2話 あらたなる輝き、レイ・ブレイド ②
逢夢との生活が始まりやりはじめたこと。それは日用品や服、連絡をとるためのスマホ、必要なものを買うことだった。
「これが現実世界のお店、みたことのないものばかりです」
「なんか食べてみるか」
「はい、ぜひとも」
買うべきものを多いことなんてきにならない、その度に嬉しそうにしている逢夢を見ているのが楽しかった。
買い物を終える頃には陽が落ち、空は夕焼け色に染まっている。
「お味のほうはどうでしょうか」
「美味しいよ」
夕食に逢夢が作ってくれたのはオムライスだ。作中で逢夢が作ったことがあり、知識もあったのだろう。ふわふわで中々はとろとろ、甘みが絶妙でお店レベルのクオリティかよってぐらい美味しかった。
「ナイリバを読みました」
「お~読んでくれたか。どうだった?」
「面白かったです。最終回が特に良くて……」
逢夢と作品について語り合うことができるようになったのも嬉しい変化だ。
創造が好きな者同士、なにがどう面白いのかを伝えあえる。ついつい長話をしてしまうほどには話が弾んだ。
そんな逢夢との生活は続いた一週間後の土曜日、連絡のあった編集者の方と打ち合わせをすることになっていた。
灰色のトレーナの上に茶色のコートを着て、すでに準備は整っている。後は待ち合わせ場所にいくだけなのだが、待ち合わせの時間が近づくにつれて緊張してきていた。
「緊張しておられるのですか」
「少しだけ。なんか面接前みたいな感じ……でも大丈夫だから」
逢夢に心配されてしまうほど、緊張が顔にでもでていたのだろうか。しっかりしないとな。
「編集者の所へ行ってくるよ」
時間になり見送る逢夢を背に玄関から出ると、大通り沿いに面している打ち合わせ場所の喫茶店へと向かう。住宅街を通っている時に外壁で眠る猫が妙に羨ましく思えた。
打ち合わせの十五分前に喫茶店前に着いた。
まだ編集者はいない。キョロキョロと辺りを見ながら編集者が来るのを待っていると、5分後に編集者であろう人が店の前へ到着した。
「あなたがソウマ先生ですね」
「はい」
「はじめまして、希望出版の正谷です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
落ち着いた物腰の編集者、正谷さんと握手を交わす。
正谷さんは俺よりも年齢が上にみえる。30代後半ぐらいだろうか。
スポーツジムにでも通っているのかやたらとがたいが良い。大河ドラマの役者にいそうな古風な顔つきをしており、黒いスーツとシャツにもシワひとつなく清潔感を感じられた。
「コーヒーを2つお願いします」
喫茶店へ入り席に座ると、正谷さんがコーヒーを頼んでくれた。
店内は観葉植物と色彩豊かな花々で彩られ、壁、机、椅子にいたるまで木製。自然の豊かさを感じられるスペースになっており落ち着いた雰囲気で話しをするにはもってこいだ。
「ソウマ先生の作品『クリエイト・レイターズ』は最終選考で惜しくも選外になってしまいましたが、わたしはどの作品よりも面白くなる可能性があると感じました」
「ありがとうございます」
軽く感謝を伝えると、正谷さんは営業スマイルをやめた。
「お行儀よくするのはこれくらいに。ソウマ先生もリラックスしてくれていい、硬いままだと新しい考えって中々でねぇもんだしな。まずは今後について話をしてくぞ」
これからの流れを正谷さんが説明をし、それに対する応対をしていく。やるべきこと、してはだめなこと、今後のスケジュール等、頭に入れなければいけないことが多かった。
「なにか質問あるか」
「今の所はありません」
正谷さんの説明は解りやすく、質問は特にする必要がなかった。
「じゃあ、さっそく創磨先生が書いてくれた作品について話していきたいんだが、その前に聞きたいことがある」
「あ、はい。なんでしょうか」
逆に聞きたいことがあるだなんて言われ、戸惑いは隠せない。いったいなにを聞こうとしているんだ。
「あそこに座っている女性、もしかしてソウマ先生の知り合いか?」
正谷さんが視線を向けている方を向くと、メニューで顔を隠しながらチラチラとこちらを見ている逢夢がいた。穴からひょこりとでているうさぎのみみのように、ツーサイドアップの髪がはみでている。絶対バレてない感だしているけどバレてるから!
てか、なんで俺も今まできずかなかったんだよ。
「え~と」
目が泳がせ言葉を濁す。どうしやいいんだよ!
「知り合いだな。きになるから呼んできてくれ」
こんな風に連れてこいと促されてしまったらごまかすこともできず、逢夢がいる席までいった。
逢夢は目の前に来ても隠しとおそうとしてたが、手にもっていたメニューをとりあげる。
「あむ~?」
「すすす、すいません、どうしても創磨のことがきになってしまって」
おびえったうさぎがここに一人。黙って潜伏していたことを申し訳なく思い、頭をさげていた。逢夢がここに来たのは俺が心配させてしまったからだ。それを責めてもしかたない。
「責めるきはないから。今までずっと逢夢にきずいてなかったくらいだし。編集者の方がきにしてるからこっちに来て欲しいってさ」
逢夢を連れて正谷さんがいる元の席に戻り、俺の隣の席に座らせた。
「お邪魔することになってしまい申し訳ありません。どうしても心配になってしまって」
「ソウマ先生は緊張してたからな、そりゃあ心配したくもなると思うぜ。盗み聞きしてたことなんてきにしてねぇから」
すっかり謝り倒しな逢夢はきずかい、正谷さんは大人の対応をしている。このような事態になってもまったく気が動転していない、これが大人の余裕ってやつか。俺もいつまでも緊張してばかりいないで、正谷さんを見習わないとな。
「桜木逢夢です、よろしくお願いします」
「正谷だ、よろしく。物語のキャラと同じ名前……ソウマ先生と桜木さん、二人はどういった関係なんだ?」
「あ、それはその」
クリエイト・レイターズの主人公の名前も桜木逢夢で同じ名前。ていうかほぼ本人みたいなもんだ。
実は創造したキャラクターなんです、なんて言えない。ふざけてるのかって思われる。友人だと言い張りたいが、ただの友人が緊張している俺をみてここまでこないと思われそうだし。
「……同じ家で暮らしている親戚です。一緒に住んでいるのはまだ収入が心もとない逢夢の力になってあげたくて」
内情を知ったいたら苦しい言い分に聞こえるかもだが、なにも知れなければこれ以上の追求はできないはず。逢夢は俺の親戚、とりあえずこれで納得して欲しい。
「珍しいな。親戚とそこまで仲良くするなんて」
一瞬頭が真っ白になりつばをのみこむが、すぐさま言葉をひねりだす。
「物語に二人とも興味があってそれで……どういった形にしていくか話を聞いてもらったり、主役のモデルにもなってもらった。逢夢がいたからこの物語を書くことができたんです」
「それで物語の逢夢と名前だけじゃなくて、姿まで似てるのか」
正谷さんが逢夢のことをきにかけたのは、物語の逢夢と似ていることが理由だったのかもしれない。顔は隠れていたとはいえ、桜色のツーサイドアップアップはひょこりはみでていた。そりゃあきになるわけだ。
「このまま話し合いの場に桜木さんも参加してみませんか。桜木さんがモデルにされていて無関係ではないようですし」
「そうしてもらえると嬉しいです」
話の区切りにあわせて正谷さんがコーヒーを飲んで一息ついた。
「しきり直してくぞ」
正谷さんの雰囲気が変わったのを察して、背筋を再び伸ばして聞く姿勢をとった。
「創造を大切にしたいというストーリー、創造されたキャラクターとしての逢夢の感性、その2点が特にクリエイト・レイターズを読んでいて面白かったし、読者に好まれそうだと思った。しかしその一方で悪い所もかなり目立つ。特にラストバトル、魔王ディアボロスの描写が足りておらず、そのせいで熱量が足らないように思えた」
良い点についてはうなずきながら聞いていたものの、悪い点になるとうなずけなくなる。痛い所つかれてる。ディアボロスが描写が足りてないと正谷さんは思っていた。
「魔王は倒される存在として創られ続けてきたから恨みをもっている、そこは独自の要素があって良いと思う。だがその要素を伸ばしきれていない。もう少しディアボロスのことを掘り下げた方が面白くなる。今のままじゃ魔王っていう設定があるだけの都合の良いキャラクターって印象をもたれてもしかたないな」
ディアボロスのことは書いたつもりなんだけど、つもりじゃ駄目ってことなんだろうな。ディアボロスについてこだわりきれていなかった。ああ~それが落とされた原因ってことか。
「そんなことありません。創磨はディアボロスのことについて真剣に考え描いていました。都合の良い存在だなんてけして思われたりは……」
正谷さんの意見に不服だったのか、逢夢は立ち上がって抗議をした。
逢夢が反発するのは一生懸命闘っているゆえなんだろうけど、作品のためを想うのなら正谷さんの指摘は正しい。
「逢夢、正谷さんの方が正しいよ。確かに主役ばかりに目がいっていて、ディアボロスのことを描写しきれていませんでした。もっと強い印象を与えられるように書き直してみます」
逢夢は俺の意見を聞くと、我に返ったのか椅子に座り落ち着きを取り戻す。
「すいません、むきになって余計なことを……」
「謝らなくていい、ソウマ先生の作品を悪く言われて怒れるだなんて、それだけその作品が好きってことだろ。むしろ熱量の高さを称賛したいくらいさ」
むきになって言い返してきまずそうにしていた逢夢に対し、正谷さんは最善の言葉をかけてくれた。ただの部外者ではなく、一人の読者として逢夢のこともみてくれている。視野が広く配慮もできる、ただの理屈屋ってわけじゃない。人としっかり向き合える人なのは頼もしいな。
「では次に……」
その後も正谷さんの鋭い指摘を聞きうなずきながら、質疑応答を繰り返していく。
「指摘箇所は以上だ」
「どれも納得できる意見で参考になりました。ありがとうございます」
指摘され続けたものの、まだまだ自分の作品が良くなる部分が多いことにきずけて、悪い気はしなかった。




