非テンプレ作品とは結局何であったのか、以下の文章を読み、百字以内で回答せよ 〜なろうの一読者、一作者として非テンプレ作品とは何かを考えてみる〜
20xx年 とある大学の入試問題
「単刀直入に聞く、非テンプレ作品とは何であるのか? 以下の文章を読み、100字以内で述べよ」
「読者が求めている非テンプレート作品とは何か?」
この問いに答えるのは、実は難しいということに、あなたは気づいているでしょうか?
とかいうと、「ふざけんな!」と怒りの声が飛んできそうですが。いえいえ、煽っているわけではありません。
ただ一読者として、この問いに答えるのって意外と難しいんじゃないか、と思った次第です。
まずそもそもとして、テンプレ作品とは何なのでしょうか? そう、あれです。いわゆるなろう的テンプレート。
なんとなく雰囲気はわかるはずです。いやだって、「小説家になろう」からアニメ化された作品とか見てたら、「ああ、そのパターンね〜」とか、そうじゃなくても、「小説家になろう」にてスコッパー活動を専門職にしている、という人以外なら、一度は見たことがあるはずですから。
いやまあ、そもそもこんなエッセイ読んでる時点で、言語化できなくても、「テンプレート」と言われて浮かぶものがあるはず。
ちなみに、なろう的テンプレートとは以下の様なものを指す、とされています。
【「冒険の開始→敵との遭遇→襲われている少女、ないしは少年を救出→敵へと復讐→少女、ないしは少年と恋に落ちる→最初に戻る」というループが繰り返されるもの。】
ちなみに、実際は順序が前後したり、一部が脱落したりします。「転生したらスライムだった件」とかは結構このテンプレートに沿っていますよね。
じゃあ、"非"テンプレート作品とは何なのか?
数学的に見れば、ある事象Aに対して非Aであることは、Aの余事象であることを指します。何いってんだこいつ、ってなったと思いますが、むっちゃ簡単に言えば、「Aではない全ての事柄は非Aである」ということになりますね。
それじゃあ、この定義をそのまま当てはめてみましょうか。
「【】のループが存在しない作品」
いや! 絶対! 面白くないですよ!
すみません、煽ったわけじゃないんですブラバしないで!(本日二回目)
でも、これが意味しているのって、結局、「冒険の中に恋愛を持ち込むのは禁止」ってことになりませんか? いやだって、どうあがいても、【】を否定するにはそうするしかありません。
もしくは、一回しかループが存在しない作品とか。
前者についてより詳しく説明しましょう。
【】のループが存在しないということは、ヒロインが宿敵を倒すことにより主人公に惚れる展開を重層的に重ねていってはならないということ。平たく言えば「敵を倒してヒロインを惚れさせる展開を作ってはいけない」ということになります。
じゃあどうやってヒロインを惚れさせろと?
ストーリーとして考えられるのは、長年連れ添った幼馴染との交流を丹念に描いていく冒険ものでしようか? サブヒロインは主人公に惚れることなく、相方としての立場に落ち着く。
確かに、面白そうには見えるかもしれせん。ところが、これには重大な欠点があります。「敵からヒロインを救う→ヒロインが惚れる」という展開を完全に否定したことで、「敵の種類を変える」✕「ヒロインの危機のパターンを変える」という黄金の掛け算ができなくなるのです。
この掛け算は、商業化されたなろう作品ではよく見かけますよね。つまらないといわれたら、否定し難いのですが。
でも、この掛け算を完全否定してしまうと、今度は、展開が行き詰まる。
1から何かを生み出すのは簡単なのですが、0から生み出すのは困難です。そして、今回の定義における非テンプレート作品とは、結局のところ、0から生み出すのを常に要求されることになります。
作者の立場から断言します、無理です。
二十万字〜四十万字、書籍二冊分くらいの展開なら、三ヶ月もあれば思いつくでしょう。ですが、五冊分にもなってくれば、もう無理です。展開を考えるだけでも年単位になります。
というのも、新しい展開を生み出すごとに、どんどん、可能な展開が減少していきますよね? その結果、最初は時間がかからなくても、次第にアイデアに行き詰まるようになってしまうのです。
その結果何が起こるのか? 連載の長期停止です。そして、それは、なろうにおいてはあまりにも致命的です。
「小説家になろう」は、国内屈指の大規模投稿サイト。その中で目につこうと思えば、新しく話数を追加するしかない。その中で長期に渡る連載の停止が起これば、その行く末は考えるまでもない。
さて、ここまでの論旨を一旦整理しましょう。
一、テンプレート作品とはなにか?
→上記【】のループが何度も起こる作品
二、非テンプレート作品とはなにか?
→上記【】のループが一回も起こらない作品、あるいは一回しか起こらない作品。
三、非テンプレート作品に生じる問題は?
→新しい奇抜な展開を探すあまり、ネタ探しだけで時間を食うようになる。それが長期の連載停止に、ひいては人気の下落に繋がる。
三については、天才的な作家さんなら回避可能かもしれません。クリエイティビティに自身がある方は、一度挑んで見る価値があるかもしれません。
実際、そういった人々は、埋もれているだけで結構いたりします。その中で小説投稿をする人が少ないだけで。
ただ、一般的な作家さん、特に秀才タイプの人達については、三の問題点は回避しようがありません。
唯一の解決策は、二十万字〜四十万字で完結する長編をたくさん書くことでしょうか? ただ、それを何年も続けていけば、いずれは焼き切れてしまうんじゃないかな……、とは思いますが。それまでに書籍化すればいいじゃない、といわれたら否定できませんけれど。
さて、ここまで非テンプレート作品について話してきたわけですが、この中でお気づきの方はおられるでしょうか?
「求めている非テンプレート作品って、そういう話じゃないんだけど?」
ええ、その通りです。
一時期「テンプレ外し」の作品が流行った時期がありましたが、ここで言う「非テンプレート作品」って、結局これと変わらないんですよね。
つまり何が言いたいかと言うと、「読者が求めている非テンプレート作品」とは、結局のところ「正しい意味での非テンプレート作品ではない」ということ。
テンプレート作品の否定形は「非テンプレート作品」です。これは、言葉の意味から考えても間違いない。
でも、読者が本当に求めているのは、「非テンプレート作品」ではなくて、「脱テンプレート作品」なのです。「なろう的テンプレート」の否定形の作品ではなくて、「なろう的テンプレート」を「意識していない」作品の方が、求められているのです。
「非テンプレート作品」と「脱テンプレート作品」の違いは、テンプレートを意識して外したか、そもそも傍から意識していないか。そして、読者が本当に求めているのは後者である。
結局のところ、意識してテンプレートを外そうとすればするほど、逆説的にテンプレートに囚われてしまいます。その結果として、読者が脱落していった作品も数多くあるはず。
実際のところ、「なろう的テンプレート」も、嫌になるほど繰り返さない限りは面白いのです。例えば昔のロボットものだって、最初の数話は「なろう的テンプレート」を使っている。
「新世紀エヴァンゲリオン」を見てみてください。あれはちょっと特殊ですが、綾波レイと碇シンジの二人の間には、「なろう的テンプレート」が存在しています。
1話:綾波レイの負傷シーン〜8話:共闘して第8使徒を打倒
この間は、二人の関係だけに絞ってみれば、手を変え品を変えた「なろう的テンプレート」が展開されています。でも、誰も「新世紀エヴァンゲリオン」をなろう系だとはいいませんよね?
そして、読者の求めているものは、どちらかと言えば後者に近い。なぜなら、「非テンプレ」を読みたいと思っている読者の大半は、「なろう的テンプレートが飽き飽きするほど繰り返される作品」に対して苛立ちを覚えているだけでもあって、決して「なろう的テンプレート」それ自体に反感を覚えているわけではないから。
薬もすぎれば毒となる。
同じように、一度や二度見る分には面白い展開だって、幾千回も繰り返されたらそりゃ飽きます。それで、別の作品が読みたいなあ〜と思っているわけです。
それなら、敢えて「なろう的テンプレート」を避けるのではなく、むしろそれすらも作品の一環にしようとする姿勢が必須となります。
言い換えれば、そもそもとして、「なろう的テンプレート」の連続を態々避けようとするのではなく、ある作品を作ろうとした結果、何回か「なろう的テンプレート」が現れる、という形のもの、こっちのほうが求められている、ということになります。
そしてこれが、「脱テンプレート作品」というわけです。
繰り返していきましょう、読者の大半は「非テンプレート作品」を求めているのではなく、「脱テンプレート作品」を求めているのだ、と。
そして、これを骨の髄まで理解できている作者は、「小説家になろう」には殆どいないはずです。なぜなら、「小説家になろう」に投稿しようと考える作者の殆どは、「小説家になろう」発の作品を見て、インスピレーションが湧いた人たちだから。
今どき、どんな若者が「銀河英雄伝説」や「アルスラーン戦記」といった、「小説家になろう」が存在しなかった頃の作品を読んでいるというのでしょうか? 「小説家になろう」の作者の半分、なんならそれ以上は、二〇代前半までの層だと考えられます。執筆するまとまった時間を取れるのは学生が多いですし、そもそも書こうという意欲が湧くのもそういった年齢の人達ですから。
そして、その層のかなりの部分は、「小説家になろう」から出た作品をたくさん見ています。その中で「非テンプレート作品」を書こうとする人達は、結局のところ、反「なろう的テンプレート」に囚われてしまう。
なら、「脱テンプレート作品」を書くにはどうすればよいか?
聡明な読者なら、もう分かっているのではないかと。「小説家になろう」発の作品ではない、古い作品も一度手を付けてみたほうが良い、ということです。
これを怠る限り、「非テンプレート作品」が「脱テンプレート作品」へと脱することはありません。断言しても構いません。
「なろう的テンプレート」から離れるには、そもそもとして「なろう的テンプレート」に囚われていない作品を読み、そこから着想を得るしかないのです。
だから、作者諸君。
まずは、古い作品を読みなさい。特に「非テンプレート作品」を書こうとしている人は、絶対に読むべきです。
「非テンプレート作品」が「脱テンプレート作品」に脱した時、初めて読者の大半が味方につくのです。
ただ、それだけでは足りない。
「脱テンプレート作品」は、いわば諸刃の剣です。なろう読者が無意識に求めているものであるとはいえ、目に付くかどうかは別なのですから。
「脱テンプレート作品」を書けるようになった後、もう一度、今度は「脱テンプレート作品」を読もうと思って、「小説家になろう」の世界へと潜ってみてください。この時、あなたはどのような観点から「脱テンプレート作品」をスコップしようとするのか、それを気にしてください。
スコッパーの気分になって、どのように「脱テンプレート作品」を探したのか。それを自覚できたら、ようやく舞台の上に立てるようになります。
そして、一度「小説家になろう」の舞台に上がることができれば、あとは簡単なはずです。スコッパーさんに見つけられやすいようにタイトルやあらすじを修正していく。
ひたすら地道な作業を繰り返し、その先にようやくランキングが見えてくる。それまでのトライ・アンド・エラーは決して無駄にはならない。
努力はいつも報われるわけではありません。修正したらむしろ悪化したなんてことはザラにあります。それでも諦めなければ、ちょっとずつ、作品に惹かれて、作品を見ようと思う読者が増えてくるはずです。
そして、修正の果てに、読者が飛びつくようになった時、あなたの作品はランキングへと載るようになる。
それまで諦めない心、それが重要です。
長々と書いていましたが、結局のところ、重要なのは以下の点だけです。
・読者が求めている「非テンプレート作品」とは、結局のところ、「なろう的テンプレート」を全く意識していない「脱テンプレート作品」である。
・「脱テンプレート作品」を書こうと思うのなら、「小説家になろう」の影響圏にない本から着想を得るのが重要。
・「小説家になろう」のスコッパーの気持ちに寄り添いながら、よりスコッパーの人達の目に触れやすくなるようにタイトル、あらすじを修正していくこと。
・最終的には、時間がかかろうとも、上手くいく瞬間まで耐え切る心が重要。つまり、自分の作品を本心から愛すること。
さて、「非テンプレート作品」、もとい「脱テンプレート作品」を書こうと思う諸君。まずは、心の底から「自分が読みたい作品」を探そう。
「小説家になろう」からだけじゃなく、その影響圏にない作品からも着想を得る、それが「自分の読みたい作品」を書く準備になる。
そして、それが見定まったら、「小説家になろう」の中でも、スコッパー達の気持ちになりきって、「他人に興味を持ってもらえる作品」になるように調整していく。そして、すべての歯車が噛み合うその時まで待ち続けよう。
今私が述べたことは、すごく基本的だと思います。でも、これができれば、なろうのランキングにだって食い込めてくる。よしんば食い込めなかったとしても、書籍化を目指すことだってできる。
結局、自分も誰かも、どちらも読みたい、と思う、思ってくれる作品が一番良い作品だ。そういった作品を書こうとする努力を怠らない限り、いつかは花が咲くはずです。
それでは、あなたの成功を祈って、乾杯!
入試問題の答えは、感想欄にて募集しています!
ぜひ、どしどし回答を送ってください!
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