転生皇女は母を偲ぶ。
近付く足音に、身体がビクッとした。
傍についていたメイドのひとりが私を庇う様に動き、身体を扉に向ける。
「エリザベス、入っても構わないか?」
誰の声かが分からなかった。
メルトが小声で陛下だと伝えてくれる。
「は、はい」
「失礼するよ、エリザベス」
入って来た彼は、アルセット――兄に似ていた。
正確に言えば似ているのは兄のだけど。
「体調は大丈夫か?」
「はい」
「…この後、2時間後に皇后の葬式を行う。
お前は、アルセットの傍に居ると良いだろう」
「おそうしき…」
「マリアンヌ…お前の母親が安らかに眠れる様にと祈る式だ」
「…はい」
5歳に葬式とはなにかといっても、分かる様なことではないだろうに。
それは置いておいて…。
「あの―」
私が声を掛けようとしたその時。
慌ただしい足音と同時に扉が開け放たれる。
「陛下!」
「騒々しいぞ、アルセット。一体何があったというのだ」
「暗殺者が自供しました。
自分はローゼという名の貴婦人からの依頼で皇后を暗殺したと」
「何だと?!」
入って来たのは兄、アルセット。
母を殺した犯人が黒幕の存在を自供したそうだ。
「ローゼ、ということはローゼマリーで決まりか」
「恐らくは…私は今から生母である彼女の下に向かいます」
「私も向か「いやです!!」」
思わず声を張り上げてしまった。
「エリ、ザベス?」
「そんなの、後にして下さい」
「そんなのとは、どういう意味だ。
エリザベス、母后陛下はお前の実の母。その無念を晴らすべきだ」
「それより、母様の死を悼む方が大切です…!
ローゼマリー様は、バレていないと思い込ませれば、逃げません。
でも、母様は、母様の冥福を祈るのは、きっと今しかありません!」
こんな事を5歳の少女が口走るなんておかしいだろう。
でもそう言うしかなかった。
私は知っている。
ゲームでアルセットの口から語られたマリアンヌの優しさを。
皇帝陛下が唯一愛した女性で、エリザベスを産んだ女性。
アルセットが即位すれば、地位は生母よりも低くなるのに、
それでもアルセットのことを実子のエリザベスと同様に愛した。
それが、嘘に塗れた皇宮の中で生まれ、生きてきたアルセットにとって
どんなに嬉しかったことか、語っていたあの表情には、
その場面をプレイして、莉緒菜と一緒に泣いた。
彼女の死が、悪どいローゼマリーのせいで蔑ろにされるなんて許さない。
「……そうだな、エリザベスの言う通りだ」
「父様…!」
「ですが陛下!」
「ローゼマリーは部屋に監視を付け葬式が終わるまで軟禁しておけ。
処遇は全てマリアンヌの葬式が済んでからだ」
陛下の言葉に誰もが従い、ローゼマリーは軟禁された。
数時間後、行われた葬式には
ゲームの攻略対象者である、宰相の息子・ディーン・シルヴィアも居た。
「エリザベス、マリアンヌが最も愛した娘よ。
最期に言葉を掛けてやるのだ。それが最大の餞になろう」
「……はい、父様」
私は母の遺体に近付く。
「世界で一番愛していました、マリアンヌ母様。
どうか私達のことを空の上で見守っていて下さい」
エリザベスの不幸な未来は、ここで終わりにしてみせる。
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「皇后陛下が暗殺されたそうだ」
「一体誰がそんなことを…!」
険しい顔をした両親が薄く開かれた扉の向こうに居る。
「側室のローゼマリー第一皇妃殿下が向けた暗殺者だったらしい」
「そんな…それではアルセット皇太子殿下の即位に傷が」
「あぁ、そうだな。皇太子派閥の私達だが考え直すのも…」
「それにしても暗殺事件の黒幕が暴かれるのが速すぎではありませんか?」
「ルーカスか。皇宮で流れている噂によると皇后陛下が亡くなられる直前
傍に居たエリザベス皇女殿下が皇后陛下を蹴落とす様な発言をしていたと
メイドに伝え、その後暗殺者が自供したとかなんとか…事実かは分からんが」
「皇女様が…?」
ローゼマリー、ルーカス、エリザベス…共通点のある人名ね。
「…やっぱり、ここはあの乙女ゲームの世界なのね」
「そういえば父上、リオを見ていませんか?」
「リオか?もう寝ているのではないか?」
「先程様子を確認しようと部屋を見たのですが見当たらなくて…」
「――あら、そこに居るじゃない?」
私の目の前の扉が開かれる。
「ここに居たのか、リオ」
「ふふ、ごめんなさい。寝る前に絵本を読んで欲しくて、
母上を探したの。でも難しいお話してたから…」
ニコリと笑みを向けると、私の身体は宙に浮かぶ。
正確には、兄が私の身体を抱き上げたのだ。
「ならこの兄ちゃんが読んでやろう。どの絵本だ?」
「騎士様がお姫様を助けるお話です!!」
「あぁ、あれか。良いぞ、読んだら寝ような」
「はい!」
こんなに早くローゼマリーが黒幕だって分かったかしら?
…もしかして、エリザベスって――。