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11話 託されし使命 ⑧

「あそこで写真とろうよ」

「そうするか」

 帰りぎわに動植物園の看板の前で記念写真を撮ってから、ゲートをくぐり動植物園の外に出た。

 さっきまで明るく晴れていたが今は雲で太陽がみえなくなっている。梅雨の時期だしにわか雨くらいは降るかもな。

「楽しかったね~」

「ああ、絵麻といっしょに来てみてまた違う体験ができたよ」

「あたしも~」

 動物園のことをきっかけにして他愛のないことを話しながら、横断歩道渡り大通りを超え、里山の家をよこぎり自然豊かな林道を歩いていく。

 

「トカゲ好きな創磨、やっぱ一番それが衝撃的だったな」

「やっぱそこなのか」

「普段とのギャップがありすぎたしねぇ」

 絵麻の家の方面をまっすぐに目指さず、遠回りな道を進んでいた。

 

 少し会話がとぎれ、風で揺れる木々のざわめく音を聞いた。

「気晴らしになったか?」

「うん。どうして創磨はここまであたしのためになってくれるの?」

 普通の人達ならこれはただの色恋沙汰になってしまうのだろう。

 けれど俺は違う。絵麻のためになるのは、俺じゃなくブレイドの願いのため。

 

「絵麻を守りたい、それがブレイドの願いだったからだ」

 ブレイドを失って絵麻は一人ぼっちだ。そんな絵麻を俺は守らないといけない。それが守ってもらった俺達にできるブレイドへの恩返し。

 そうでなければ、ブレイドは報われない。絵麻は守れない。

 熱をおびようとしていた関係の終わり、それを告げるかのように冷たい雨がぽつぽつと降りだした。

 

「虹の塔いこうよ、雨宿りついでにさ」

 ぎゅっと握りしめる絵麻の手を離そうかとも思ったけれど、今は絵麻の好きなようにさせてあげたくて手を離すことはしなかった。

 

「雨すごくなってきたね」

「にわか雨だとは思うんだが」

 誰もいない場所で雨宿りをする二人。髪はべたつき、服が貼りつくぐらいには濡れている。いつもひまわりのような笑顔をみせる彼女の色っぽい姿、それはまるで映画のワンシーンのようだ。


「創磨、あたし話しておきたいことがあるんだ」

「なんだ」

 恋愛漫画のような熱ぽさは感じないが、絵麻がふざけている様子はない。

 戸惑う心で描いた想いを伝えようとしているんだ。

 

「あたし、これからもっと創磨のためになりたいの」

「俺の?」

「うん。嫌な顔せずあたしを大切にしてくれる、めんどくさいあたしなんかのためになろうとしてくれた。それって誰もができることじゃないから」

 大切にしてくれるから、俺のためになりたいか。言われて嬉しいことだと思う。

 けどなんでだろうな……絵麻はそれだけじゃ駄目だと思っている自分がいる。

 

「すでに絵麻にはイラストを描いてもらってる、それだけで充分さ。それよりも絵麻には自分のやりたいことをやって欲しい」

「もうないんだ、あたし自身がやりたいこと……あたし今日ね、すごくがんばれたんだ。泣きたいことばっかりで、苦しいことばっかりなのに笑顔でいられた。それって創磨のために頑張れたからだと思うの」

 自分のために、そう言ってくれることに心地よさは感じる。

 だけど確実に言えることは、これが絵麻にとって間違った方向だということ。

 

「絵麻自身の大切にしたい創造だってあるだろ」

「あたしは誰かのためになれればそれでいい。これからはそうしていこうと思うんだ」

 絵麻は前向きな姿で未来への展望を語るけど、怯えてだした答えだと言えるくらいには消極的だった。

 

「俺のために、誰かのためになりさえすればいい……本当にそれだけでいいのか」

 困惑、動揺は隠すことはできない。

 

「なんで創磨が困ったような顔するの? 逢夢をもっと可愛く描いてもらえるかもじゃん。他のこともするよ。他の人の支えになれればそれでいい。それができるのがイラストレーターだし」

「そうやっていくことは悪いことではないと思う。誰かの支えになりたい、それも一つのやり方だ。けどそれだけじゃ手に入れられないものもある。絵麻の物語はどうなるんだ。あたしの物語になって欲しい、そう言ってくれたじゃないか」

「もういいの。短い間だったけどあたしの夢は叶えられたんだし、それ以上は望まなくていいのかなって……」

「何度でも言うぞ。それでいいのか。こんなにもあっさり終わるようなもんだったのかよ」

 どしゃぶりの雨と強風は現実世界だけでなく、俺達の心の中にも降りそそぐ。

 なにを言っても相手の心に響かない。両者みている方向があまりにも違っている。


「俺はまだブレイドのことを諦めちゃいない、こだわり続けたい。たとえこの世界から消えようとも、俺達の心の中にブレイドはいる。絵麻にも残っているんだろ、ブレイドへの想いが」

 ブレイドはこの世界から消えた。それは紛れもない事実ではあるば、まだ俺達の心の中から消えたわけじゃない。

 

 はっきりとブレイドのことは覚えている。ブレイドと深く関わることになったからっていうのはあるのだろうけど、すべてが消えたわけじゃない。だったら望みがあるはず。


「絵麻には前を向いて欲しい。でもそれはすべての苦痛から逃れるためじゃない。絵麻自身が絵麻の創造を信じたうえで前を向いて欲しいだ」

「無理だよ、あたしそんなに強くない……創磨みたいに強くはなれないよ。あたしを、弱いあたしを守ってよ……」

 力なく膝をつき絵麻は弱い自分をさらけだしてでも、俺にすがってきた。。

 立ち上がれないほど傷ついた彼女を助けられるのは、今は俺くらいなのかもしれない。

 抱きしめて、その弱い心から守ってあげることさえできる。

 

「……ごめん」

 それでも俺は弱いままの絵麻を認めるわけにはいかず、つかんだ手を離した。

 絵麻をひどく傷つけたと思う。もう立ち上がれなくなるかもしれない。

 だけどこの弱さ受け入れても解決はしない。永遠に絵麻は立ち上がれなくなる。そうしないためにもこうするしかなかった。


「甘えは許さない、いいと思うぜ。俺は大歓迎さぁ!」

 絶望に打ちひしがれる中、もっとも聞きたくなえ声が塔の中に響いた。


「ベイン、なんでお前が……」

 顔をひきつらせ、眼の前で起こっていることが現実じゃなければいいと思いたかった。

 

「最後の力を振り絞った所で、消せなきゃ意味がないだろ。うまく生き残ることができた、それだけのことさ」

 倒したと思ってベインが頭上にいる。

 ボロボロの黒い服を着て、愉快でたまらないのか笑っていた。


「あんたのせいでブレイドが!」

「勝手に人のせいにするなよ。てめぇのせいだよ、てめぇの。めそめそ泣いてすがろうとしている、弱いてめぇのなぁ!」

「あ……ああ……」

 壊れた歯車は空回りをつづけ、絵麻にはもう声は届いていない。うつむき、絶望している。


「やめろ、ベイン!」

「正直に言ってやっただけじゃねぇか。非難されるようなことはこれぽっちもしてねぇよなぁ」

「人が傷つく姿を楽しんでいる」

「しかたないだろ、こいつはモブじゃないんだ。それに俺は敵だ。どうしていちいち配慮しなきゃいけない。楽しむためならなんだってやるさ」

 こいつはなにも変わらない。なにがあったとしても。


「それに人に指摘できる立場かよ。お前も楽しかったろ、傷つくやつを幸せにしてやることをなぁ」

 ベインの言葉に反論できない。絵麻といる時間、心地よく感じていたのも事実だ。

 頼られて、導いている。それを重荷だとは思ってすらいなかった。


「そんな深刻な顔するなって。気持ちいいことはやるだけ得だろ。俺も楽しませてもらったぜ、お前達の姿をなぁ。ずいぶんと幸せそうだったじゃねぇか。あいつ、ブレイドも喜んでるだろうさ」

 理解ある風に言われても嬉しくもない。こいつがここへ来たのは、冷やかしではないはず。

 

「俺がてめぇ達を今まで放置しておいたのは、ブレイドに対する敬意もあってのことだ。あいつは俺を楽しませてくれた。ギリギリまで追い詰めてくれた。今度はお前らがそうしてくれ。俺を最高に楽しませてくれよ」

 そう、こいつがここへ来たのは楽しむため。俺は逃れることができない運命の中にいる。


「いい感じに傷も癒えた、楽しいショーの続きをはじめよう」

「だめ、だめだよ創磨! いかないで、創磨まで消えたら、あたし……」

 弱りきった心を無理やり火をつけて絵麻は俺を止めようとする。

 いかないで欲しい、消えて欲しくない。その想いが伝わってくる。

 

 それでも俺は約束を守りたい。

 

「守ってくれたブレイドのためにも俺は創造を、そして君を守らないといけない。それが今の俺の使命だから」

 離れた手はもう戻ることはない。決意を固め、絵麻に背を向けた。

 

「逢夢やティアとも接触はしてるんだろ。俺を連れていけ」

「ああ、いいぜ。そうしてやるさ」

 

 ベインが俺を転移させようとする中、虹の塔に降り続く雨は止むことなく続き、振り返った先にいた絵麻の頬から涙が流れつづけている。

 

 今の俺にできること、それはこの悲しみを忘れないこと。

 絵麻のためにも、この世界の創造を守るためにも、俺達は負けられない、負けられないんだ。

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