

 可愛い魔王のほうがいいというのが絵麻の意見なのだが、それを後押しすることが中々に難しい。助け舟を出すのは無理に近い。

「魔王がどうして物語に必要か、そんなの証明するのなんて難しすぎだよ~」

 ブレイドの意見を変えることはできず、絵馬は天を仰ぎ見ていた。

 

「難しい問題だよね~そう思ってさ、ちゃんと別の案も用意してるよ。そんなに物語の魔王が消えて欲しくないなら、人間達の都合を優先させちゃえばいいんだよ。そもそもさ、わたしゃ達みたいなキャラクターがわがまま言うのがおかしんだよね。魔王は倒される存在として扱うのが普通、いちいち気をつかう必要なんてないよ」

 ブレイドは誰もが迷ってしまえるような選択の中で、事前にどうするべきかを決断していた。

「魔王をこの世界から消すか、それとも人間達の都合を優先させるか。わたしゃ達が決めないとだよね」

 迷ってばかりでいる俺とは違う。決断できているブレイドのことが眩しくみえる。

 

(俺は結局、なにも決めれていないのか)

 俺はブレイドのようにはなれなかった。魔王のことを考えているのは一番自分だと思っていたけど、そんなことはない。なにも決められない臆病者なだけ。

 決めろ、どちらをとるか。セラフ様の選択か、人間達の都合か。

 そこに誰もが喜ぶような、都合の良い選択はない。

 現実世界は都合の良い世界じゃない。

 他に方法はない、なにもないんだ。

 

(決めろ、決めろ、決めろ)

 自分に言い聞かせる、どちらの選択にするのかを言い聞かせる。

 考えすぎて視界がぼやけていく。頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 選びたくない……でも選ばないと、犠牲者がでる可能性がある。

「俺は……」

 どちらの選択にするべきか言いかけようとした時、それは突然聞こえた。

 

――諦めることはありません。あなたになら見つけられるはずです。本当に選ぶべき道を

 声が聞こえた。記憶の中に残っている声。、誰か解らない、それなのに聞き覚えのある声が。

 そんな声が聞こえた後、記憶が呼び起こされた。

 

 それは魔王と出会った時の記憶、魔王を楽しんだ時の記憶、魔王を創りだした時の記憶、それが走馬灯となり蘇る。

 自分だけしか経験したことのない、魔王との出会い、魔王の恐怖、魔王の言葉、魔王の楽しさ。

(俺って魔王が好きなんだな……だったら!)

 記憶が呼び起こされたのはほんの一瞬の出来事、ぼやけた視界は元に戻り、聞き覚えのある名も知らぬ声は聞こえなくなっていた。


(頭の中に聞こえた声のことはきになるけど、今は……)

 逢夢や絵麻は平然としていて、おそらく俺のように声は聞こえていない。

 俺にだけ語りかけてきたこの声のことはきになりはしたが、今はそれ以上に大事なことがある。


(俺が魔王のことを楽しんだ記憶……そこから得た答えを伝えたい)

 今から言う事は決断とは程遠いのかもしれない。直前あったことを念頭に考えた突発的な考え。行き当たりばったりだとも呼べる。

 だがそれでもいい。俺の選んだ道は簡単には終わらせない。

 

「二つの選択肢しかないとブレイドは言っていた。でもそれは現時点での話だ。まだ知らなきゃいけないことがある」

「ん? それはなんのことかな」

 ブレイドはまったく検討がつかないようで、人を値踏みするように目を細めて見てきた。


「魔王の楽しさについて、俺達はまだ多くのことを知らなきゃいけないと思う。魔王について考えるならなおさらだ」

 創造神様が見せてくれた記憶、そこから考えだした答えは解決方法ではなく、新しい考えを模索するというものだった。

 俺の考えを聞くと、右手の人差し指を顎にて当てながら、ブレイドは上目づかいで思考する。


「魔王の楽しさね~いろいろあったから、わたしゃもそれなりに魔王が登場してる作品は読んでみたけどさ、創磨みたいには楽しめてないんだよね。でもそれって仕方ないことじゃない。他の人の楽しさなんて解らないことだってあるよ」

「確かに話しを聞くだけじゃ解りづらいかもしれない。でも、俺が感じた楽しさを記憶を通してみせるれば解るかもしれない。魔王を楽しんでいた時の記憶を見てもらいたいんだ」

 創造神様が見せてくれた魔王を楽しんでいた記憶は、俺にとってかげがえのない大切なもの。それを見せることができればなにか変わる可能性がある。

 根拠はないにもかかわらず、そう確信していた。まるで、こうなることが決まっていたかのように。

 

「記憶を見せる……それってどうやるつもり?」

「あ! それはだな……ど、どうやるんだろうな」

 絵麻の当然の疑問に対し、なにも答えることはできない。

 し、しまった。さっきはとんでもない奇跡のような出来事が起こったから、記憶をみることができた。でもあれは自分ではできないことだ。

 行き当たりばったりで考えたから、細かい所まできにしている余裕はなかった。どうすればいい……どうすれば。


「記憶ならば、わたしの力で見せることができますよ」

「まじか! 逢夢がいてくれて本当に助かるよ」

 逢夢の手を両手でつかみ、体が震えるほどの喜びがこみ上げていた。

「そんな、たいしたことじゃないですよ」

 こんなにも喜ぶと思っていなかったのか、逢夢は照れくそうに笑っていた。

「いいや、そんなことないよ。新しい道を歩むことはできるのは逢夢のおかげだ」

 少しおおげさすぎるのかもしれないけれど、喜びはおさまりそうにない。

 けして掴むことのできなかった糸口を、ようやくつかまえることができたのだから。

 

「あたしも協力できるかな。あたしだって魔王を楽しんできたし」

「実例は多いほうがいいか。逢夢の記憶もみてもらうようにするか」

 逢夢の記憶もみることになり、また違う楽しさをこれで伝えられる。

 

「明日、俺の家に集まろうか。セラフ様といっしょに魔王達のことを楽しんでいる姿をみる。その先のことはそれから考えていけばいいさ」

 やるべきことを宣言し、暗闇の中でも強く煌めかせる星のように目を輝かせる。

 迷いは消えた。後はやるべきことをやってみるだけ。出たとこ勝負にはなるだろうけど、俺は楽しいという想いを伝えるだけだ。

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