勇者からの恋文
目を開けると、真っ暗な世界の向こう側にうっすらとした光がみえる。
朝が来たのだとわかった。
俺は起き上がるとまずは顔を洗うために洗面台へいった。
洗うといっても俺は義手だから、うまく水をすくえない。
布を水で湿らせて、それで顔をゴシゴシと擦る。
それから義足の調子を確認して、朝食を食べるために部屋を出た。
両目が見えなくても、サッサと階段を降りられるようになった。
この家にもずいぶんなれたもんだ。
余裕余裕。
家の中には朝ごはんの匂いがいっぱいで、俺は腹を鳴らしながら台所に顔を出した。
「おはよう。ルルカ」
ルルカは『おはよう』と答える代わりに鍋をカンカンと楽しそうに叩いた。
見えなくてもルルカが笑っているのが伝わってくる。
俺も嬉しくなって笑った。
いつも通りの幸せな朝だった。
訓練場で稽古をしたあと、俺はトモダチがやっているパン屋に顔を出した。
「よー!アルベール!」
陽気なトモダチは大量のパンを俺に押しつけてきた。
「持ってけよ、勇者パン。今日も盛大に売れ残ってるからさ」
トモダチが勝手に勇者パンと名前をつけた俺の大好物の木苺バターサンド。
どうやら客ウケはイマイチらしい。
「売れ残ったのは俺のせいじゃないからな」
文句を言うとトモダチは大声でゲラゲラ笑う。
俺が帰ってくる直前、村で大火事があったせいでたくさんの村民が外に引っ越してしまったらしい。
いま村に住んでいるのは新しく入ってきたヤツらがほとんど。
馴染みだからと義理で買ってくれる客がいなくなり不景気なんだと、トモダチはブツブツ文句を言う。
「でも俺はさー、不景気だけど村に残って良かったと思ってるんだ」
「そうなのか?」
「オマエに『おかえり』って言えたし、なんか前よりオマエを近くに感じるようになったんだ」
「なんだそりゃ」
「前のオマエはさー、なんつーか…違う世界の人間!って感じがしてたんだ」
「へえー……」
「人間らしく怪我してさ、不自由な体になってさ、そんでようやく同じ世界に来てくれた!って感じがするんだ」
トモダチは俺にさらにパンを押しつけると、肩をバンッと叩いてきた。
「オマエは大怪我して大変だってのに、こんなこと思ってごめんな……」
「なんで謝るんだ?つまり前より仲良くなれたってことだろ?いーじゃねえか」
俺とトモダチは大声で笑いあって、肩を叩き合った。
「ルルカにもよろしく伝えてくれよ。顔の火傷なんて気にしないで店に顔出せってさ」
「おー、わかった」
俺は大量のパンを手にトモダチの店をあとにした。
家に帰ると俺の好物の肉スープの香りがした。
ルルカが俺の残っている方の手をとって、手のひらに指で文字を書く。
〈キョウハ トマト ト オニク ノ スープ ダヨ〉
火事のせいで声が出せなくなったルルカは、こうやって指文字で俺に気持ちを伝えてくれるんだ。
大喜びする俺を見て、ルルカが体を揺らして静かに笑っている。
俺はそんなルルカを抱きしめた。
「なあ…ルルカはいま、俺を近くに感じてるか?」
ルルカは少しの間なんの反応もしなかった。
いきなりの質問に困ったのかもしれない。
でも、しばらくして俺の手を取ると指文字を書いていく。
〈チカクニ イラレテ トテモ トテモ シアワセ ダヨ〉
「……そっか。なら良かった」
俺は勇者だったから仕方ないけど。
勝手に偉いヤツだと思われたり、違う世界の人間だと思われるのは、やっぱり寂しいもんだ。
オマエが俺を近くに感じてくれて、幸せでいてくれて良かった。
オマエが側にいてくれて良かった。
俺はインクの匂いのする腕の中の女をいっそう強く抱きしめた。
「ありがとう。愛してる」
小さく頷いたオマエの本当の名前を、いつか教えてほしい。
そうしたら俺はその名前を呼んで、もっともっと「愛してる」って伝えるから。
こんな小説を読んでくださった方、本当にありがとうございました!
最後の最後でなんとか…ラブストーリーっぽく終えられたかな?どうでしょう?
なにはともあれ、一度始めたものを完結させられるのは、やっぱり嬉しいものですね。
特別な能力を持つ天才をめぐって、周囲の人々が勝手に憧れや劣等感に振り回されるというお話でした。
知人が某有名オリンピック選手と同郷で、その人も中学生まではオリンピックを目指してたけど、ある日その選手の身体に何気なくボディタッチした時にそれだけで圧倒的なフィジカルの差がわかってオリンピック諦めた…というエピソードを参考に書きました。